19話 デート 繋ぐ手と手

 愛達の住む豊金市から電車を使って約三十分。大きなビルが立ち並び、人が溢れて活気に満ちている街。その駅前にある、待ち合わせの定番場所であるモアイのオブジェの前で、スマートフォンを確認して周りを見る。その動作を延々と続ける挙動不審な男が一人。彼の名は青木 龍二。人生初のデートの為に集合場所に到着し、こうしてデートの相手を待っている。龍二の頭の中にはデートのイロハを教えてもらった、二宮 朱里の言葉が繰り返されている。


「いいか! 化粧にお洒落に何かと時間がかかる女子よりも、男が遅れてくるなど言語道断だ! 確実に相手がまだ来ていない時間に集合場所に到着し、相手が来て待ったかと聞かれたら、今来た所だと答えるのがモアベターだ馬鹿者!」


 そう、これはデートの相手を待たせないために必要な行動なのだ。集合時間十一時に対し、龍二が今確認したスマートフォンに表示された時刻は十時二十分。これからデートの相手が来る集合時間五分前まで、彼は三十分以上の八月の酷暑に晒され続ける事となる。


「あ、もう来てたんだね。待った?」


 駅の中から手を振りながら龍二のデートの相手である、遠藤 愛が白いのワンピースに身を包んでやってくる。その無垢な笑顔と夏の太陽に照らされる純白の服は、正に芸術とも思わせるほどの美しさなのだが、愛が来たらレクチャーされていた通りのセリフを口から出す事だけに集中していた龍二の目には写っていない。


「いや、今来たところだ」


 額から大粒の汗がタラリ、その暑さにバテた表情からその言葉は絶対に嘘だと見抜く愛であった。




 正午前に集合した理由は今回のデートの主な目的であるウィンドウショッピングの前にランチを二人で食べる為であった。


「いやぁ龍二くんが美味しいお店知ってるなんて意外だったなぁ」


「ああ」


「意外とこういう街来たりするんだ?」


「……ああ」


 朱里に教えてもらった、学生でも高すぎない値段かつなるべくオシャレな雰囲気の店へ二人並んで歩いていく。元々知っている店だと言う設定なので、歩いている途中で場所を調べる訳にもいかず、必死で

地図を頭の中に叩き込んでいた龍二。店の場所を忘れないように必死なのと、初めて愛と二人でデートをしている緊張感から相づちしか言えなくなっている。デート中の会話としては完全に0点なのだが、愛はそれdも気にせずに話しかけていて笑顔だ。


 そんな二人の後を追いかける人影があった。その正体は……愛と龍二の友人である井ノ瀬 里美と美倉 七恵だった。


「あ、移動したよ。次は例のレストランだと思う、行こう」


「ねぇ、本当に追跡するの?」


「ここまで来てて今更やめるわけには行かないよ」


 柱の後ろを渡り伝って、こそこそと後を付ける二人、デートの邪魔をしたいわけではないのだが、あの二人がどうしても気になって仕方がない。


「とりあえずほら、変装用の眼鏡」


「……七恵は普段からしてるから変装になってなくない?」


「気分的な物だからいいんだよ、ほら」


 里美は変装用の眼鏡を渋々受け取るとそれをかける。黒縁のウェリントン型で確かにかけると顔の印象が変わって見える。だが長い付き合いの愛に通用するのだろうか、と多少は不安が残った。


 自分達が追跡されているとは微塵も思っていない龍二と愛が目的のレストランにたどり着いた。内装は子洒落ているが、汚れの少ない清潔感のある空間で、新しい店なのだとわかる。壁にはよくわからない人物画飾ってあって、キッチンの方には真っ白な縦に長い帽子をかぶったシェフが調理をしている。奥にはワインボトル、その手前には逆さに吊らされたワイングラスが並んでおり、ここが普段行くファミリーレストランとは何かが違うのを感じさせた。


「うわ、すっごーい……」


 愛が小さく抑えた声で感動を言葉にした。目をしきりに動かして内装をジロジロとみていると、すぐに店員がやってきて、二人を席に案内する。龍二はやっとこれで水分を補給できると一息付きたい所だったが、その時朱里に徹底的に叩き込まれたデート術を思い出した。


