「赤い靴EASY・WORLD!」

低迷アクション

第1話

 「赤い靴、届いた…」


彼等にとっては古き良き時代から伝わる“人気女優の大写しの看板”の前に立つ少女“ミク”が思いつめた表情で言葉を発した。


それを聞いた“アバラ”は頭を金槌で殴られたような衝撃を味わう。全く、何て日だ。

せっかく長持ちする食品、古き時代の遺産の食べ物である

“カップ麺”を一箱も見つけたってのに…


アバラの反応を見て、黙り込む彼女は多分…てか、絶対的に、こっちの返答待ち。

糞っ、クソッ!本当に最悪だ。マジで究極の選択。好きな女、多分、向こうもそうだ。そんな両想いの自分達だが、ここじゃ命はそう長く持たない。だから…


周りを見渡す。赤錆びた建築物と“廃車”と呼ばれる塊が埋め尽くす空間…

ここは終わりの場所“鉄くず”と呼ばれる塊と廃車に人骨がひしめく世界…


アバラ達はその鉄くずを拾い集め、切り出し、運が良ければ、食品や掘り出しモノのお宝を

見つけ、何とか生き延びている。


だから、ミクが赤い靴をもらったのを喜ぶべきなのだ。“船”に乗れば、生きられる。

大切な彼女を救う事が出来るのだ。


目の前にある食糧だってすぐに尽きる。飢えでくたばる時間をほんの少し先延ばしにするだけ…だが、彼女には“赤い靴”が届いた。それは船へ乗れる通知、生き残った自分達を

襲う魔物も、疫病とも無縁の世界。そこで暮らし、命を保証する許可証に等しい。


フカフカのベット、洗濯された衣類、清潔な環境、暖かい食事に抱負な薬と人間の再建への希望。絶望しかないオカ(陸地)とは違う。愛して止まない、残った奴等の中で

数少ない大切な存在、好きな女の幸せを考えるなら…


そっとミクを見つめた。あどけなさと清廉さを持った顔は煤と埃に汚れている。

綺麗な髪も、だいぶ痛んでるな。しかし船に乗れば、それも問題ないだろう。


アバラは出来るだけそっけなく、かつ的確な答えを提示した。


「さっさと行けよ。船に乗るんだ。」


「でも…」


「行くんだ。この機会を逃したら、もう乗る事は出来ないかもしれない。」


「1人やだよ…“アバ”と行…」


「行けったら!!」


透き通った彼女のとても良い声を塞ぐように、最後は怒鳴り声になってしまった。ミクは

とても悲しいと言った仕草で俯き、踵を返し、走り去っていく。


この辺の危険物は全部排除してきた。無事“ねぐら”まで帰り着くだろう。そこで他の仲間に報告して、身支度して港に向かえばいい。そう、いいんだ…だけど…


「畜生…」


ありったけの不甲斐なさを言葉に込め、アバラは懐に差した山刀の柄を

強く握り締めた…



 「聞いたぞい?アバラ、ミクに赤い靴が届いたってな。彼女、荷物を持って、出て行ったぞ?」


世界混乱時の最期の大戦“茶色い戦争”の生き残りを自称する“老兵(ろうへい)”が、

血で汚れたテーブルの上に乗った鹿肉と、アバラの差しだすカップ麺の物々交換の数を

吟味しながら、話しかけてきた。


かつて“動物園”と呼ばれる場所から、大量の動物達が脱走した。

混乱の時代の最中は肉食獣の脅威もあったが、現在はそのほとんどが貴重な食糧として

狩りの対象になっている。


老兵の射撃は上手い。身に着けた緑と黒や茶色といった色が混ざった服“迷彩服”に吊るす“鉄砲”の“89式小銃”は、過去の遺産だが、未だに健在で、しっかり作動する様子だ。


しかし、いつも思うのは、此処にいる自分より年長者の連中のほとんどが空気を読まない。“少しは察しろっ”て顔をしてんのに、全くお構いなしときている。


アバラは黙ってカップ麺数個をテーブルに載せていく。肉は貴重品だから、

もう少しの上乗せを検討すべきか?老兵の顔と箱に詰まった麺の数を見比べ目算する。


汚らしい腕が突っ込まれたのは本当に唐突だった。


「アバラぁ?俺こないだお前に大鍋貸したよなぁっ?だからさっ、俺とコーサカにせめて

2個ずつくれてもいいだろう?」


下卑た笑いを浮かべるのは“カニ”ひびの入ったメガネごしの目は笑っている。

随分前から自分とミクの仲に嫉妬してたからな。この野郎は…


「止せ。カニ…コイツの気持ちも考えろ。すまんな、アバラ…一個ずつでいい。」


こっちにフォローを入れながら、ちゃっかり取るモノは取っていく長身オヤジの

コーサカが、こちらの返事を聞かず、さっさとカップ麺を袋に収め、ねぐらに踵を返す。


その後ろにひょこひょこ続くカニ。クソッタレ…声には出さず、毒づく自分の後ろで老兵がやれやれといった風にため息をつき、テーブルに載せたカップ麺を回収し、デカい肉を

アバラの方に寄越す。


皮肉な形で交渉設立となった肉を肩に担ぐ。ズッシリとした感じが伝わる。

その重みが自分の命をどれだけ長らえるかを考え、安心が体を満たしていくのを感じた。


(これなら、当分食っていける。ミクは船に乗った。だから1人分だ。だから、

もう大丈夫。大丈夫…)


