36話 ルーツ 力の根源

 九月一日、スカイタワーの一件も終わり、何とか学校生活を再開させた愛達は依然と変わらず、地価の研究所に集まっていた。虎白はまだ来ていなかったが、愛、里美、七恵の三人がいつも通りに菓子をテーブルの上に広げ読書や携帯ゲームなどをして思い思いにくつろぐ。その中で龍二だけはじっと椅子に座りながら難しい顔をしていた。


「知能を持ったベルゼリアンは、知り得た物を模倣する……か」


「あ、それ朱里さんが言ってた奴。本当なのかな」


 愛が口に頬張っていたポテトチーップスを飲み込んでから龍二がポツリとつぶやいた言葉に反応した。


「ジャックという名のベルゼリアンの言葉らしいが……あの場で嘘をついたところでどうなるわけでも無いからな、事実ではあるとは思う」


 スカイタワーに現れたベルゼリアンの一人、ジャック。その通り名と人間離れしたナイフ捌きからわかるように、彼はジャックザリッパーを模した能力を持っていた。他にもユニコーンにピクシーと、知能を持ったベルゼリアンの能力は架空の生物や歴史上の人物を元にしている。


「それならば、なぜ俺が青龍の力を身に着けているのかを考えていたんだ……俺が能力に目覚めた六年前、その頃の事を思い返すと、やはり心当たりは一つしかない」


「そ、その心当たりとは……!?」


 唐突に明かされようとしている、龍二の能力にある秘密。愛はさぞ壮大な物語があるのかとつばを飲み込んだ。


「それはだな……当時夢中になっていた、超神装リューシンセイだ!」


「な、なんじゃそりゃ?」


 龍二が目を煌めかせながら大きな声でそのタイトルを口にした。だが愛には全く覚えがないようで困惑している。


「六年前、日曜の朝にやってた特撮だよね。小さい頃は弟と見てたなー、ふふっ懐かしい」


「ナナちゃん知ってるの?」


「うん、今もシリーズが続いてるらしいよ。私はもう見てないけど、そういえばずっと四神がモチーフだったね」


 読書をしていた七恵がしおりを挟んで会話に入ってくる。少し年の離れた弟がいる七恵は一人っ子の愛とは違い男児向けの番組やゲームにも多少の知識があった。


「ふーん、私はそういうの見てなかったからなぁ」


 愛は小さな時からオカルトに心底夢中であった。山に行ってはツチノコを、川では河童を探し、心霊スポットをいくつも周り――とにかく未確認生物などの実在が確認されてない物を発見するんだと外に出かけ続ける。そんなことを続けていては当然テレビを見る時間は少ない。


「う、嘘……知らないの愛!?」


「知らないのって……男の子向けのは見てないって」


 リューシンセイを知らないという愛を、驚愕の表情を浮かべ里美が口を開けっぱなしで見つめていた。男兄弟もおらず、特撮など興味がないと思っていた里美が知っているのは意外にも程がある。


「そういう男とか女とかがどうのって、リューシンセイ前の時代にしか通用しない言葉だよ、愛」


「前と後で時代が変わるほどの作品なんだ!?」


「そう、特にライバルでありパートナーでもあるコクリュージン様は女性ファンの大量獲得と同時に、当時の少女たちの初恋を一気に掻っ攫って行ったからね……」


 手を組んでうっとりとした表情で当時の記憶に想いを馳せる里美。それは幼馴染である愛にも今まで見せたことのない顔だった。


「様って付けるほどのファンだったの!? 私サトミンがそれにハマってるの全然知らなかったんだけど!」


「それもそのはずだよ、今ならともかく、当時はリューシンセイを見てるって大っぴらに言えない女子も多かった……だから、当時のファンたちは家族から隠れてテレビに齧りつき、インターネットで数少ない仲間と交流を続ける、孤高のレジスタンスだったの……!!」


 熱い語り口で熱弁する里美。愛が思い返しても全く思い当たる節がないのを考えると、ファンとバレないための努力は相当だ。


「何も考えずにリューシンセイを楽しんでいた影でそんな事が……! 俺は、俺はそんなことも知らずに……!!」


 そんな里美の熱意に答えるように、目に涙を浮かべ歯をくいしばる龍二。熱狂的なファン同士が、今ここに集ったのだ。


「でも今はいい時代になったよ、大人や女性が超神装シリーズのファンって言っても変な目で見られなくなったし、本編にも女性戦士が増えてきた。メインターゲットではないという悲しみを背負った私たちの戦いは、次の時代への架け橋となった!」


