41話 ノワール 闇に潜む者

 里美の元に届いた不穏な予告状。龍二と共に下校して警戒をしていたものの、突然の闇と共に邪悪な敵がが迫りくる。


「どこだ、どこから来る!?」


 突如として漆黒に染まった空間。いつもの通学路が戦場に変わる。この闇の中の何処かに敵が隠れ潜んでいるはずだと、龍二が周囲を警戒していた。この闇も相手の能力なのだとすれば、狙いが闇討ちなのは明らかだ。


「ね、ねぇ……やっぱりこれってベルゼリアンが襲ってきてるんだよね!? じゃああの手紙って――」


「ああ、本物だったのだろうな。しかも周囲の空間にまで影響をする能力を持っているとは……恐らく強力な奴が来ている……!」


 未だ姿を見せずともその力を十分に感じさせる相手に、恐怖を覚える里美。そんな様子を見た龍二は自分の後ろに隠れさせ、庇うようにして敵を探し続ける。


 音も気配も感じさせない完璧な潜伏、だが龍二の頭にはベルゼリアンが近くにいる時の忌々しい頭痛が締め付けるかのように響いていた。


「――ッ! 後ろかッ!」


 相手の奇襲作戦は完璧だった。しかしその一撃は龍二の右腕によって防がれる。長年戦いの場に身を置いていた者だけが感じ取れる殺気を龍二は読み取ったのだ。


「へぇ、流石は青龍くん」


 得物を持たない相手の攻撃が届くほどの距離になり、お互いの姿がはっきりと見えるようになる。腕に食い込む鋭い爪に怪しく光る赤い目、その姿は龍二だけではなく里美も見覚えがあった。


「あ、あんたスカイタワーの……!」


「ははっ、僕も有名人になったものだなぁ。テレビなんて一回しか出てないのにね」


 その正体はスカイタワーを乗っ取り、全国に向けて宣戦布告を行ったベルゼリアン、通称ドラキュラ。世間に多大な衝撃を与えたこの者を忘れられるわけがない。


「吸血事件は全て貴様の仕業か!」


「ああ、スカイタワーで僕の眷属をいっぱい呼んじゃっただろ? あれのせいでお腹が空いちゃってね、でもなんせ僕はグルメなもんだから、美しい女性の血しか食べたくないのさ」


「そうやって何人も何人も! だが今度はやれると思うなよ!」


 そう言うと、龍二の体が爪の突き刺さった右腕を中心に変化をしていく。生成される硬い鱗に阻まれ、爪は体から抜け、傷口さえも塞がっていく。


「焼き尽くすッ!」


 変化が終わると同時に口から放たれた灼熱の炎。至近距離でこれを回避するのは不可能と読んでの攻撃だったが、敵の驚異的な反射速度と身のこなしは軽く避けることを可能にした。


「おいおい、こんな住宅街で火を放っちゃって良いのかい? 周りをよく見て……って、見えないかぁ!」


 あざ笑いながらマントを風にはためかせて宙を舞う。翼がある訳でも無いのに飛行する能力がある事に驚く暇も無く、その姿は闇の中に溶けて消えていく。


「に、逃げていった……?」


「いや、ならこの闇も晴れるはずだ。奴はまだこちらを狙っている!」


 一度は安堵しようとした里美に、気を緩めるなと強い口調になる龍二。周囲を警戒して相手の攻撃に備える。また同じ状況だ、一面の闇の中相手がどこから攻めてくるかわからない……圧倒的に不利な状況。


 闇雲に突撃して打破できる状況ではない。ここは相手の出方を見切り、反撃を決める。カウンター戦法以外に策は無いだろう。龍二はあえて目を瞑る。相手がこの闇を利用するならば、目で見てから反撃できるような生半可な攻撃などしてこないはずだ。ならば視覚は塞ぐ。味覚も今は使う場面ではない。触覚で風や空気の動きを追う。嗅覚で相手に付いた血の匂いを探し、聴覚で音を聞き逃さない。五感から邪魔なものをシャットアウトし、三つの感覚を研ぎ澄ます!


「僕は食事がしたいだけさ、素直にその子を渡してくれれば危害は加えないのに。今からでも遅くないよ?」


 龍二にとってとても飲めない交渉に、何も言わずに里美の側から離れない事でノーを叩きつける。さらに、相手が余裕を見せ攻撃をして来ない事を確認すると、体の中のエネルギーを使い、使い慣れた剣を生成する。これで爪や尾で戦うよりリーチが増えた。


「沈黙は拒否と受け取るよ。さぁ、血が踊る宴の始まりだ!」

 

 啖呵を切る声の聞こえた方向から、空気を切り裂くような感覚が伝わってくる。暗闇の中から遂に敵が姿を現わすと、龍二が剣を振り上げる。


「そこだッ!」


 音がした方向に、渾身の一閃。だがあまりにも手ごたえが小さすぎる。目を開けた龍二の視界に入ってきたのは、切断された一匹のコウモリ。しまった! こいつは囮だ。そう龍二が判断し、剣を振り上げた状態から再度構え直すまでの数秒に隙ができる。


