10話 デンジャー 危険なヤツ

「雑魚が消えたと思って来て見りゃあ、面白い事してんじゃねぇか……」


 龍二と朱里が全力の攻撃をぶつけ合おうとしていた瞬間、何処からか紅神邸の上に居た男がニヤリと笑いながら地上に居る人間に向けて話す。短い金髪に浅黒い肌、威圧的な目付きのその男に注目が集まり、二人の攻撃は一旦中断された。


「メイドとドラゴンか……ハハッ、お遊戯会でもやってたのか?だがなぁ……ここからは俺のディナーの時間だ!」


 男の姿が筋肉質なボディに段々と変化していく、つま先立ちをしたと思えば足は蹄に変わり、鼻息を荒くして大きく嘶く。そして何より――巨大な角が男の頭から生えてきた。


「ハァァッッ! 楽しませてもらうぜぇ!」


 男が大きく力を込めると頭の角が発射されさらに巨大化する。根元からは柄が生み出され、巨大な両手剣に変化した。その両手剣を振りかざし、朱里に目掛けて一気に飛び降りた。


「こいつも会話をするタイプなのか!」


 腕をクロスさせて上から振り下ろされる両手剣を防御する、しかしこのままでは力負けするのが解りきっていた朱里は蹴りを入れつつ後ろに飛び退きいったん距離を取る。防御した両手にはクッキリと刃の跡が残り、機械のパーツが露出して小さなスパークを放っている。


「なんだ女、体が機械との混ざり物かよ……それじゃ食う所が少ねぇだろうが!」


 男は両手剣を大振りで投げ飛ばす。巨大な両手剣を投げて攻撃するなど予想だにもしていなかった朱里は斬撃と言うよりも鈍器で殴られたかのような強打を受け、悲鳴も上げる間もなく大きく吹っ飛ばされる。塀にぶつかってその動きが止まる頃にはぐったりとして目を閉じ、意識を失っていた。


「朱里! 返事をして朱里!」


 意識を失った朱里の元に咲姫が涙を流しながら駆け寄ろうとする。それを待っていたかのように男は咲姫に狙いを定めるが、龍二の強烈な尾を使った打撃で邪魔をされる。


「あの剣が無い今ならば!」


「だぁれが一本しかねぇって言ったよ!」


 尾の打撃から流れるように回転し剣での斬撃を狙った龍二だったが、生え変わった二本目の角が発射され、それに剣が弾かれる。角も同じように弾かれていたが空中で両手剣に変わり、男の手に吸い込まれるように握られた。


「あぁ、臭いで分かったわ。お前……同属だな? 同属の肉を食う主義は無いんだわ俺、白けるわ」


「人を喰らうお前らと一緒にするな!」


 一定の間合いを取りつつ、男がいつ動くか待ち構える龍二。相手の剣が大振りであるので先に振らせてその隙を突こうと考えていた。龍二から攻めてくる気が無いとわかった男は、たてがみの生えた頭を掻いてイラつきを露わにする。


「なぁ、前に食った女が不味くて不味くて仕方なくてよぉ……俺、今メチャクチャイラついてんだわ。ここの女を全員俺に食わせてくれよ! なぁ、兄弟よぉ!」


 同属の龍二を兄弟と言い放った男が、来る気が無いならこちらからと言わんばかりに間合いを詰め、大きく横に一閃を放つ。相手の攻撃を待っていた龍二はそれを避けて隙を見つけようとしていたのだが、そうはいかなかった。大きく弧を描いて振られた剣は龍二の予想以上の範囲を切り裂き回避が完全にはできなかった。握っていた剣は手元を離れ、体が地面に叩きつけられる。地面に刃を突き刺して、倒れこんだ龍二の体を男が踏みつけた。


「ハハハッ! 無様だなぁ兄弟! 他人の食事を邪魔するなんてのはマナー違反って奴だろ? さぁてまずは誰から頂くとしようか!」


 男は龍二をグリグリと踏みつけ、呻き声を嘲笑いながら周りを見渡す。龍二と男が戦っている間に朱里の元に行った咲姫、遠くからこの様子を何もできずに眺める事しかできない里美と七恵、そして朱里を止めようとしたがために、戦いの場に未だ近くにいた愛がターゲットにされた。


「決めたぜ女ぁ! テメェをいただく!」


 踏みつけていた龍二を遠くへ蹴飛ばし、男は愛の方向に向き直って地面を蹴り上げた。重力の存在など無視するかのように直線的に向かってくる男に愛は目を見開いて恐怖する。このスピードは避けられないと理解してしまった。その時


