31話 デクラレーションオブウォー 因縁の再会

 都心のシンボルスカイタワー、その展望台へ観光に来ていた愛達に迫り来る脅威。その渦中に虎白が立ちはだかる時、事態は加速する。


「何なのこいつら!」


 悲鳴が聞こえてきたエレベーター周辺、その驚異的なスピードを活かして騒ぎの現場に駆け付けた虎白が見たのは、エレベーターから溢れ出てくる怪物の大群。怪物の姿は、体を覆う肉が腐敗し、何とか人の形を保っていると言った姿で、少し距離が離れていても悪臭が鼻を刺激してくる。


「触るのもおぞましいんだけど、ここで逃げ出せるほど薄情でもないのよね!」


 白虎の鋭い爪が腐った肉を切り裂く。他の敵を引き裂いた時とは比べ物にならないほどの柔らかい手ごたえ、それほど力を入れていないにも関わらず一撃で相手は崩れ落ち、動かなくなった。


「私の敵じゃない、でもこの数となると……!」


「待たせた、白虎!」


 遅れてきた龍二が剣を構え、周りに群がる敵を切り裂いていく。


「遅いですよ! 先輩ならしっかりしてください!」


「白虎のスピードに追いつける訳がないだろう! 守りながらではこれで精一杯だ!」


 言葉を交わしながらも、二人は刃を振るう手を止めようとはしない。襲われている人を見ては怪物を切り続ける。


「こいつらはエレベーターからきているのか、なら……」


「地上はすでに制圧済みって事ですよね、思ってるより事態は広がってるんじゃ……!」


 その間にも怪物は次々と地上から送り込まれて、何度敵を切り捨ててもすぐに次が現れる。地上の様子が気になったがその場の人間を守ることで精いっぱいな龍二たちは、動くことができなかった。




 その頃、空都スカイタワーの一階は地獄絵図と化していた。展望台にも現れた腐った人型の怪物が辺りを埋め尽くし、観光に来ていた人々を襲う。殆どの人間は何とか逃れる事が出来たのだが、運悪く逃げ遅れた人間は喉を食い破られ、二度と動く事のできない状態になった、はずだった。


 横たわり息が止まったはずの人間が目に光がないまま立ち上がる。その焦点は合わず襲われてボロボロになった衣服を気にかけることもなくただ前に歩き続けた。怪物達も突然立ち上がった者に目もくれない。むしろ仲間入りを歓迎するかのように共に闇雲ながら歩き出した。その一人を皮切りに次々と犠牲になった人間達が立ち上がり始め、怪物の総数が増えていく。


 そんな光景をよそに、まだ蒸し暑い八月だと言うのにもかかわらず、季節外れなロングコートと、日傘を畳んで持ち歩く男が一人、スカイタワーのコントロールルームの扉を開ける。もちろん施錠はされていたのだが、彼の力の前ではそんなものはあってないようなものだ。


「こんにちは、哀れな人類諸君。少々ここの設備を使わせて貰いたいんだけどね」


 国内最大の電波塔、スカイタワーの心臓部であるこの場所は、この国の多くのテレビやラジオの電波送信を担っている。そんな場所を彼は今襲撃しているのだ。


「そう、そのまま邪魔をしないでくれるとありがたい」


 外の騒ぎを聞いていた中の職員達は自らの身に危害が加わらないように部屋の隅に集まって縮こまっている。誰も機材を触っていることを咎めずに、準備が着々と進む。隣のスタジオルームで怯える本来ならこれから生放送を行うはずだったアナウンサーを部屋から追い出し、テレビカメラの前に鎮座する。日本全国に、彼らの宣言布告が放送されようとしていた。


「劣等なる旧人類達よ、まず突然の放送で驚かせてしまったことを謝罪しよう。我々は君たちには特殊生物と呼ばれてもいる、この地球を統べさせていただく新たな種、ベルゼリアンである」


 彼の言葉がマイクを通った瞬間、全国の全てのテレビ、ラジオの電波がジャックされる。茶の間には困惑と動揺が広がり、ネットの配信サイトでもその様子がすぐに拡散されていった。


「現在の愚かしい人間の争いを、社会を、全てを! 破壊し従わせるために今! ここに宣戦布告をさせていただく! まずは手始めにこの空都スカイタワー展望台に居る全ての人間を、抹殺することで我らの力を知らしめるだろう! 圧倒的な力を持つ我々ベルゼリアンに屈服を、隷属をせよ! 今この時から人類はこの世の支配者などではない!」


 短くも力のある言葉、それを最後に放送は途絶える。唐突に始まり、そして終わった短い宣戦布告に世間の反応は様々だ。特殊生物の親玉が遂に現れたと恐怖に怯える、ただの愉快犯のふざけた犯行と真に受けない、面白がって動画をネットに流す――思い思いに世間が動く中、ただ確実な事実はこの事態に警察が動き出している事だった。