「甘いんだよねぇ!」


 後頭部を襲う大きな鈍痛。その正体はドラキュラが空中から繰り出した強烈な飛び蹴り。まともに食らった龍二は顔から地面に叩きつけられ、更に相手の靴底とアスファルトに顔を挟まれながら勢いのまま滑り続け、おろし器でおろされたように顔が削られていく。


「アハハ! こんな簡単なフェイントに引っかかるなんて、ちょっと力みすぎなんじゃないの? もっと楽しんで戦いに臨まなきゃ!」


「ぐ……ほざくな、貴様ァ!」


 いくら青龍に姿を変えているからといえど、このダメージは本来ならのたうち回るほどの激痛だ。しかし、それでもここで自分が倒れてはならないと、体を奮い立たせる。剣はあの一撃で手から離れてしまった。再度生成する暇はない。ならば徒手空拳が残された選択肢だ。


「貴様のような奴に仲間を、友人を……やらせるものかァッ!」


 勢いのまま繰り出された拳は、威力もスピードもあれどあまりにも愚直。軽く身を逸らすだけで回避されてしまい、反撃の回し蹴りを食らってしまう。


「威勢が良いのは口だけかい? いい加減実力の差ってのはわからせたつもりなんだけどな」


「実力は関係ない、貴様が彼女を狙い続ける限り、俺は――」


「そういうのが鬱陶しいんだよッ!」


 再度立ち上がろうとした龍二の首をドラキュラが鷲掴みし持ち上げる。鋭く伸びた爪が食い込み鮮血が喉から溢れ出てくる。龍二も逃れようと必死にもがくも、動けば動くほど爪は更に食い込んでいく。


「女の子を守りたいってのは尊敬するよ、でも僕に歯向かうってのは無謀だったね。蛮勇は死を招く」


「き、貴様……ぐぅッ!」


 目の前で龍二が痛みに苦しむ姿を、里美は道の端に座り込んで見ている事しかできなかった。立ち向かった所で何ができるわけでも無いのはわかっていたし、逃げ出そうとしてもこの闇の中は全て相手のテリトリー、龍二の傍に居るのが一番安全で、今は悔しくても何もできない。


「僕は女性以外を食う趣味はないから……そうだな、この子たちの餌になってもらおうか」


 そう言ってドラキュラが妖しい笑みを浮かべると、風も吹いていないのにマントがはためき始める。その中からは小さなコウモリが何匹も現れ始め、龍二の周りを取り囲むように群がっていく。


「さあ、吸い取らせてもらうよ。いつまで耐えられるか見物だね」


「グアアアッッ!!」


 無数の牙が青龍の鱗の間を縫って体中に突き刺さっていく。その一本一本から血液が吸い取られ、体中から悪寒が止まらない。抵抗しようと体を動かすことすらできず、意識が遠くなっていく。 こうなってしまえばもう打つ手はない、死ぬまでの時間をどうにか稼ごうとただ耐えるだけ――


「うわあぁぁ!」


 見ているだけなどできないと里美が決死の突撃をする。ベルゼリアンには敵わぬとも、小さなコウモリを散らす程度なら自分にもできるかもしれない、それに結果がどうなろうとも、ただ見ているだけでしたでは後で納得がいくわけがない。目を瞑ってまっすぐに体当たりを仕掛けるも、里美の恐怖を振り切っての決死の思いは、届くことはなかった。


「おっと、お楽しみはあとに取っておくタイプなんだけどな。もう少し待ってもらえるとありがたい」


 龍二の首を掴んでいない方の腕で、里美はあっさりと取り押さえられてしまう。じたばたと足掻いても、龍二に手が届かない。


「あんた……殺すなら、私だけに……」


「そうしたかったんだけどね、こうも邪魔されちゃあ……悪いけど二人仲良く地獄に落ちると良い」


 暗く血の色をした視線が里美を睨みつける。ここで終わりかと里美が覚悟を決める。思えば目の前で戦いを見ていることはあれど、命を狙われ、ここまでの危機に陥ったことなど無かった。龍二達は、いつもこんな怖さと痛みに戦っていたのか……


 諦めかけていた里美だったが、一つの小さな異変に気が付く。相手の後ろの方、恐らくまだ遠くだが……小さな光が闇を照らしている。これは何なのだろうか、小さかった光は徐々に大きくなって、光の主が更に近づいてきている事を知らせてくる。そのうち轟くエンジンの音も聞こえてきて。


「ここだッ!」


 白バイに乗りスピードを保ったまま、玄武に装備されたスタンロッドを、里美や龍二まで痺れてしまわないよう若干出力を抑えて打ち付ける。ドラキュラが二人を手放した事を確認すると、華麗にバイクから降車する。


「こちらは特殊生物駆除課、玄武装着者の武藤 宗玄! お食事中に失礼するよ!」


「そ、宗玄さん……」


 近づいてきた光の正体、それは玄武の乗っていたバイクの明かりだったのだ。絶体絶命の危機に、ヒーローは必ず現れる。弱り切った二人の前に庇うように立ちふさがり、毅然とした視線を相手に向けながら銃口を向ける。


「さぁ、お姫様を守るナイト役は交代だ!」

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