17話 ショッピング お洒落な街に

「デートのやり方?」


「ああ、あいにく経験が無いものでな……女性目線の意見が欲しい」


 里美の暴走から数十分。愛が里美を追いかけていって一人取り残されていた龍二は、その後やってきた七恵に、デートなどといった浮ついた話題と無縁だった龍二は藁にもすがる思いで相談を持ちかけていた。


「私もしたことないからわからないな……うーん、詳しい人に聞いた方がいいと思うけど……」


 七恵は顎に手を当て数秒考えるも、経験の無いことにアドバイスなど出来ないと匙を投げる。


「詳しい人か……思い当たる人物はいるか?」


「私たちの中にはいないよね……咲姫さん、は箱入りそうだし、朱里さんかなぁ? 二十歳超えてるし、少しはそう言うことも知ってるかも」


 里美は恋愛に関しては全くの無力なことは七恵のも知っていたし、愛もそれほど得意では無いと考えた七恵の頭にすぐに浮かんで来たのは朱里の顔だった。あのスマートな立ち振る舞いに甘いマスクは引く手数多だろう。


「なるほど、朱雀か。奴には祭りの件で貸しがある。付いてきて貰ってもいいか?」


 恋愛経験など皆無に等しい自分達がデートのヒントを求めるには朱里しか居ないと、龍二と七恵は紅神邸に向かった。




 レッドカーペットの敷かれた長い階段をメイドに連れられて登って行く龍二と七恵の二人。龍二の瞳には必ずデートの為の手がかりを掴むという決意がみなぎっていた。


「またいきなり乗り込んで来るとは良い度胸ですわね、今日は美倉さんに免じて許してあげますけれど、次からはアポを取ってくださる?」


 その長い階段の頂点には以前も見たことがある玉座に踏ん反り返った咲姫と、隣には朱里が居た。


「突然の非礼は詫びる。だが手を貸してほしい……俺の人生で初の危機なんだ」


 真剣な眼差しを朱里に向けて口を開く。


「朱雀、お前の力を借りたい」


「またですのぉ?」


 二回とも朱里に用事が有って、自分が放って置かれるのが面白くない咲姫がふて腐れて頬を膨らませる。


「また私か、断る。そもそもお前は私達の倒すべき対象だ、慣れ合うべきではない」


 朱里は腕を組んでそっぽを向く。何度か龍二とは共闘をしたものの、本来なら殲滅すべき相手となれ合う事はなるべく避けたかった。


「それは百も承知だ。だがあの豊金祭りの時を忘れたとは言わせんぞ。俺が居なければどうやって奴を倒していた? お前は俺に借りがあるんだ、それはきっちりと返してもらわねばならん」


 豊金祭りと言う夏祭りにベルゼリアンが出現したとき、朱里は咲姫にその事態が知られるのを恐れ、朱雀として戦う事が出来なかった。その時代わりに戦ったのが龍二である。確かに龍二が居なければその場で敵を倒すことはできなかっただろう。朱里は悔しいが認めるしかないと舌打ちをした。


「ええいっ! わかったさ! 借りを返して後腐れをなくしてからお前は殺す! さあ要件は何だ!」


「俺に……デートの心得を教えてほしい!」


「ふざけているのかぁ!」


 その言葉を聞いた瞬間、朱里はずかずかと歩き、龍二に近寄って胸倉をつかむ。


「いいか! 今は借りを返すとはいえ、本来私たちは殺し合う間柄なんだぞ!? そんな相手に逢引きの手ほどきをしろと言うのか!」


「だが失敗するわけにはいかんのだ! 俺はこのデートに高校生活の全てを賭けている!」


 殺し合う相手に恋愛の話など御免だと叫ぶ朱里に対し、龍二はいつでも大真面目だ。その表情は冗談やふざけているわけでは無いと感じられた朱里は、一旦胸倉を掴んだ拳の力を弱めるが、ある事に気付きもう一度力いっばい胸倉を掴む。