「宣戦布告だって……? ふざけた事を!」


 白バイに乗り、スカイタワーへ緊急出動していた宗玄が宣戦布告の音声を聞いて怒りを吐き捨てる。


「兵藤さん! 状況はどうなってますか!」


 無線でマリと連絡を取りながら走る宗玄、その姿は対特殊生物鎮圧用スーツ『玄武』を身に纏い戦闘の準備はいつでも出来ている。


「一階は既に特殊生物により制圧、展望台にも多数出現しているようです!」


 マリが今の状況を報告する。地上は先に到達した警察の機動隊によって包囲され、制圧こそされたが被害の拡大は防いでいる。その一方で抹殺すると宣言された展望台の状況は詳しい事は分かっていない。


「なら展望台に一気に向かいます! 全員抹殺なんてさせるもんか!」


「おい待て宗玄! 今エレベーターは使える状況じゃねぇぞ、どうやって……」


 いくら玄武を使用しているといっても、既に制圧された中を突破してエレベーターを使うのは現実的ではない。その声に宗玄は笑みと共に答える。


「使うんですよ、新装備! あのワイヤーなら登れるでしょう!?」


「できなくはないですけど……無茶にも程がありません!?」


「無茶でも今やるしかないんですよ! ワイヤーで外壁を登ります!」


 宗玄は玄武に新たに装備された伸縮可能なワイヤーを使って外壁を登っていくと言う。実際の所ワイヤ―の使用用途は青龍や朱雀などの、今の所は人類の味方をしている者たちに対しての使用を前提とした、殺傷能力が無い捕獲用の武装である。だが宗玄はワイヤーの引っ張る力は移動用にも使えるのではないかと考えていた。


 宗玄のバイクがスカイタワーへあともう少しの場所を走っている。宗玄はタワーを見上げ、どこから登ろうかと考えていると、見上げた空に何かが飛んでいるのを見つける。


「オーッホッホッホ! 飛行能力が無い貴方には、遅れは取りませんことよ!」


 飛んでいる物体にそこから聞こえる声、宗玄は覚えがあった。奴は朱雀だ。


「お嬢様、このまま展望台へ向かいます。今あそこに居る人々を助けられるのは私達しかいません」


 ベルゼリアンの宣戦布告から、すでに五分以上の時間が過ぎていた。今展望台にたどり着いた所で手遅れかもしれない。それでも今は進むしかないのだと、朱里が高度を一気に上げていく。だが、そのまま目的地まで相手を通すほど、敵も甘くはない。


「朱里、上! 人が、人が落ちてきて――」


 朱里に抱きかかえられた咲姫が突然空に指をさす。その先には確かに落ちてくる人の姿が見える。まさか展望台から落ちてきたのか? いやそれどころではない、このままでは衝突する――!


 時すでに遅し、落ちてきた人物と激突した朱雀が地上に墜落する。サイボーグの体である朱里は少しのダメージで済んだが、抱きかかえられ朱里がクッションになったとはいえ、咲姫はその衝撃に悶えた。


「大丈夫ですか!? お嬢様!」


「これくらいなんともありませんわ、それよりぶつかった方は!? わたくし達ならともかく、あの高さから落ちたとなれば無事じゃ済みませんわよ!」


 その言葉を聞いて朱里は辺りを見回す。不幸な事故だったとはいえ、このまま無視して進むわけにはいかないだろう。もし生きていても、手当をしたところで助かるかわからないが万が一の確立を信じてみたい。


「――ッ!? 奴は……」


 朱里が目を見開いて息を呑む。国内で最も高いスカイタワーから落ちた筈なのだが、その人物は傷一つもなくその場に立って朱里を不気味な笑みを浮かべながら見ていた。


「ふん、足止めをしろと言われて来てみれば……面白い奴がいるではないか」


 真っ赤な目と銀髪が、鈍く日光を反射する。その男は黒いローブからナイフを二本取り出して戦闘体制を取り、朱雀とそして玄武をこれ以上タワーに近づけさせないために立ちふさがった。


「やっと見つけた……この日をどれだけ待ち望んでいたか、ここで殺す! 私の仇……ジャック――!」

 

「あれが……お父様と朱里の仇!?」


 二年前に起こった紅神邸での惨劇、そこで犠牲になった朱里と咲姫の父、その二人を葬った張本人が、今目の前にいる!


「アハハハハ! やっと殺せる、死ね、死ねぇ! 私の体を殺したお前を! 同じ目に合わしてやる!」


 目を見開き遂に見つけた仇を前に狂気に満ちた笑いを放つ朱里、その手には逆手でナイフが握られており、その刃をジャックの体に突き刺そうと、真っ直ぐに突撃していく。


 二年の空白を経て、因縁の再会が今ここに。

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