「そうだ、今シリーズを支えているのは特定の人種ではない、老若男女問わず全てのファンが支えているんだ!」


「あー! 濃厚なスキンシップ禁止です! ドゥーノットお触り!」


 龍二と里美が感激のあまりにがっちり抱き合う。あくまでファン同士として分かり合えた喜びを表したものなのだが、愛が慌てふためいて二人の間に割って入った。


「と、ともかく、その夢中になってた番組に影響されて青龍の姿になったんだね」


「ああ、無意識的に俺の憧れであったリューシンセイのイメージがこの姿を作ったのだろう」


 七恵が話を仕切り直した。龍二と里美という子供向けヒーロー番組が好きだとは一見思えない二人を意外と思っていると、研究室の扉が開いた。


「遅れました。あ、皆さんもうお揃いなんですね。先生にこの髪が地毛か疑われちゃって……」


「急に髪色変わったらそりゃ疑われるか……災難だったね」


 他四人より遅れてやってきたのは虎白だった。虎白が白虎の姿に変わる力を得たのは夏休み中の話、その代償として髪が真っ白になっていたのを学校の誰も知らなかったのだ。


「私だって好きでこの色になった訳じゃないのに、いい迷惑ですよ。染めてないのは証明したしもういいですが」


 虎白は愚痴を話しながら通学カバンを置き、指先で純白の髪を弄りながらどっしりと椅子に座った。


「そうだ虎白ちゃん。リューシンセイって番組、知ってた? 私知らなかったらすっごい驚かれちゃってさ」


「知らないはずがないだろう。リューシンセイは一つの時代を始めたんだ」


 愛がリューシンセイを知らない仲間が居ないかと思い、虎白に問いかけた。知っていたところで三対二と少数派なのは確かだが、一人だけ知らない状況よりかはましだ。


「えーっと……私は知りませんよ」


 虎白は少し首を傾げ考え込んだ後に答える。が龍二はそれでは納得しなかったようだ。


「嘘だな、なぜならば君が変わる白虎の姿は、リューシンセイの続編ビャッコゴッドを元にしているからで――」


「違います」


 龍二が得意げに推理した内容をすぐに全否定する虎白。だがショックを受けたのは龍二ではなく、その隣にいた里美であった。


「そんな……嘘でしょ? 私虎白が来た時点で、青龍と白虎のコラボで映画の時みたいだなって内心ニヤニヤしてたのに……もしかしたら虎白もファンなのかなっていつ話題振ろうかソワソワしてたのに……ほんとにビャッコゴッド知らないの? 隠さなくていいんだよ?」


「知りませんって! それに、白虎の姿になった原因ならなんとなくわかりますし」


 仲間だと思っていた虎白がそうではなかったのが相当にショックなのか膝から崩れ落ちる里美、白虎の姿になった原因はほかにあるようだ。


「なんだ……? 当時はリューシンセイの影響で四神モチーフは確かに増えたが……」


「私プリタイ見てたよ、プリティタイガー」


「もしかしてそっち!? 結構マイナーな作品だと思うけど……」


 好き勝手に喋る特撮ファンの三人。そんな様子に虎白は心底呆れて。


「なんでテレビに影響された前提なんですか! どうしよう、全然話についていけない……」


「虎白ちゃん、ミートゥー」


 そんな虎白に手を差し伸べたのは愛。だがしかし。


「しかも唯一の常識人だと思ってた井ノ瀬先輩も暴走して、味方がまさかあの遠藤先輩一人とか……!」


「唯一の常識人ってサトミン以外はどう思われてんのかな!? とりあえず教えてくれないかな、白虎になれるようになったルーツ!」


 後輩にどう思われているのか多少気にはなったが、愛はとにかく話を進めようとした。


「えっと、あんまりおもしろい話ではないんですけど……両親が私の小さい頃に離婚してまして。それで、家族の思い出って物があんまり無いんです。それでも心に残っているのは、最後に家族三人で行った動物園」


 離婚、その言葉が虎白の口から出てきた途端に他の四人が真剣に話を聞き始める。つい最近知り合った虎白とは、今まで身の上話などした事も無かった。両親の離婚など積極的に話したいことではないだろうし、そんな事を話させる心苦しさと、そんな事だからこそ話してくれるということは、信頼をしてくれているのだと感じる嬉しさ両方が心に募る。


「小さい私が心奪われたのは、当時動物園一の人気者だった一頭のホワイトタイガーでした。当時は動物なんて近所の野良猫しか見たことが無かった私にとって、ただ寝転んでるだけなのに溢れる風格と雄々しさ、こちらを鋭い目で睨みつけて牙を剥き威嚇してくる恐ろしさは衝撃的だったんです」


 虎白は楽しかった幼き頃を思い返す。


「来る前は可愛い動物をいっぱい見るぞって張り切ってたんですけどね、でもそれからはずっとそのホワイトタイガーに夢中で、織の前から一歩も動きたくないって愚図って喚いちゃって。それで結局、動物園に来たのに一匹だけしか動物を見ずに帰ったんです。おかしな話ですよね、売店でその子のぬいぐるみも買ってもらっちゃって」


 思い出を語る虎白の顔は柔らかい笑顔を浮かべていた。虎白と両親の関係は未だに良好とは言えないが、その当時だけは、本当に心から楽しい思い出だったのだ。


「その後は両親も不仲になって、家族で遊びに行くことなんて無くなっちゃって。私はそのぬいぐるみでずっと遊んだんです。今でも机の上に置いてあるんですよ。だから、思い出とかずっと一緒だったこととか、そういうのが私を白虎に変えたんだと思います」