体が震えてくる。何だ、この感覚は?まるで自身の安全のために女を売ったみたいじゃねぇか?そうじゃない、赤い靴が来たんだ。今頃、ミクは船に乗って、幸せに暮らす。


オカを眺め、あの綺麗な声で歌を奏でるだろう。そうだ。アイツは歌が上手かった。初めてここに来た時も“何か出来る事はあるか?”と聞く自分達の前で、一曲披露してくれた。


曲が終わった後、ミクは少し不安げな調子に変わった声色で尋ねた。


「これだけしか出来ない…けど…」


今も含め、荒れ果てた土地では、何か役立つモノがなければ生きていく事は出来ない。

自分が剣技に優れ、カニとコーサカが料理、老兵が狩猟を生業とするようにだ。

彼女が不安がるのも無理はない。だから返事は決まっていた。


他の誰が何と言おうとだ。


「充分だよ。」


アバラの返答に、つぶらな瞳が輝き、こちらに向く。それから同棲が始まった。長かったな。

かつては二人で住んでいた“公営団地”の入口に立ち、階段を上る。


荷物を持ったと老兵は言っていた。なら、自分がプレゼントした“物”は忘れてないだろうか?土に埋まった建造物の中から掘り出したアレだ。


食い物じゃないと嘆くアバラに彼女は笑い、それを抱きしめながら言っていた。


「でも、これでいっぱい歌える…ありがとう!大事にする。」


可愛い笑顔が蘇り、自身の顔が綻ぶのがわかる。ちゃんと持って行ったかな?

そそっかしかったからな。アイツは…先程の自分の態度が蘇った。


振り切るように首を振る。とにかく、それだけを確認しよう。

ドアを開け、彼女の居住スペースに入った。何もない殺風景とした部屋が広がる。


元々、身の周りの必要品以外、何一つ持っていない女だった。一番スペースを占めていた

ベッドの上には…


「馬鹿野郎…」


震え声で呟く。頬を熱いモノがつたう。テメーの一番大事なモン、忘れてどうすんだよ?


「“よい子の歌の本”か?このご時世じゃぁ、大変貴重なモンだな?坊主ぅっ?

泣いてるとこ悪いが、ちょっと話聞かせくんねぇか?」


この世界において、ドアを開けっぱなしにしている事は死を意味する。よっぽど動揺していたらしい。


「誰だ?お前…」


涙声を悟られないように、声を張り上げ、予期せぬ来客の方を向く。勿論、腰に差した山刀を抜いた上でだ。


軋んだドアの前に立つのは、自分より一回りもデカい、男だ。その方頬は錆びた鉄くずに

覆われていた…



「そんなに構えんなよ…坊主。俺は旅の者でな。銃を引っ提げてる爺ちゃんから、

赤い靴を貰ったっていう女の子がいるって聞いてな。聞けば、もう出発したそうじゃないの?だから詳しい話を聞きたくてよ。」


「お前“魔人”か?」


「オイオイ、こっちの話はシカトかよ?いい加減、ここの連中は混乱の時代以降、

見た事ないモンや知らないモンに何でもファンタジー要素的な名前

つけるの止めねぇか?まぁっ、確かに“マシン”という名前で呼ばれてるけどよ。」


男の説明は殆どが理解できないが、マシンという名前だけはわかった。魔人と言うのは、

アバラ達、人間の間で噂される話だ。何でも、そいつ等は人間と鉄くずが融合した者らしい。


特徴はわかりやすい。体の何処かに鉄くずが付いている、もしくは埋め込まれているそうだ。

目の前の男は噂話を体現していると言っていい。非常にわかりやすい。だが、敵ではないか…


外で会う魔物達は、アバラの姿を見たら、すぐにでも飛びかかってくる。コイツは違う。

安心していいようだ。刀を仕舞う自身に男がほっとしたように話し始める。


「最近、何処の居住区を歩いても、同じ話を聞く。赤い靴が届けられたら、それを穿いて

港に行け。そうすれば船がやってきて、乗せてくれる。そこには安全と平和な世界が待っている。何にも怯える事はねぇってな。しかも届けられるのは女の子限定。男に来たなんて

話は聞いた事もねぇ。


可笑しいと思わねぇか?だいたい、飛行機も郵便制度もねぇのに、あ、こういってもわからねぇか、世界全体が崩壊して、他人助ける余裕もない所にピッカピカの赤い靴を誰が届けんだよ?