―――愛の体に激痛が走った。脇腹に男の角が突き刺さり、メイド服の純白なエプロンが鮮血で赤く染まっていく。愛は段々と熱い感覚が脇腹を中心に広がってきて呼吸が乱れる。


「愛―――ッ!」


 龍二の悲痛な叫びが響く。愛はその場に倒れこんでうずくまり、苦痛の表情に顔を歪めた。龍二はすぐさまにも助けに行きたい所だが、先ほどの攻撃の痛みで地面に這いつくばる事しか今は出来なかった。心の内ではよくも愛を傷つけたなと顔面に殴打を叩きつけてやりたい。愛の元に駆けつけてすぐさま痛みを取り除いでやりたい。そんな思いでいっぱいなのに、反して体は言う事を聞かずにこれ以上は無理だと悲鳴を上げている。自分の不甲斐なさに歯を食いしばるしかなかった。

 気持ちは里美と七恵も同じであった。親しい友人がこれほどにも血を流し、傷ついているのに自分たちは何をしているのか、龍二や朱里と違って体は何処も傷ついてはいない。でも……動けない、息を潜めているしかできなかった。手には力が入らず膝は笑って呼吸は先ほどからずっとペースを速めたままだ、助ける為の一歩が踏み出せない。怖いのだ、あれほどに強かった龍二が、朱里が――こんなにも簡単に蹂躙されるほどの相手の目の前に行ってしまえば、自分たちはただのエサでしか無く、無残に殺されるだろうと本能的に解っていたから。


 男は自分の角から伝い、顔面に垂れる愛の血を浴びるように舐めとると、突然笑い始めた。


「ヒャハハ! 最ッ高の食前酒だ! これだよこれぇ! コースの最初はこうじゃねぇとな!」


 愛は目の前で自分の血を飲む男におぞましさを感じさせられている。自分の体からどれほどの血が流れているのかわからない。傷口を抑える手には少し粘性があって生暖かい血液の感覚がとめどなく伝わってきて、何故だか寒く感じてくる。しかし、一番の恐怖はこの痛みとこの惨劇には、まだ続きがあると言う事だ。今のが食前酒ならメインディッシュは……私自身。


 苦痛と恐怖に蝕まれていた愛の意識が遠のいた時、男がゆっくりと近づいてくる。終わりの時間は近い……しかし、そう思った瞬間に、男の体が突き飛ばされた。


「やらせない! これ以上お前らに人を殺させてたまるものかぁ!」


 限界を超えた出力のブーストで男に掴みかかり、愛から男を遠ざけたのは傷だらけの朱里であった。寸前の所で意識を取り戻し、男の凶行を目にした朱里は咲姫の反対を押し切り、愛を守るために突貫したのだ。


「チィッ! 機械混じりか、どうしてこうも不味い奴ばかりが邪魔を!」


 加速を止めない朱里は男ごと塀に激突する。それでもブーストを続けて男を押さえつけた。これなら限界はあるが、咲姫達が逃げる時間は確保できるはずだと必死に男にしがみ付く。


「舐めんじゃねえ、混ぜ物が!」


 男が頭から角を発射する。角は男の意思で縦横無尽に飛び回り、朱里に攻撃を加え続けた。背中のバックパックに直撃が決まると、男を抑える力が弱まる。


「まったく、何本も使わせやがって……これじゃあ食えても採算が合わないじゃねぇか。美味い女は見つけたからな、また来るぜ、じゃあな!」


 男は朱里を一蹴すると、肩がこったと腕を回しながら首を鳴らし、ため息をつく。新しく生え変わった四本目の角を艶めかしく撫でた後に、塀を軽々と飛び越え何処かに消えていった。朱里はその場に崩れ落ちる。危機は一時的にだが去ったのだ。




「愛ちゃん! 返事して愛ちゃぁぁん!」


七恵の涙を流しながらの叫び声が響く男と朱里が去った庭で、里美と七恵が愛の元に駆け寄る。


「傷口、大きいし血も全然止まってない! まずは圧迫して止血するよ!」


 里美がすぐにエプロンを取り外してガーゼの代わりにし、傷口に押し当て止血を試みる。懸命な応急処置をしている最中に咲姫もその場へ走ってきた。


「屋敷には医者が居る、私と美倉さんで呼んでくるからあなたはこの子を動かさずに応急処置を続けて! 急ぐわよ!」


 その声を聴いた七恵が咲姫と一緒に屋敷に走っていった。


 一人は人生を共に長く過ごした幼馴染を、一人は世界で一番の親友を、一人は家族と同然のメイドを、その一つの命を救うために……たとえ戦いの最中に何もできなかったのだとしても、今できることがあるのならば、それを必死で行うしかないのだと思いながら。

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