9話 バーサス 青龍VS朱雀

「わたくしに忠実に仕えるメイド長、二宮 朱里のもう一つの姿、紅き衣を纏いて悪しきを撃ち抜く裁きの鉄槌! この姿こそ、我が紅神の知識と技術の結晶にて最終兵器! 讃えよ!紅蓮炎鳥朱雀!」


 天高く指を突き立て、咲姫が威風堂々と朱雀の名を宣言する。その迫力を前に愛も里美も怪物を含め周囲が静まり返った。沈黙を跪いたままの朱里が視線を下に向けたまま破る。


「お嬢様、次回の戦闘までには短縮版をお考え下さい」


「あら、尺を取り過ぎたかしら。ならこの戦闘が終わるまでに考えておきしょう――すべての兵装の攻撃許可を与えます。朱雀のお披露目公演です、ド派手にブッ放ちなさい」


「承知しました。では兵装RAとLAで敵ベルゼリアンに攻撃を開始します。音が大きいので皆さま耳をお塞ぎください」


 一歩前に出た朱里が腕を空中に居る黒い怪物に向ける。一体何をするのかと愛と里美が言葉が出ないまま眺めていると、朱里の前腕が変形し中からガトリング銃が片腕ずつ二丁、両腕合わせて四丁現れた。信じがたいが現れたのだ。


 開いた口が塞がらなくなる。先ほどの飛行能力や、最終兵器と言われていたのも合わせて普通ではないとは思っていたが、まさかここまでのトンデモメイドだとは。


「ファイア!」


 朱里から放たれた鉛の銃弾が怪物に向かって放たれ続ける。体を震わせるほどの爆音と眩いマズルフラッシュが辺りを包み込み、いくら怪物と言えどもこれほどの攻撃を喰らえば蜂の巣だろう――そう、思っていたのだが。


「やはりこの程度では殲滅できませんか」


 閃光の中から怪物が現れる。周囲に羽を撒き散らしてはいるがその体からは傷の一つも見えず、何百発もの銃弾の雨霰を受けた後とは到底思えないほどだ。


「只今よりブーストを使用し接近戦に持ち込みます。皆様スカートを抑えください」


「は、はい……」


言われるがままに皆がスカートを抑える。それを朱里が確認すると、背部がメイド服ごと変形してバックパックを露出させる。装着されたブースターが激しく青い火を吹き、強風と砂埃が周囲に舞い上がり真っ直ぐな軌道を描いて上空にいる怪物に突撃する朱里。スカートの内から小型ブースターが付いたナイフが射出され、牽制をしつつ猛スピードで距離が縮んでいく。


「落ちろッ――!」


 右の拳を思い切り突き出し、スピードを緩めずに強烈な打撃を怪物の顔面に叩きこんだ。クリーンヒットを決められた怪物はバランスを崩して地上へと落とされた。落下していく怪物を朱里は冷たく目で追う、地面に打ち付けられたのを確認すると、体を怪物に向けなおして腕を構えた。


「パターンフルバースト、私に搭載されている全銃火器を使用した攻撃です。少々刺激的なので苦手な方は目をお閉じください」


 そう朱里が地上の三人に呼びかけると、腕からは先ほどのガトリング、スカートの中からナイフ、両肩が変形しミサイル、両目が赤く光ってビーム、カチューシャが鋭くカッターのように回転して怪物に向かい、終いに口から炎が放出される。そのすべてが怪物に叩き込まれた。まさに全身凶器、これはもう滅茶苦茶だとしか言いようがない。


「フィナーレでございます」


 そのセリフと共に爆発と砂嵐が巻き起こり、後に残ったのは巨大なクレーターだけで怪物は跡形も無く消えてしまっていた。


「ご覧の皆さま! この紅神の力である朱雀が悪を塵一つ残さず消滅させました! 世に仇なす異形の怪物、ベルゼリアンの存在を知り恐怖されている方も居るでしょう、ですがその必要はありません! なぜならば! この朱雀が、世の全ての異形へ鉄槌を下すからなのですわ!」


 咲姫が両手を大きく広げ、口上をしたり顔で謳い上げる。すべて言い終わると恍惚とした表情を浮かべ、その場にポーズを取ったまま固まった。


「あの怪物ってベルゼリアンって名前なんだ……」


「最初に反応するのそこ?……って七恵も来たの」


 唖然とする愛達の後ろから遠くから見ていた七恵がゆっくりと里美と愛に近づいてきた。騒ぎが起きた時は朱里とキッチンに居て、真っ先に庭に駆けつけようとした朱里に、ここに居るように言われていたが思わず自分も来てしまったらしい。


「怖かったけど、愛ちゃんなら絶対向かっていくだろうなって思って……そういえば青木君は?」


「ああ、こんな肝心な時に電話に出なくてさ」


「私が連絡したから向かってくれてるはずなんだけど……」


 七恵によると、騒ぎが起きてすぐに龍二に連絡したところ、すぐ向かうと言っていたが未だに姿が見えない。朱里がいなければ今更どうなっていたことかと思っていると、遠くの塀をひとっ飛びで越える影が見えた。


「ねぇ、あれって……」


「ヒーローは遅れてやってくるって奴?」


 愛が影を指差し、それを見て里美がつぶやいた。影は空中でクルリと一回転すると、愛達の近くに着地する。


「先ほど銃声と爆発音が聞こえてきたが……三人とも怪我はないか」


 影の正体はやはり龍二だった、青龍の姿に変わって全速力でこの紅神邸まで駆けつけたらしいが時すでに遅しで周囲を見渡して怪物が居ないことと戦闘の跡を確認すると、滞空を続ける朱里に視線を向ける。


