18話 イーチ 恋の準備

「かかかかか可愛いですわー! なぜ世界は美倉 七恵と言う名の逸材に気付きませんでしたの!? メイド服を着せていた時から感じていたわたくしの予感はまさに的中、普段の抑え気味の服装もお似合いですけれども、このフリッフリのお洋服を着せればまさにお人形のような可愛らしさ! 普段と衣服のギャップにより、ダイヤの原石が遂に輝き始めたのですわー!」


 デートに着て行く服が無かった龍二の買い物のついでに、七恵の服も買う事になった龍二、七恵、咲姫、朱里の四人。早速咲姫に勧められて来たのはたくさんのフリルで着飾られた華やかなロリータファッション。このような服を初めて着る七恵の表情には戸惑いがあるが、それがまたあどけなさを演出していて、咲姫の興奮をいつのまにか呼び名が変わるほど煽るには十分であった。


「普段とのギャップを狙うのならば、眼鏡を外した方が――」


 『眼鏡を外す』――その言葉が龍二の口から出た途端、亜光速の平手が頰に叩き込まれる。きりもみ回転をしながら宙に浮かんだ龍二が地上に落ちるまでに、次のセリフを一気に言い終わる。


「万死に値しますわ! あろうことに七恵ちゃんから眼鏡を外すぅ!? それがどう言う意味を持っているのか、わかっていて発言していますの!? 七恵ちゃんの眼鏡はシンボルであり、一番のチャーミングポイント! 彼女の奥ゆかしい性格を表した象徴を外すなど!」


「お嬢様、落ち着いてください!」


 羽交い締めにして何とか咲姫を抑える朱里。これ以上咲姫が暴走をすれば店を追い出されかねない。


「め、眼鏡は外さないかな……コンタクトは怖いし……」


 周囲の勢いに押されながらも眼鏡への決意を改める七恵。それに呼応して羽交い締めにされたままの咲姫が大きなため息をつく。


「はー駄目、眼鏡をかけた女子に対して、外した方が良いなんて言う男は何をやっても駄目ですわ。あなたなんかはデート相手にこっぴどくフラれる未来がお似合いですわー!」


 相変わらず騒がしい咲姫の、言葉にふとした疑問が浮かんだ七恵が、小さく手を挙げて龍二に聞く。


「そういえば、青木くんのデートの相手って、誰なの?」


「たしかに、分かり切ってると思って聞きはしなかったが、相手は結局のところ誰なんだ」


 未だに咲姫を抑えるのに必死な朱里の苦労もなんのその、特に隠すことでもないとさらっと龍二がその名前を出す。


「デートの相手は愛だ、向こうから誘われた」


 すでに知っていたと言わんばかりに無反応な咲姫と朱里だが、人生最大級の衝撃を受けた健気な少女が一人。


「愛ちゃんがデート!? デート!? デート――」


 妙なセルフエコーと共に白目を剥きながら倒れこむ七恵を他の三人が支える。あまりの事に目眩がしたと言う七恵を気遣いながら、騒ぎすぎでなんとなく店内からの視線が痛い中、なんとか七恵の服も購入に成功した。レジに並んでいる最中、咲姫や朱里には礼を言う中、龍二に一言も話しかけなかった七恵だが、帰り際にやっと口を開いて忠告をした。


「愛ちゃんを悲しませたりしたら……駄目だよ」


 今まで一度も見たことがないほどの七恵の力強い目つきを前に、その忠告を肝に銘じなければならないと言う使命感に駆られる龍二だった。




「……落ち着いた? サトミン」


「うん、ごめんねなんか取り乱しちゃって、これじゃ愛の方がよっぽど大人だよ」


 時は龍二と愛がデートをすると聞いて里美が取り乱して地下から走り去って行った後に遡る。錯乱して走り去った里美に裏山を抜け校庭にまで逃げ込んだ所で、何とか追いついた愛が手ごろな台に座って里美をなだめている。


「前からサトミンの前で恋バナの類は禁物って知ってはいたけどさ、あんなサトミン初めて見たよ、びっくりした」


 二人が先ほど自販機で買ったジュースを飲みながら笑い合う。


「あはは、わけわかんない事口走っちゃってたよね……ねぇ、その……デートに誘ったって事は愛ってさ――」


 少しは落ち着いた里美が、聞きたかった事を意を決して尋ねる。


「好き、なんだよね? 龍二の事」


 今まで愛と一緒に居た中で、ここまで距離の近い男子はいなかったし、まさかここで何とも思ってないとは言わないだろうとわかってはいた。愛は首を縦に振るとその言葉に答える。


「うん、好きだよ、初恋――ってやつかな」


 いつになく真剣な口調で愛は龍二をどう思っているのか告げる。生まれて初めて感じている恋い焦がれる感情。それを言葉は短めながらも、私は今こんなにも恋に夢中なのだと伝える。


