40話 ウェイホーム 狙われている

「ねえ龍二、ちょっと……いいかな」


 龍二が宗玄と出会った次の日。何も変わらない学校生活を送っていた龍二に、思い悩んでいるのか深刻な表情の里美が話しかけてくる。


「む……なんだろうか」


 蒸し暑かった昼間から、過ごしやすくなった午後の陽気に誘われてついウトウトとしてしまった龍二がハッとして目を覚ました。


「あの、これは愛達には内緒にしてほしいことで……大切な話があるんだけど、今日一緒に帰れるかな」


「構わんが……愛達と一緒でなくて良いのか?」


「良いの、一応伝えてはおいたから」


 未だ寝ぼけ眼の前に、モジモジと二人で下校しようなどと誘ってくる女子がいるなど、並大抵の男子高校生であれば夢のようなシチュエーションなのだが、鈍い龍二はどうやら里美の様子が変だとしか思っていなかった。


「わかった、その……大事な話とは何なのだろうか。多少の概要だけでも教えてくれないか」


 普通なら何も聞かずに帰路に着くのがデリカシーある対応なのだろうが、どうしても気になってしまった龍二が問いただしてくると、里美は誰も聞き耳を立てていないだろうかと周りを見渡してから口を開いた。


「絶対に広めたりしないでよ?」


「勿論だ」


 顔を近づけて念を入れてくる里美を前に首を縦に振る。


「変な事で悩んでるって笑わないでよ!?」


「承知している」


 念には念を入れられたのでもう一度首を縦に。


「じゃ、じゃあこれ! これ見て!」


 そう言って懐から取り出し、龍二の前に差し出されたのは一通の手紙だった。




 9月14日 16時30分 豊金高校校門前


「だからね? フェイクがフェイクであると簡単に見抜かれる時代だからこそ、本物の心霊写真の価値が上がるってもんなのさ」


時を同じくして愛は、七恵と校門の前で、地下の研究所に集まる他の者を待ちながら談笑している。今までは全員同じクラスだったので教室から直接研究所に行っていたのだが、虎白が加わってからはここが愛達の集合場所だ。


「なるほどねぇ」


 愛の止めなければ無限に続くであろう心霊写真トークを七恵は笑顔で聞いているが、特に話が興味深かったり面白いわけでは無い。愛の隣に居る時の七恵は常に笑顔なのだ。


「こんにちは、先輩方」


 談笑を続けていると、虎白が先輩を待たせまいと、下駄箱で靴を履き替え、小走りでやってきた。


「あ、虎白ちゃん、ぎゅー」


「……しませんよ?」


 七恵が両腕を広げて自分の胸に飛び込んでこいと手招きする。だが虎白は渋い表情を浮かべたまま近づいてこない。


「えー……愛ちゃんの真似をしてみたんだけど、ダメかぁ」


「私そんなことしたー?」


「愛ちゃん、今してるよぉ〜」


 と言いつつ、愛が先ほどの七恵と同じポーズをすると七恵が愛の胸の内に飛び込んでいく。七恵としては、後輩に自分が愛にしてもらって嬉しかった事をしてあげているだけなのだが、虎白の反応はまだ冷ややかだ。


「お二人の仲がよろしいのはいいんですが、他の先輩は?」


 そんな二人を眺めていた虎白が、いつもなら四人一緒に居るはずなのに、里美と龍二が居ないことに気づく。


「そーいや、遅いね二人。なんかあったっけ」


「あ、二人とも先に帰るって言ってたの、伝え忘れてた……?」


 七恵が教室を出る前に里美から聞いていたことを思い出した。愛にも伝えておこうと思ってはいたのだが、すっかり忘れてしまっていたのだ。


「まぁ今知れたから良いよー、なんか用事あるのかな」


「愛ちゃんが飛び出してから言われてたんだ……ごめんね! なんか二人で大切な話があるとかで」


「大切な……話!?」


 その瞬間、愛の小さな脳みそが突如としてフル回転を始めた。年頃の男女二人が放課後に大切な話があると二人きりになれば、そこで行われるのは恐らく……いや、恐れていた事が起こったとして、龍二はどう反応するだろうか?


「確か、龍二君の好みのタイプは胸が大きくてフェロモンムンムンの……ズバリ、サトミンがドンピシャ!」


「それは根も葉もない話だって言ってたよね!?」


 里美はこの集まりの中でもとびきりのスタイルの良さだ、その色香に魅了され二人の関係がトントン拍子で進んでいく可能性も……無くはない! 考えているうちにクールだがどこか抜けているところがある龍二としっかり者の里美はなんだかお似合いにも思えてきて、もし二人が付き合うことになんてなったら二人の友人としては祝福をするべきなのかもしれないが、里美だって自分が龍二に好意を持っている事を知っている以上、一度だけ待ったをかける権利ぐらいはあるはずだ。と愛がここまで脳内で考えを巡らせるまで約三秒たらず。


「しまった、先手を打たれたか……ナナちゃん虎白ちゃん、行くぞ!」


「行くってどこにー!?」


 頭を回転させた後は体を猛スピードで動かして、駆け出していく愛。七恵はそれを止めようとするが今の状態の愛は聞く耳持たず。


「……仕方ない、追いかけますか」


 今日も元気が溢れ出ているな、と少々呆れながら、虎白がなるべく疲れないペースで愛の後を追いかけていった。一人置いて行かれるわけにもいかないと、七恵もすぐ後を追いかける。


「多分遠藤先輩が心配してる事態にはなってないでしょうけどね」


「うん……里美ちゃんも二人の関係壊したりしないだろうし」


 説明は一切なくとも、考えていることが全て顔に出る愛がいらぬ心配をしていることは二人にも理解できていた。これもよくある愛の暴走の一つなのだろう。まったくトラブルメーカーな性格をしていると思いながら猛ダッシュする愛の姿が見える距離を保って走る。


