30話 スカイタワー 戦慄する空の塔

「うわ、すっごーい! 遠くまで見えるよ!」


 夏休み最終日、都心のシンボルである空都スカイタワーに来た愛達はその展望台からの眺めに驚く。


「良い眺めだね。豊金の方は流石に見えないけど」


 思わず見とれる里美。愛の隣で見ていたつもりだったが、当の本人はすぐに他の場所に行ってはしゃいでいた。


「見てこれ床が透明だよ! みんなこっち来なよ!」


「さ、流石にそれはちょっと怖いかな……」


 ガラスの床の上を全く怖がる様子も無く歩き回る愛。高い所が特別苦手でない人でも恐怖を覚える物だが、彼女にそんな感情など無い。七恵はただ普通の床の場所から見ている事しかできなかった。


「いやー、流石日本一の電波塔、正に絶景ですね。」


「あ、ああ……」


 想像していたよりも綺麗な景色に満足している虎白は、横目に随分顔色が悪い龍二を発見する。ここに来るまで体調が悪いそぶりなど無かった筈だと思い返す虎白、思い当たる節は一つ。


「どうしたんです? さっきから手すりから手を放しませんが」


「べ、別に何ともないぞ」


 不意に話しかけられた龍二が慌てふためく。そんな様子を見て、疑惑が確信に変わる。恐らく龍二が狼狽している理由は一つ。


「もしかして……高い所が怖いんですかぁ? 以外な弱点見つけちゃったかも」


 意地悪な笑みを浮かべる虎白。無口で無愛想な男の弱点を見つけたとなればこれほど面白いことはない。


「そんなわけがあるか! 平気だこれくらい」


 揶揄われた龍二は咄嗟に手すりから手を放し、平気だと言いながら歩いたりジャンプしたりして見せる。 先輩として後輩に弱みを握られるわけにはいかないのだ。だがそれで満足するほど虎白も甘くはない。


「へぇー、じゃあ遠藤先輩の所に行ってあげたらどうです? せっかく来たんですから先輩みたいに楽しまないと」


 虎白が未だにガラス床の上ではしゃいでいる愛に視線をやる。普通の床の上なら何とか耐えきった龍二であったが、あの床で平常心を保って居られる自信は無い。目を閉じながら冷汗を流し、どうしたものかと思考する。


 虎白にとっては意地悪半分、煮え切らない二人を接近させてやろうと言う優しさ半分だったのだが、こうも自分の思い通りにコロコロ表情が変わると、愉快で仕方がない。意外と純粋な人間なのだなと感じていた。


「……やれば、いいのだろう!」


 遂に覚悟を決めた龍二。なるべく視線を下に向けないように注意しながら一歩ずつ進む。愛があれだけ動いてヒビ一つ入っていないのだから強度は万全のはずだ、そもそもこういうスリルを味わう類の物は安全に気を配っているはずだ、わかっている。わかってはいるのだが、万が一ガラスが割れてしまった場合を考えて足元に感覚を研ぎ澄ませる。


「あ、愛……」


 愛の近くに来たまでは良いものの、その場で固まってしまう龍二。傍に行って何をどうしろと言うのだろう。楽しんでいる所にいきなり呼びかけて何も言わないと言うのは困惑をさせているに違いない。


 だが、愛の気持ちはそんな思惑とは正反対の方向に動いていた! デートスポットとして名高いスカイタワーの展望台、何故だかいつもより真剣な表情を浮かべてこちらの名前を囁く龍二……! これはもしかすると……まだ早いとは思うが告白――なのだろうか!? 確かに時期早々ではあるが、心の距離が近づく速度など人それぞれだ。ここで愛を告げられたら……断れない! 断りたくない!


