42話 アクセル 玄武走る

「さぁ、お姫様を守るナイト役は交代だ!」


 里美を付け狙うベルゼリアン、通称ドラキュラに圧倒される龍二の前に現れたのは、特殊生物駆除課の玄武。ピンチの時に都合よく現れるヒーローにドラキュラはご立腹のようで、一つ大きなため息をついた後イラつきを隠しきれずに言い放った。


「はぁ……どうしてこうも邪魔が増えるかな。こう焦らされるとますます食べてしまいたくなる!」


「やれやれ、待てができない不躾コウモリは、晩飯抜きの刑を執行してやるさ!」


 一発の威嚇射撃を足元に宗玄が放つと、それを合図にするかのように相手が距離を詰めてくる。威嚇射撃をしてもなお抵抗の意思ありと判断した宗玄がついにドラキュラに向けて実弾を発砲した。


「決まったな。悪いけど射撃には自信があるんでね」


 宗玄の言葉通り、放たれた弾丸は確実に相手の頭へ着弾する。貫通はしなかったようで、たとえ暗闇で見えずとも流れ弾の心配はない。相手の動きも膝から崩れ落ちて倒れこみ、これで一件落着……と思っていたのだが。


 「痛いなぁ……死なないとは言っても痛覚はあるんだから」


 倒れて動かなくなったと思っていたドラキュラがビクッと一瞬痙攣をしたかと思うと、服に付いた汚れを払い、ゆっくりと顔を上げだした。


「おいおい、ホントに不死身なのか? こうなりゃ銀の銃弾でも兵藤さんに頼んどこうか」


 撃った弾丸は確実に相手の急所に当たったはずだ、当たり所が悪かった訳ではないだろう。奴は不死身化。その後も何発かの弾を食わらせても相手にダメージを与えられている感覚がない、打開策がないまま近接戦闘を余儀なくされた。


「チッ、銃に頼ってるだけじゃないらしい」


「そりゃそうだ、こちとら武術は嫌って程やってんだ!」


 ドラキュラの攻撃を全てあしらい、有効な攻撃を打ち込めない間合いを保つ宗玄。全警察官の中からただ一人玄武の装着者に選ばれた彼の実力は伊達ではない。迂闊に伸ばされた手をつかみ取り、軽く捻ると、相手を抑えにかかる。


「だがそんなもの、人間の常識の中でしか通用しない!」


 軽く捻ると言っても、普通の人間ならば普段曲がらない方向に関節を捻られれば痛みに耐えられずにそ傍で取り押さえられる。実際この技を使って宗玄は何人もの悪党を逮捕してきた。しかし今回の相手には全く通用しないようで、怯むことなく爪を突き刺す。玄武のヘルメットを貫通した爪は宗玄の頬に傷をつける。


「そんな固い爪じゃ、爪切り大変だろうな!」


 軽口を叩きながらも当たり所が悪ければ死もあり得ただろう一撃を貰ったことに焦る宗玄。だが組み合うほどの相手との距離、ここから相手を取り押さえる術ならいくらでも学んできた。腕と胸倉をつかみ背負い投げの要領で一気に地面へ叩きつける。


「迂闊に近づいたのが間違いだ!」


 痛みを感じないと言えど人の形をしているならば投げることはできる。決まった、後は上に乗って腕を抑えれば制圧完了。相手に反撃の隙を与えないように素早く次の行動に移ろうとしたのだが。


「まだわからないのかい? 僕たちは君の想像と常識の外に居る!」


 倒れこんでいるはずのドラキュラの上に覆いかぶさり動きを抑えようとするも、その姿は霧になって宗玄の腕をすり抜けていく。その霧はそのまま宗玄の頭上まで浮かび上がったかと思うと、途端に実体を持ちドラキュラの姿となって宗玄の上に落ちてきた。


「手間取らせてくれるなぁ、それにこの殻を剥かないとこの子たちに餌も与えられやしない」


 宗玄を右足で踏みつけ押さえつけ、玄武の装甲を首から一つ一つ剥がしていく。周囲にはいつのまにかマントの中から生まれたコウモリたちが飛んでおり、血が吸えるのが何時かと今か今かと待っていた。


「ふっ……勝ったつもりか?」


「何……? 今更どうしようと無駄だ――そうか、そういう手段か」


 ドラキュラは宗玄を踏みつけている自らの足の違和感に気づく。ひんやりとした冷たさを感じながら目を移してみると、思うように動かせない。凍っているのだ。ならば浮遊すればと考えるも、もう片方の足がガッチリと地面にくっ付いて離れない。霧に変化し回避しようとも、その霧も凍ってしまえば元も子もない。


「凍結粒子を散布した。力任せじゃ拘束できないあんたらの為の特別装備さ」


 宗玄が玄武の全身から散布した凍結粒子、本来は取り押さえた後に使い、確実に拘束する目論見だったが、今は相手の動きを文字通り足止めするために使用した。うつ伏せになった宗玄が凍った足を小突くだけで、ドラキュラは体のバランスを崩し倒れる。