「いいか! レストランではソファー席に男が座るなどあってはならない! 小さな事だが、そういう細かな気遣いが出来てこそ、始めて相手から好感を得ることが出来るのだ!」


 何も考えずに椅子に座ろうとしていた愛だったが、素早い動きで椅子を取られてしまい、それではとソファー側に座ることにした。龍二にとってはこれをしなければ嫌われると必死だったのだが、正直愛はそんなことを気にする性格では無かった。若干ギクシャクしている二人の少し離れた席に怪しく光る眼鏡が二つ。


「なんだか噛み合ってないみたいだね」


「まったく、リードするつもりならもっと手際よくやればいいのに」


 愛達の少し後に入店した二人、隣の席に案内されれば即バレる危険性こそあったが、運よく絶妙な位置の席に通され、メニューを広げ顔を隠しながら愛達の様子を伺っている。


「まぁ愛の事だから多少龍二がへまをしたって気にしないんだろうけどさ……」


 里美の言葉通り、愛は緊張で強張った龍二を特に気にせずに自然体でデートを楽しんでいる。頼んだパスタをフォークでぐるぐる巻きにして一口すると舌鼓を打った。ランチを二人で楽しんだ二人は、早速ウィンドウショッピングに向かう。もちろんその後も里美と七恵が追っている。


 右も左もファッションの店に溢れた愛はショーウィンドウ越しのマネキンと何分もにらめっこしていた。


「買うべきか否か……いや今月、厳しいかな……?」


 財布の中身とマネキンの前に置いてある値札を見比べる。紅神邸でのアルバイトのおかげで多少はお金に余裕のあった愛だったが、趣味に費やしてすぐに服を買うには厳しい財布の中身になっていた。その光景を後ろでただじっと見ていただけだった龍二も、財布の中身を確認した後に店内へ足を進めた。


「迷うなら、買ったほうがいい」


 店の中に入ると、店員に声をかけて愛が今まで見ていたワンピースを指差して購入したいと伝える。店員は急いでそのマネキンから服を脱がそうとしている。買う決心が未だについてなかった愛は事態が勝手に進んで慌てる。


「い、いやいやいや! 財布の中身が寂しいってかなんていうか、ちょっと買うには覚悟がまだ……」


「金の心配なら要らない、俺が支払おう」


 龍二は朱里の言葉をまた思い出す。せっかくショッピングに初デートに行くのなら何か一つプレゼントトを買ってやれと言った内容のものだ。好き勝手色々な店を見る愛の後ろをただ付いてくるだけの龍二だったが、ここぞとばかりに助言を思い出し、プレゼントをすることにした。龍二にとっても痛い出費ではあるのだが、ここで出し渋っているようではデートは成功できない。


「え、買ってくれるの? でも……ううん。嬉しい、ありがとうね、絶対大切にする!」


 最初は驚きの表情を浮かべながら、買わせては申し訳ないのではとも考えていた愛だったが、財布がピンチなのは紛れも無い事実であるし、何より龍二が始めてプレゼントを買ってくれる嬉しさもあって、などここは龍二の好意に甘えることした。


「ああ、きっと似合う。俺もこの服を着た愛を見てみたいんだ」


 照れ臭い台詞を言って来る龍二に肩先で優しく小突く愛。プレゼントをしろとまでは言われていたがこんな臭い台詞が教えられても居ないのに自然と出てくる龍二。このデート史上最大のイチャつき度を見せるこの瞬間さえも、レンズ越しの鋭い視線二つは見逃していなかった。


「あ、散々悩んだけど青木君が買ったみたい。……二人、ちょっと距離が近すぎないかな」


 ショッピングの様子を覗いていた七恵が思わず顔を赤らめる。


「最初は心配したけどなんだかんだいい雰囲気だね。」


 二人の心配は杞憂に終わった。寡黙な龍二と活発的な愛、正反対の二人だったが以外にもお似合いの子音日であるようだった。購入した服の入っている紙袋を龍二が持とうかと提案するも、愛は自分が持っていたいと紙袋を大切に両手で抱え込んだ。