 周囲の人間も二人の雰囲気から青春の香りを察知する。ああ、夏休みラストにこの男は一世一代の勝負をするのだなと応援する者。見ちゃいられないとその場を去る者。成功してもしなくても面白い物が見られると野次馬根性丸出しな者。急展開に驚きを隠せない愛の友人たち。十人十色なギャラリーに囲まれながら遂に龍二が固く閉ざされた口を開いた。


「う、動けない……」


「え?」


 か細く情けない声のように愛には聞こえたのは、期待していた言葉と正反対だったからか。ここまでやせ我慢で保っていた平静が脆くも崩れ去る。足を小刻みに震わせて愛の方に手を乗せ、何とかその場に立っている龍二。


「あー! すみません!悪かった!私が悪かったですって! ほらこっちです」


「すまない虎白……」


 この状況に思わず声を掛けた虎白に手を引かれて普通の床までよろよろ歩くと、その場にしゃがみ込んでしまう龍二。


「い、意外とヘタレドラゴンー!」


「やめろ! 今はやめろー!」


 この胸に湧き上がる落胆と怒りは、龍二にとっては理不尽な物だと言うことはわかっているがぶつけられずにはいられない。多少手加減をしたヘッドロックを仕掛けた。普段なら冗談で済む行為だが、今に限っては痛恨の一撃だ。


「今じゃなかったら良いんかい……」


 じゃれ合う二人を見つめる虎白。進展の予感からの情けないオチに、里美と七恵の二人もため息を一つついた。




「んーじゃあ、降りようか。これ以上龍二くん待たせるのはかわいそうだし」


 ダウンした龍二を、外の様子があまり見えない場所に置いて、自分にかまわず楽しんでくれと言う言葉に従い、女子だけでぐるりと展望台を一周した愛達。一人待たせておくのも気の毒と龍二の元に戻ってきた。


「愛か……楽しかったか?」


「まあね! でも下にも色々楽しみな所あるからさ、そこ行こうってなって」


 あれから少し時間が過ぎて、何とか回復した龍二。このスカイタワーは展望台だけでなく、その周りにある商業施設も見どころだ、龍二が展望台を楽しめなかったのは残念だがそこで楽しんでもらおうと思っていた。


「そうなの。美味しいクレープ屋さんがあるんだって!」


 甘い物に目が無い七恵が目をキラキラと光らせている。


「おお、それは良いな! ちょうど甘い物が食べたくなっていた所だ」


 龍二の顔にやっと生気が戻る。意外だが彼も甘い物は好物なのだ。


「じゃあ行こうか、元気戻ってきたみたいだし」


 里美がパンフレットを開いて場所を確認して皆を先導して行こうとした、その時だった。ちょうど向かおうとしていたエレベーターの方向から甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。賑やかだった周囲が一気に静まり返る。


 大半の人間はまったく気にもせずに思い思いに楽しみに戻るが、龍二と虎白だけが頭痛と共に張り詰める空気を感じる。


「虎白……感じるか」


「ええ、この嫌な感覚……奴らがやってきたって事ですよね」


「タワーの高低差のせいでここまで来るまで気づけなかった。しかもエレベーターが塞がれているなら……!」


 龍二はこの展望台が大きな輪の形をした構造なのを思い出す。そして地上との行き来できるのはエレベーターのみ、ベルゼリアンに襲われたとなれば逃げ場がない!


「愛、里美、七恵! 俺の近くから離れないでくれ! 今からここは危険になる!」


「う、嘘!? ここに襲いに来たって事!?」


 ベルゼリアンの事などすっかり忘れて楽しんでいた所に、突然始まろうとしている戦いに動揺が隠せない愛。せめて今日ぐらいは皆で楽しみたかったのに、なぜ戦いは龍二にこうも付き纏って離れないのか。


「そうですよ! こうなったら私もやるしかないか……マッハで片付けます!」


 虎白が叫び声を上げるとその姿を白虎に変える。目で捉えられないほどの高速のスピードで悲鳴が聞こえた方向へ駆けていく。龍二もそれに合わせて静かに青龍に姿を変える。すぐに騒ぎの元へ向かおうとしたが、愛が不安そうな顔で腕を掴んでいる事に気づく。今までと違う逃げ場の無く、人の多い場所。誰かを守りながら戦うのは難しい。


「大丈夫だ、愛は……俺が守る」


 それでも、龍二は守ると言い切ってみせる。不安な愛を安心させたかった、それもあるがどんな状況であろうとも愛を守ってみせる。そんな自分自身に言い聞かせるような覚悟の現れだった。

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