「よし、じゃあそこの狙われたお姫様、一緒に逃走劇なんてのはどうかな?」


 何とか体の自由を取り戻した宗玄が手を払うように叩いたあと、里美に向けて手を差し伸べる。


「で、でも……」


 突然ここから逃げると言われても里美は戸惑いを隠せない。確かに宗玄についていけば安全かもしれないが、気がかりなのは自分の隣で今も倒れている龍二の事だ。放っておくわけにはと不安そうな目で龍二を見たのを察したのか、宗玄が言葉を続けた。


「狙いは君だけさ。そこに倒れてる彼の事は食いもしないだろう、安心だよ。それより時間がない、あんな氷細工はすぐ壊されちゃうし、その前に僕と安全な場所に」


 傍に置いてあったバイクのエンジンを掛けなおしながら宗玄は、ターゲットは里美だけだと断定した。その言葉を聞いて龍二も力を振り絞って口を開く。


「い……行け……俺なら、平気だ……」


 擦れた声に余計不安を煽られるが、今は緊急事態。宗玄の言葉通りにドラキュラがこちらを狙ってくることに賭けるしかないと、里美は思い切って宗玄の手を取る。


「よし、じゃあ後ろ乗ってヘルメットね。緊急事態と言えどうるさいよ?」


 里美は言われた通りにヘルメットを被り、宗玄の背中をしっかりと掴んだ。それを確認すると宗玄がアクセルを踏みしめ、バイクが加速していく。ヘッドライトが照らす中、二人は闇の中を走り抜けていった。




 里美を乗せた宗玄のバイクは、サイレンを鳴らしながらかなりのスピードで豊金の街を走る。ドラキュラの支配する領域は狭かったようで、今は夕日が二人を照らしていた。


「その……助けていただいて、ありがとうございました」


 未だに狙われていると言えど、追ってくる敵の姿は見えず、緊迫感は少し薄れてきていた。そんな中流れる沈黙を破ろうと里美がまず宗玄に感謝を伝える。


「いやいや、これが仕事だからさ。」


「でも、私がピンチなのがよくわかりましたね。その……かっこよかったです。……いや、私何言ってるんだろ」


 絶対絶命のあの瞬間、恐怖で胸がいっぱいであった中で、助けに来た玄武は正に救世主。その姿が光輝いて見えたのはバイクのライトのせいだけではないだろう。愛が龍二に感じていた感情も、今ならなんとなくわかる。


「ありがと。豊金での事件、って聞いたら井ノ瀬さんの事を思い出してさ、また巻き込まれててもおかしくないって考えて。過去の現場も近いし、高校の周辺を捜査してたらビンゴさ。玄武の用意があったのは偶然としか言いようがないけど」


 宗玄がアクセルを強く踏み、バイクが加速する。事件に一般人を巻き込むわけにはいかないと人通りの少ないルートを走っているため、サイレンと風の音だけが耳に入ってくる。秋の風は思ったよりも体を冷やし、里美の体は、宗玄の背中を後ろから掴む内側だけが暖かい。恐らくは体温ではなく玄武の排熱の影響なのだろうが、しばらくはこの温もりを離したくなかった。


「これからどうするんですか? ずっと逃げている訳にはいかないし」


 必要だったといえ、ただ流されるままにバイクに乗っていた里美が疑問を口にする。どこに逃げても奴は必ず追いかけてくるだろう。いくら逃げても埒が明かないのは宗玄もわかっているはずだ。何か対策があるのだろうか。


「このまま二人でツーリングってのも魅力的だけど、そうはいかないか。とりあえずこのまま応援を呼んである場所に行こう。流石に大勢で対処すれば奴だって必ず駆除できるさ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 前を向いている宗玄には見えないが、里美が頭を下げた。


「それより、こっちも一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな」


「な、なんでしょう」


 途端に宗玄の口調が真面目なものになった。里美はなんだか取り調べでも受けているような気持ちになって、身が引き締まった。


「君と、あの青龍についてだよ」


 やはり龍二の事か、あれだけ特殊生物の事件現場で遭遇していれば勘繰られるだろうとは里美も予想はしていた。


「スカイタワーの時もそうだった。落ちた君の友人とも仲が良さそうだったし、今回だってあの場に偶然居合わせたとは思えない。君はあいつの正体を知ってるんじゃないのかな?」


どう答えれば良いかと里美は考えを巡らせる。正直にクラスメイトが正体などとは言えないだろう、世間からも注目をされており警察からも追われているのに正体を明かせばどうなるかは想像もつかない。とはいえ全くの無関係で何も知りませんと言って通るとも思えなかった。思考は遂に堂々巡りに達して里美はずっと言葉を言いよどむ。その時間自体が何か知っていますと表すようでもあった。そんな里美に無理に問い詰めることもなく宗玄はバイクを走らせる。


「……思ったより早かったな」


 宗玄が覗くバックミラーには、妖しい影が映っていた。スピードを緩めることなくバイクはまだ走り続ける。この先に待つ再びの戦いを予見させながら。


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