「……なんだあれは」


「私達もわかんないし説明するにもどうしたらいいか……事実だけ言うなら、あれがメイド長の朱里さん」


 愛が苦笑しつつこの状況をどう龍二に説明していいか困惑している。戦いが終わってどこか一息ついたかのような雰囲気になっている愛達に対して、咲姫と朱里は未だに緊迫感を保っていた。二人が一瞬のアイコンタクトを交わすと、朱里がこちらに腕を向ける。朱雀として姿を変えた今の朱里にとって、腕を向けることは銃口を相手に向けるのと同義だ。


「異形の者は滅するのが紅神の使命……皆さま、お退きください!」


「待ってよ朱里さん!龍二君は悪い人じゃ――」


 銃口を向けるも、愛達が近くに居ては誤射をする危険性が有り撃つことができない。愛達に退くように促す朱里だが、それとは反対に愛は龍二を庇うように前で両手を広げる。


「奴の味方するとでも!? だとしても!」


 愛が退かぬ事を確信した朱里は、ブーストを使い地上に居る龍二に向かっていく。地上に足を付けると愛の至近距離まで近づき、愛の手を取り社交ダンスの如くターン。あまりのスピードと唐突な華麗さにその身を朱里に委ねてしまう。回転する視線の端で見たのは、一気に愛と龍二の間に入り、強烈な蹴りを龍二に

くりだす朱里の姿だった。


 龍二も蹴りに対して防御をし、ダメージを最小限にするも、勢いは殺せず、踏ん張りながら愛達との距離を離された。朱里も追撃をゆるめずにブーストをかけ続け、拳を突き出す、龍二も瞬時に剣を生み出してそれを受ける。拳と剣で鍔競り合いのような形になり、互いににらみ合う。


「意思疎通の出来るタイプなら、聞いておくべき事がある! ジャックを名乗るベルゼリアンを知っているか!」


「ジャック……? 知るか!」


「ならば潔く消えろ!」


 龍二の剣とぶつかり合った右の腕からガトリングが飛び出す。前の戦闘を見ていなかった龍二にとって、人体からガトリングが飛び出してくるなど完全に想像の及ばぬ事態で、鉛の銃弾を至近距離で浴び続ける。


 苦痛の叫び声を上げて地面を転がり続ける龍二、そんな様子を見ていられなくて、咲姫に対して三人が詰め寄った。


「ちょっと、止めさせてくださいよ! あの子は私達を助けに来たのであって、貴方たちと戦いに来たわけじゃ!」


「そうですよ! 話し合いだって出来るはずなのにこんな事おかしいです! やめてください!」


「それはできませんわ、ベルゼリアンの撲滅こそ紅神の使命であり贖罪……たとえそれが貴方達の知り合いであろうともそれが矛を収める理由にはならないのです。それに――」


 必死に朱里を止めさせようとする里美と七恵に対して冷徹にもそれを拒否する咲姫。その瞳は朱里を見つめ、息を一つ呑んでから続きの言葉を呟いた。


「朱里のベルゼリアンへの憎しみはこの世の誰よりも深い――」


 唇を噛みしめた咲姫の瞳に諦めにも似た悲しみの表情が浮かんでくる。何か事情があるのは誰でも察する事が出来る。だとしても愛には他のベルゼリアンとは違う龍二を傷つける事はどうしても我慢がならなかった。


「だからなんだって言うんですか! 何があったか知らないけど、何も悪い事をしてない龍二君を消して罪滅ぼしになんてなるわけない! 咲姫さんが止めないなら私が止めます!」


 怒りの表情で咲姫を睨み、愛は朱里に向けて走りだす。今度はすぐにあしらわれるわけにはいかない。龍二に射撃を続ける腕を掴み、後ろから羽交い絞めするように食らいついた。


「やめて朱里さん! 龍二君を傷つけないで! こんな事に意味なんてない!」


「何っ!? 意味なら私にはある! 私の復讐は、メイドと言えど邪魔はさせない!」


 腕を掴んだ事で射線が逸らされ、龍二への攻撃は一旦防ぐことができた。しかし朱雀と化した朱里のパワーの前に愛は全くの無力で、すぐに後ろに突き飛ばされ土の上を転がる。


「こうなれば、全力で奴を消す! パターンフルバースト!」


 愛を振り切った朱里が両腕を龍二に構えガトリングを展開し、再度フルバーストをしようと狙いを付けた。


「こんな所で死ぬわけにはいかない、ならば全力で!」


 対する龍二は口の中に蒼き炎を貯め、全力で朱里のフルバーストを迎撃しようと構えを取った。


「やめて……やめて――ッ!」


 絞り出すような声で愛が叫ぶ。互いの全力が衝突すると最低でもどちらかが死に至るのを直感的に感じていた。最悪の場合はどちらの命も無事では済まない……止めなければ、どうしても止めなければならないのに体が動かない。心では止めたいと思っていても愛には、いや咲姫や里美と七恵にもこの力の衝突を避ける術を誰も持ってはいなかったのだ。


 今にも力がぶつかり会うと思い、愛が目を閉じたその時だった。何処からか紅神邸の屋根に登り、頂上に居た何者かが、地上に居る人間に向けて話し出す。


「雑魚が消えたと思って来て見りゃあ、面白い事してんじゃねぇか……」


男はニヤリと笑うと、朱里に鋭い眼光を向けた。

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