「つまり、青木先輩とは違って元は四神じゃないんですよ、ただの動物。それでもへんてこなのに変わってたら命は無かったかもですから……そのホワイトタイガーには感謝ですね」


「家族の思い出で命の恩人で……なんだかすごいね。ねぇ、虎白ちゃんさえよければその虎、私たちと一緒にまた見に行こうよ」


 思い出を話す虎白の顔を見て、愛はもう一度その虎会う事を提案した。虎白が喜ぶと思っての発言だったのだが、予想とは裏腹に虎白は少し俯いてしまう。


「……出来たら良かったんですけどね。その子はもう、生きていないんです」


「そっか……動物だもん、寿命もあるよね……」


 もう何年も前の話だという事を失念していた。虎の寿命は詳しく知らないが、下手な事を言ってしまったと思っていた愛に、虎白はそうではないと首を横に振った。


「いえ、その子が死んだ原因は……腹を空かせて、飼育員さんを食い殺してしまったから。だから殺処分なんですよ」


「ご、ごめん無神経なこと言っちゃったかな」


 思っていたより数段まずい事を言ってしまったと焦る愛。そういえばそんなニュースを数年前に目にした気はしたが、最早今更思い出しても遅い。


「別に気にしません。ニュースになったりもしたけど結構前の事なんで、知らなくても当然ですよ」


 愛の発言をフォローする虎白だが、流石に重い話題が続いたせいか部屋に沈黙が訪れた。本来こういった気まずい雰囲気が流れた時は愛がムードメーカーとなって明るくするのだが、今回ばかりはどうしようかと迷っていた。


「なんだかリューシンセイの話で騒いでいたのが恥ずかしいな……君のほうが何倍もしっかりしている」


「いやいや、小さな頃に憧れたヒーローに近づくって凄いことだと思いますよ? それに私、一つ嘘を付きました」


 龍二がポツリと呟く。虎白の重い過去に比べて、自分は中々の軽い理由なことに少々居た堪れなくなっていた。しかも暗い雰囲気をなんとかしようと発言したにもかかわらず、逆に虎白にフォローされてしまい、更に恥ずかしいものの虎白が付いたと言う嘘を気にかける。


「ビャッコゴッドってのは本当に知らないですけど……あの、本当のところリューシンセイ、実は見てました」


 そう言って虎白が若干頬を紅潮させ視線を皆から反らしていると、里美が目を輝かせる。


「やっぱりファンだったんだ! 黒衣の王子コクリュージン様は忘れられない初恋だよね!」


「いや、私は主人公のほうが……あ、聞いてない」


 虎白の肩を前後に揺らし続ける。それほど里美は仲間が増えたのが嬉しかったようだ。だがそんな里美とは正反対な表情を浮かべているのが一人。


「嘘ぉ!? じゃあほんとに知らないの私だけ!?」


「時代のムーブメントだったからな、同世代で知らない人間がいるとは思わなかった」


 突然仲間を失った愛が頭を抱え込む。まさか自分だけが時代に乗り損ねていたとは思っていなかったのだ。


「愛ちゃん、ツチノコ探しに行ってたんだものね……」


「私の思い出は、ツチノコだったの……ツチノコの存在を証明することに全てを捧げてたの……」


 例え流行に乗り遅れようと、同世代の友達と話が噛み合わなくとも、愛は自分の時間の使い方を後悔していない。いや、したくない。


「その前に存在自体を信じないでくださいよ……ともかく、私の昔話は終わりです。すみませんね明るくもない話を長々と、知ったところで何になる訳でもないですし」


「いや、意味はあったさ。この力を得た経緯はお互い不本意なものだったとしても、姿は自分自身の心が選んだ。それを確認できただけでも十分だ」


 確かに知った所で何かがわかる訳でも無い。だがそれでも、人から疎まれるかもしれなかった自分の力に誇りが持てるようになった。姿形は誰かに押し付けられたモノではないだけでも戦い続ける自信が湧き出る。


「そういうもの……ですかね。確かにまぁ誰かに決められてたら、癪ですけど。あの、それより」


 龍二の言うことも一理あるかと思いつつも虎白は先ほどからずっとされ続けているあることが気になっていた。


「いい加減頭をを揺らすのは勘弁してくれませんかね、井ノ瀬先輩! そろそろ限界です!」


「やっぱコクリュージン様とリューシンセイの話数をかけて丁寧に書かれる対立と、しかし確実に紡がれる絆が良いんだよね! 一年通してやれるからこそ心理描写がしっかりしてるっていうかさ! ドラマだけじゃなくて戦闘シーンもシリーズ一作目でありながら最高峰で――」


「話聞いてないー! 誰か、誰か止めてー!」


 新たな仲間を見つけた里美のリューシンセイ語りは、たとえ悲痛な叫びが部屋の中に響き渡ろうと止まらない。その日から虎白の心中で里美も、おかしな先輩のカテゴリに仲間入りするのであった。

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