「はぁ、あの小さかった愛が恋、かぁ……子供の成長ってのは早いね」


「なにそれ! 同い年なのに年寄りみたいな事言っちゃって、そんなサトミンさんこそ好きな相手の一人ぐらいはいないんですか?」


 気恥ずかしい気持ちをおどけた口調でごまかしながら二人が長い付き合いの中でまともにしたことが無かった『恋バナ』と言う奴をやってみる。


「居ないよそんなの、頼れるって言うか憧れるって言うか……そんなの感じられる人全然居ないし」


 普段ならば、ここまで踏み込んだ話恋愛の話をすれば取り乱していただろう里美が、自分の好きなタイプについて話し始める。


「へぇ、そういう人がタイプだったんだ。知らなかったな」


「周りの影響かもね。友達は猪突猛進すぎたり、引っ込み思案だったりで、私が何とかしなきゃと普段思ってるから、その裏返しで頼れる人に憧れるとかさ」


 愛は言葉の中の、猪突猛進な友達に身に覚えがあり過ぎて思わず苦笑いをした。思えば出会った頃はこんなにしっかりした性格では無かった気がするし、里美の性格と言うのは愛の存在があってできた物なのかもしれない。愛が苦笑している内に里美はもう一口ジュースを飲む。


「私のは相手が居ないから聞いてもつまらないよ、それより愛は龍二のどこが好きなの?」


 再び自分の方にバトンが渡ってきた愛、こちらもジュースを一口飲んだ後に口を開いた。


「全部! ってのは駄目だよね……やっぱり、いざって時に守ってくれて頼りになるんだけど、その反面どこか抜けてるところが可愛くもあるって言うか……リンゴ飴ずっとペロペロ舐めてた時とかさ!」


「まぁ確かに、龍二は見た目に寄らず変わったとこあるよね」


「そうそう!パッと見無口で無表情で冷たいって思うかもだけどさ、ほんとはとってもまっすぐで私達の為にも一生懸命戦ってくれる……そんなところが私は大好きなの!」


「戦う……それが不安材料でもあるんだけどね。何であんな力を持ってるのかも未だにはっきりとはわかんないし、それに、命の取り合いをしてる人との恋愛なんて不安で仕方ないと思うし」


 少し浮ついた声から一転、沈んだ声で不安を吐露する里美。幼馴染とはいえど、他人の恋路に口を挟むのはお節介なのだろうが、それでもいつ何があるか分からない相手と恋をする一番の親友に対して、ひところ言いたくなってしまった。


「それでも、私は好きになるのをやめれないよ。私の愛の前ではどんな敵や戦いも、そんなもの小さすぎる!」


 愛が突然立ち上がり、思い切った啖呵を切る。愛が龍二の傍にいたいという思いはたとえ非現実的な怪物や戦いなどでは最早止められない領域にあった。たった一度の人生でこれだけ夢中になった恋、その炎は誰にも消せるものではない。


「何? 急に張り切っちゃって、でもやっぱりそれでこそ愛だよ。本当はそんな奴との恋愛なんて絶対許さない! とか言うつもりだったけど……もうとことん突き進んじゃってよ」


「言われなくたってそのつもりだよ!」


 愛の思いは痛いほど伝わっているが、あえて少しおどけながら答える里美。結局のところ、いつもと同じく愛の猪突猛進を止める術はないし、多分止めない方が上手く行ってしまうのが愛の持つパワーなのだろう。一気に緊張の解けた里美が、大きく後ろに伸びをする。


「あーあ、私も恋しよっかなー、愛に先を越されてちゃ悔しいもんね」


「ふっふっふ、いつまでも妹気分の私じゃない訳よ! これからはサトミンの一歩、いや二歩先を歩ませてもらうよ!」


「じゃあ夏休みの宿題は私のを写さずちゃんとやってよね?」


 毎年八月の下旬になると愛が里美に宿題が終わらないと泣きつくのは二人の間での夏の風物詩と化していた。大体里美が今年は絶対に写させないと宣言するも、泣き落としに根負けして家に上げ、写し終えた後は今年限りで終わりだとお決まりのセリフを言ってまた来年も泣きついてくる。そのループに里美が先手を打ったのだ。


「そ、それとこれは話が別だよ! ホント今年もピンチなんだから、助けてよサトミーン!」


 こうして十年以上の付き合いである幼馴染の恋バナは幕を閉じ、いつもの二人に戻っていく。たとえ恋をしようとも、結局、この二人の間に流れる雰囲気はいつも変わらない物だった。愛が変わってしまったのではと少し不安だった里美も、それが杞憂に終わったと安心して笑い合う。だが、時期は八月のまだ中頃。今年の宿題は愛一人でやってもらおう。毎年の夏の風物詩だけは変えなければと決意する里美であった。




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