「ところで、美倉先輩の好きなタイプは?」


 唐突に虎白が意地悪な笑みを浮かべながら問いかけてきた。恐らく、七恵は恋愛の話はあまり得意ではないだろうと思って少しからかってみようと思って発言したのだろうが、返ってきたのは斜め上の言葉だった。


「愛ちゃん!」


「いや、個人じゃなくてタイプをですね」


「じゃあ明るくて優しくて、苗字が遠藤で、名前が愛でね――」


 本当にこの人は遠藤先輩の事しか考えてないのだな……と思う虎白であった。




 時間は少し遡って教室の二人。大事な話があると里美から呼び止められた龍二は手渡された手紙の内容を読む。スケジュール帳の一ページを乱暴にちぎり取ったのだろう紙は、表のカレンダー表には何も書かれていない。ならば裏かと裏返してみると、ボールペンで書かれた簡素な一文が目に入ってくる。


『九月十四日、貴方の血と命を奪う』


 短いながらも物騒な言葉に眉間を寄せていると、その不気味さを強調するようにページの端に付いた一滴の血痕を見つける。


「犯行の予告状か……?」


「そうなのかも、昨日届いてて……イタズラだと思ってたんだけど、最近そういう事件あるから、怖くてさ」


 里美の言う『そういう事件』とは、近頃豊金市で起きている連続怪死事件だ。今の所女性だけが狙われていて、被害者の体には首元に小さな傷だけ、なのにも関わらず全員が失血死しており巷では特殊生物の仕業ではないかと噂が流れている。


「あの事件か……この前、近くで玄武の装着者を見た。恐らく警察もベルゼリアン関連だとみているのだろうな」


「そうなんだ、宗玄さんが……」


 玄武の名を聞いた里美は宗玄の顔を思い出していた。宗玄が調べてくれているのならば解決も時間の問題だと思う反面、今はどこにいるかわからないので、頼るわけにもいかない。


「まぁ、この予告状が本物の物かはわからん。最大限の警戒をするが……あまり気にしすぎるなよ」


 そう言いながら龍二は、カバンに荷物を詰め込んで帰宅の準備を進めていた。


「一緒に来てくれるんだ?」


「当たり前だ、君たちを守るのが俺の使命だ」


 龍二が荷物を入れ終わり重くなったカバンをドンと机に置くと、大真面目に自分の使命などと言い切ってみせた。


「使命って、ちょっと大袈裟じゃ無い?」


「そうか? 俺は真剣に言っているのだが……」


「ふふっ、そう思ってくれる龍二だから守ってほしいんだけどさ。早めに帰りたいしもう行こうか」


 龍二が協力してくれる事で安心したのか、里美がやっと笑顔を見せて教室の出口に歩いて行った。後を追うように龍二も教室から出て、二人は下校を始める。愛と知らない内にすれ違っていたのはこの時だった。




 いくら護衛があるとは言えど、命を狙われているかもしれないと思いながらの帰り道は緊張が流れる。言葉少なめに横並びで歩く二人だったが、無言でもそれはそれで辛いのか、遂に里美が口を開いた。


「そういえば、いつも愛が近くに居るから、二人なのって……いつぶりだろ?」


「そうだな……珍しい機会かもしれん」


 生真面目にそんな機会があったかと考えた龍二だったが、思い出せなかったのか答えを出すのを諦めた。それぐらい愛が隣に居る日々が当たり前になっていたのだ。


「愛の事、鬱陶しいとか思ったりしてない?」


「思ってなどいないさ」


龍二がキッパリと否定した。本当の所は、最初の頃は鬱陶しいと思ってはいたのだが、もう慣れている。


「じゃあ、どう思ってるの?」


「戦いに巻き込んだのは俺だ、守る義務が――」


「もう、そういうことじゃなくってさ……す、好きとか嫌いとか」


 恋愛話はあまり得意ではない里美が、歯が浮くようで今にでも顔が噴火しそうになりながらも、親友のために少し探りを入れてみた。


「好きか嫌いか、か……」


 龍二が顎に手を当て真剣に考える。思えば今までの人生で誰かを好きになった事などなかったし、嫌いになった機会もあまりない。友人もほぼ居ない中で異性関係などもっての外で、こうやって誰かと共に帰るというのも今年になって始めて機会ができた。そのきっかけになってくれた愛には感謝は尽きないが……好きかと言われると、人を好きになるという感覚がいまいちわからない。嫌いなのは有り得ない。あれだけ一緒に居ても微塵も不快には思わないのだから。なら……自分は愛が好きだというのか?


「……そんな思い悩んじゃうか? あーもう、柄でも無い事して恥ずかしくなってきた。やめやめ、早く家に帰ろ」


 いつまでも答えを出さない龍二に痺れを切らして里美が話を断ち切った。赤くなった顔が熱いのか手で仰いで風を送っている。


「すまない、よくわからんものでな……」


「聞いておいてなんだけど私もおんなじような物だよ、愛がどうとか、訳わかんないよね……あ、今の愛ってのは愛とは違って――」


 突然、里美が異変を感じ言葉を遮り、辺りを見渡す。話をしながらとはいえ、それほど時間はかかっていないはずだ。『何故こんなにも空が暗い?』そう考えている内にも周りはどんどんと闇に包まれていく。


「どういう事だ……普通では無い」


 龍二も異変に気づき警戒を始めた。十数メートル先さえも見えなくなって、ただ夜になったでは無い事も分かってきた。想像のできない怪異が、今二人を襲おうとしている。

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