「ならば……貴様この服装は一体どう言う事だ! なぜ夏季休暇中なのにも関わらず制服を着ている!」


「……まともな服が無いのだ」


「相手はな、その日の為だけに一生懸命にオシャレをするのだぞ! その健気な乙女の努力に、お前は普段と変わらぬ服装で答えるのか!」


 朱里が胸倉を掴んだ腕を前後に激しく動かす。龍二の首もそれに合わせて大きく揺れている。


「制服デートをしたいなら放課後にするんだな! お嬢様、申し訳ないですが車を出します。こいつにまともな服を買わせなければ!」


 そう咲姫に告げた朱里は、胸倉を掴んだままでどんどんと階段を降りていき、龍二は抵抗せずにそのまま引きずられて行った。


「わたくしも行きますわー! 美倉さんも付いてらっしゃいまし!」


 大きな声で朱里に合図した咲姫は、七恵の手を取って後に続いていく。賑わっていた玉座の間から誰もいなくなって静寂が訪れた。




 紅神邸から朱里が運転する車に乗って龍二がデートをする時に着るための服を街へ買いにきた一行。車を止めて少し歩くとショッピング街に着く。七恵たちの通う学校の周辺にある山や田んぼが並ぶ風景とはまったく違う、小洒落た装飾に大きなガラス越しにはどれも煌びやかな衣装を着たマネキンが立ち並んでいる。ほんの少し移動しただけなのにまるで別世界に来たかのようにお洒落な空間に入ってしまったと、龍二と七恵は圧倒されて周囲を見渡している。


「す、すごい……こんなにキラキラしてる所、私来たこと無かった……」


 七恵は口をポカンと開けながら目を輝かせて辺りを見ている。ファッションやオシャレと言った事には疎い七恵だが、それでも少しはこういった物に興味や憧れを持つ年頃。自分とは違う部類の人たちがするものだとは思ってはいたが、一度ぐらいは自分も着飾ってみたいと、密かに思ってみてもいた。


「あら、この近辺でファッションと言えばここが一番ですのに。花の女子高生なら知っておくべきですわ」


 辺りを見渡す二人と違って、紅神邸の二人は慣れた足取りでファッション街を闊歩している。どうやらここには何度も足を運んでいるようで、二人の先導でこの街を歩いていた。


「あんまりオシャレとかはしないほうなので……すいません」


「知らないならこれからわたくし達がみっちり教えてあげますわ。せっかくなら美倉さんの服も買って差し上げましょう」


「わ、悪いですよ。私のまで買ってもらう必要なんて……」


 流石に買ってもらうのは悪いと断ろうとする七恵だったが、咲姫はそれを遮りニヤリと笑う。


「遠慮は要りませんわよ? 大丈夫、金ならいくらでもありますわ」


 どこからか取り出した一万円札を片手に何枚も構えて金持ちっぷりをアピールした。


以前はメンズの服もよく着ていたと言う朱里の案内でショップに入る四人、辺りは男性用の服で溢れていて、客足も多い。そのまま朱里は店内を一周グルリと回った後に龍二の顔を見て一考、その後服を一式手に持って龍二に押し付ける。


「とりあえずだが適当な物を見繕ってみた。お前は元が……まあ、良いからな。無理に気取らず無難なものでもなんとかなるだろう。まずは試着してみろ」


 服を受け取った龍二は短く感謝すると試着室に入っていく。着替えている間に朱里はもう一度服を見てどれが良いか考えを巡らせているようだ。


「ここは全部朱里に任せた方が良さそうですわね」


「そうですね、私も男の子の服の事は流石に……」


 試着したから着替えて出てきた龍二に新しく持ってきた服を着させて、試着を繰り返す。そうやっているのをただ眺めるしかできない咲姫と七恵であった。




「よし、これならば問題ないだろう。会計を済ませておく」


 やっと良い服が見つかったので龍二を元の学ランに戻して手早く会計を済ます朱里、支払いはカードで行っている事も金持ちであることを感じさせられる。


「あら、やっと終わりましたの?」


「お待たせさせてしまい申し訳ありません」


 何もやることが無く、店の外で談笑をしていた咲姫と七恵に、朱里と自分の服が入った袋を持たされた龍二が合流する。


「さて、服を買うだけですべての準備が完了したわけではない。これからデートのイロハを叩きこんでやりたいところだが……まずは美倉さんのお洋服を買うのが先ですね」


「ホントに良いんですか?今日は青木君の服を買うだけじゃ……」


 遠慮する七恵に対して笑顔で咲姫が答える。


「良いのですわ、ここまで来て待ちぼうけさせただけでは申し訳ないですから。さあ、こっちですわー!」


 そう言うと、七恵の腕を引っ張って行く咲姫。その背中を朱里が感傷に浸りつつ見ていた。


「お嬢様は同年代の相手とショッピングする機会無かったからな、これは感慨深い……」


「七恵も愛達に会うまでは友人が居なかった、らしい」


 メイド服からハンカチを取り出して目元のホロリと流れる涙を拭く朱里。その少し後ろの最後尾から龍二が話しかける。


「口を動かさずに足を動かせ荷物持ち」


「……承知した」


 以前は孤独であった者達の、その面影を見せない賑やかなショッピング。一組若干ぶつかり合っているように見える者もいるが、表面上だけで皆の距離はどこか今回で縮まっている。はずだ。


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