「えへへ、買ってもらっちゃたー! ありがとね龍二くん。私今最高に楽しい!」


 上機嫌でスキップしながら街を歩く愛は、満面の笑みを浮かべながら龍二の前を歩く。体の動きでこの上ない喜びを表す愛だが、デートと言うには何か足りない気がした。デートならばもっとこう……二人の物理的な距離を縮めるべきではないのか。そう思った愛は後ろに振り向いて龍二の横に並んで歩く。龍二はなるほど、並んで歩きたかったのかと考えていたが、愛の行動はそれだけでは終わらなかった。しばらくは普通に歩いていたが、突然意を決して後ろで組んでいた手をほどいて左手を伸ばした。龍二の右半身に当たりどうしたのかと横を向くも、愛は前を向いたまま手を伸ばし続ける。流石にこれぐらいは察してほしいと思っていたのだが、その意味に全く気づかない龍二に業を煮やした愛。


「手、繋ぎたいんだけどな」


 その言葉を聞いた瞬間龍二の足が止まる。デートなんぞをしているのだから何を思っていると思われるだろうが、手を繋ぐとなるともちろん女性と手を繋いだことなど一度も無い龍二としては勇気がいる。だがしかし、ここで愛の思いに答えなければ……男として情けなさ過ぎる!覚悟を決めた龍二が愛の左手に右手を繋ぐ。手のひらの温もりが直に伝わって、くすぐったいような落ち着くような不可思議な気分に陥った。


「あっ! 繋いだ! ついに手を繋いだよ! 見て! ほら!」


 手を繋いだ瞬間に、後ろから聞き覚えのある騒ぎ声……恐らく里美の声がした気がしたが、初めて手を繋いだドキドキで二人は気にすることは無く歩き続ける。


「ちょっと、里美ちゃん静かに、静かに!」


「あ、ごめんつい声が……」


 あまりに大きな声を出して騒ぐ里美の口をふさぐ七恵。気づかれると思っていたが予想に反してデートはそのまま続いている。


「でも愛ちゃんも青木君もなんだか雰囲気いい感じだし、もしかしたらこのまま今日付き合ったりしちゃうかも……」


「つつつ、付き合う!? デート一回目だよ!? 早過ぎないかな、せめてもうちょっとお互いを知った方がいいと思う、私!」


「ちょっと里美ちゃん、また声大きい!」


 またしても里美の口を抑える七恵。もみくちゃになって興奮する里美をなだめるには時間が掛かり、大切な事を忘れていた。


「はぁ……大丈夫落ち着いた。距離が縮まるスピードには個人差があるしあの二人なら大丈夫だよね。うん。理解した。……で、その二人どこ行ったの?」


「……あれ、居ない。どうしよう見失っちゃった!」


 デート中の二人の追跡という本来の任務を忘れてしまい、遂に二人を見失ってしまった里美と七恵、必死に探し始めるも、街に溢れる人波の中では一度見失うと中々発見できない。


「駄目だ、全然居ない……愛も龍二も一体どこ行っちゃったの?」


 街路の中央で首を左右に動かして二人を探し続ける里美。だが、最初していた不安はよそに雰囲気は良いデートになっていることだし、この後は二人に任せて自分たちは退散しようかと考え付くも、もう一度探してみるかと人ごみの奥を見たときに、どこか異変に気づく。反対側からこちらへ向かってくる人たちが何かから逃げるように走ってきているのだ。最初はその数は少なかったが、目を凝らして観察している内に、逃げ惑う人の数が増えてきた。


「ねぇ、なんか様子おかしくない?」


 里美と七恵が戸惑っている内にも、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の数が増えている。そんな人たちは皆同じ言葉を発しながら恐怖の表情を見せて走る。その言葉とは――


「化け物だ! 化け物同士が戦ってるぞ!」


 化け物……その言葉で思い浮かぶのはベルゼリアンの存在。更に戦っているということは……龍二がこの先で戦っているのかもしれない! そう思い立った里美と七恵は逃げる人の流れに逆らって進んでいく。


 いつものありふれた街角に、突然の騒ぎ。平穏などと言うものは脆くも一瞬で崩れ去る。

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