29話 エンドオブサマー 動き出す影

 夏休みも遂に最終日。せっかくならば何か思い出に残るような場所に出かけようと、愛達五人は都心へと遊びに来ていた。時刻は昼の十二時、お腹が空いた一行はハンバーガーショップへと足を運んでいる。


「いやー、何度来ても都会は飽きないね! 賑やかな街に高いビル! そしてその上にさらに高い空都スカイタワー!」


 愛は両手にハンバーガーを一つずつ持ち、交互に一口。頬にソースをつけながら幸せそうな表情で食べ続けていた。


「愛ちゃん、いつもあのてっぺんに行きたいって言ってたもんね。楽しみだなぁ」


 そっと愛の頬をペーパーナプキンで拭く七恵。七恵は普段はあまりハンバーガーを食べる方ではないが、友人たちと一緒の食事を楽しんでいる。


「虎白は誘うの急になってごめんね。愛がどうしても一緒にって言うから」


「いえ、新参者の私まで誘って頂いてありがたいです。それに……なんだかんだで楽しみですし、スカイタワー」


 里美が虎白に謝罪する。この予定は前々から決まっていたが、最近知り合った虎白には急な誘いになってしまった。


 今日のメインは何といっても都心最大の電波塔かつシンボル。空都スカイタワーの展望台に行くことだろう。運が良い事に今日の天気は日本晴れ。少々暑くはあるが、展望台からの景色は絶景であろう。


「タワーか……登ったことは無いな」


 龍二は大きな口でハンバーガーを一口で半分ほど食べる。中々に豪快な食いっぷりだ。


「お、二人とも興味津々だねぇ。やっぱり高い所から見る景色は最高だよね!」


 一瞬、馬鹿と煙は何とやらとの言葉が虎白の頭に浮かぶが、自分も楽しみにしている以上言う訳には行かないと言葉を飲みこむ。


「でも、今日は混んでるんじゃないですか? 私達と同じく夏休み終わりの人も多いですし」


「一応前もってネットでチケットは買っておいたけど、展望台の中は多そうだよね」


 確かに今日はスカイタワーだけでなく、その周辺も夏休み最後の日を楽しもうとする学生などで溢れていた。そうなると人気スポットであるスカイタワーも混雑は必至。里美のチケットで入るのはスムーズだが、その先はそうはいかないだろう。


「みんな考える事は同じなんだねぇ。でもチケットは並ばなくていいんだ! 流石サトミン頼りになるぅ!」


「いや連絡入れてたよね……もう、そう言うの全部私に任せっきりなんだから」


 そう言われると、ごめんごめんと手を合わせて軽く謝る愛。今回に限らず、面倒くさい事は大体里美に頼りっきりな愛。今回もネットを使うと言う時点でさっぱりわからず、記憶から話題が消去されていた。


「えっと、虎白ちゃん具合悪い? 全然食べて無いけど……」


 七恵が虎白の食が殆ど進んでない事に気づく。期間限定のバーガーを一つ頼んでいたが、数口だけ小さく食べただけだ。


「いえ、体調は全然平気です。でもなんだか最近食欲が無くて……ストレスのせいだとは思うんですけど、色々ありましたし」


 虎白が白虎に姿を変える力を得てから、体の変化が二つあった。一つは髪の色が白く変わってしまった事だ。今まで染めたことも無い黒い髪が急に変わってしまい、周囲の人間には動揺させてしまったがもう皆慣れている。問題は高校のうるさい教師陣だ。どうせ校則が規則がと面倒くさい事になるに違いない。

もう一つは食欲が無い事だ。髪色に比べればどうと言う事は無いが、これほど続くと不可思議に思う。


「うーん、まぁそんな時もあるよね、どうしてもダメなら私が食べるよ」


「愛に食欲無い時なんてあるの?」


「あるよ! ……いやごめん、無いかも。大怪我して寝てた時も、起きた日に咲姫さんの家でたんまり頂いちゃったし」


 大怪我をした時、つまりユニコーンにやられて負傷していた時も起きるなり紅神邸のシェフが丹精を籠めて作り上げた料理を大量に平らげ、その驚異的な食欲は厨房を恐怖に陥れた。


「普通胃が縮む物じゃないのかなぁ……それで太らないんだから羨ましいよ」


「トレーニングしてるし私! こう、ツチノコに突然であったときに捕獲できるようにだね」


 里美の思春期女子が抱える特有の悩みに、摩訶不思議な首を締めるようなジェスチャーで答える愛。オカルト好きの彼女はUMAにも精通している。無論実際に出会ったことは一度もない。


「トレーニング必要なんですかそれ……? でも私もした方が良いんですかね、体動かす機会増えると思いますし」


 体を動かす機会とはもちろん、戦いの事だ。小さいときから戦いを続けている龍二と違い、虎白の戦いは戦い慣れをしていない、ただ本能に身を任せた物だ。パワーこそ発揮できているが、体力の消費も激しく隙も大きい未熟な戦い方である。


「身体能力自体は強化される。そう心配はいらないと思うが、体の動かし方や動体視力は鍛える必要があるだろうな」


「なるほど、そう言う物ですか……後で詳しくお願いしますね」


 気になる話題ではあるのだが、今日は忘れて全力で遊ぶ事にしたい。戦いに備えるのはその後からでもいいだろう、せめて今日ぐらいは。そう思っていたが、その思いは後で砕かれることになるのを、まだ虎白は知らなかった。・




「やあジャック。君にはお礼を言わねばならないね。君の勝手な行動のお陰で時計の針は大幅に進んだ」


 知能、そして能力が優れたベルゼリアンが潜む廃工場から、ドラキュラと呼ばれるベルゼリアンが日傘を差して外に出ようとしていた。彼は言わば参謀役、計画の策定や他の知能の低い者を纏める役割であり、こうして外で何か行おうとするのは珍しい。


「出かけるのにそんなものを使わねばならんとは、吸血鬼など不自由なものを模したものだな」


ジャックはその様子を壁にもたれかかりながら見ていた。しかし手にはナイフを持ち続け、たとえ味方であっても警戒を怠らない。


「だが役に立ったこともある。例えば、これとか」


 後ろについてくるピクシーを顎で指す。当のピクシーは虎白に受けた傷は完全に治っていたもの、目は虚ろで焦点が合っていない。ジャックはその原因が彼の能力であることを知っていた。また仲間を毒牙にかけたのかと呆れている。


「ほう、女連れでどこに逢引きをしに行くつもりかな?」


「逢引き? ハッ、そんな甘っちょろい物をわざわざしに行くんじゃないさ」


 今まで行われていた軽口とは違い、おどけた様子を一切見せずに、その眼を怪しく光らせながら話す。


「宣戦布告だよ。僕ら新人類と旧人類、どちらが世を統べるに相応しいか明らかにする、種の存亡を賭けた生存競争のね。君にも手伝ってもらおうかな」


 影が光を飲みこまんとする時が、遂に訪れる。

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