それは“魔法でっ”なんて言うなよ。とにかくお前の彼女が…あーっ、いい、いい、どうでも良い“俺達、別に付き合って”とか、そう言うのはどうでも良い。彼女が行った場所は


楽園じゃなくて、地獄だって言ったら、お前もどーにかなるだろ?」


正直、こんなヘラヘラした怪しい奴に言われたくはないが、完全に図星、その通りだった。

だけど…


「無理だよ。海は魔物だらけだ。港までも無事行けるかだって、わからない。

魔物もいるかもしれないし…」


「ガキがっ!だから、坊主なんだよ。お前はよ!だいたい、そんな所なら、何で彼女を1人で行かせた?お前等が楽園と信じてる船が待ってる港に辿り着く前に、

魔物に食われちまうかもしんねぇだろっ?」


「それは…」


「考えてもみなかったか?大好きな女の子引き留めたいけど、今の生活じゃ、とても無理。

だから、幸せに生きる場所へ送り出しをした。自分の感情に嘘ついてな。もう、頭は不甲斐なさでいっぱい。とにかく頭バグる要因の彼女を目の前の視界から消したい。


ただ、その一心で追いだしたって所だな。ホントに馬鹿だな。好きな女、手放しやがってよ。

アバラって呼ばれてるのは、あばら骨浮かぶくらい、自分は我慢して、彼女を養ってた証拠だろ?


だが、そろそろ限界…楽になりたい。その一瞬の隙を赤い靴に漬け込まれたんだよ。お前はっ!」


「黙れっ!」


叫び、精一杯の抵抗とばかりにマシンに殴りかかった。固い鉄くずを殴った時のような衝撃が手に走り、思わず蹲る。今まで何度も死地を抜けてきた自分の拳にとって

初めての手ごたえだ。やはり、コイツは人間じゃない。そう思うアバラの前で


マシンが薄笑いを浮かべる。自身の頭が熱くなる。勿論、怒りでだ。


「お前に何がわかる!お前に。アイツの幸せのためなら、俺は何でもする。食いモンだって、

アイツの好きな歌だって、何でも用意してやる。幸せになるってわかるなら、何でもするさ。


自分がどんなに情けなくたってな!だから、もし、そこが楽園じゃないなら、助けに…助けにいきたいけど、方法がわからない。だから、仕方…」


「EASYだよ、坊主。TAKE、EASY、EASYさ。難しく考えるな。助けると決めたら、

理由なんていらねぇっ、ハートに賭けろや。昔の人間はそう言う奴が多かったぜ?

気楽に逝こう!第一、そこまで考えてるなら、別に惜しい命でもねぇだろうからな。

どうだい?」


マシンが両手を竦め、こちらを見る。完全にノセられてるパターンだが、今はそれでいい。

ミクにとって大事な忘れ物を届けたい。それにもう一度、彼女の顔が見たい。方法は目の前の男が知っている。


頷くアバラを眺め、付いてくるのが、当たり前というように、外に向かうマシンが、こちらを振り返った。


「そうそう、今の状況にピッタリな台詞を昔の偉い文化が言っていたぜ?決断した坊主に敬意を表し、あえて上乗せして送ろう。60秒で支度しな。」…



 「ワシ等もミクちゃんが気になっての。」


「そうそう、アバラの野郎、今頃、部屋で泣いてんじゃねぇかって、なぁっ?コーサカ?」


「うむ。カニの言う通りだ。彼女が無事なら、それでよし。本を渡して去ろう。そうでなかったら、彼女を救う。」


マシンが用意した“動く廃車”に乗ったアバラと老兵達は港を目指している。正直、この

鉄の塊が動くとは思わなかった。それも、こんな早いスピードで…座っている席にしがみつく自身の目が道に転がっている数体の“ドレイク”を捉えた。


「凄いの。ドレイク共が仕留められている。」


老兵が息を吞むのがわかる。

アバラ達にとって点滴である、この大トカゲの皮膚は固く、通常の剣では殺せない。

老兵の持つ鉄砲でようやく仕留められるぐらいだ。


その化け物達が、砕けた頭から中身を覗かせ、転がっている。


「こりゃぁ、今晩はドレイクの肉で御馳走パーティだ。なぁっ、コーサカ!」


「ウム。牽引用のロープが必要だな。」


「あれは、混乱の時代前にお前等が飼ってたペットとかが逃げ出して、環境の変化で

突然変異したモンだよ。言ったろ?お前等のミクちゃんがどうやって無事に港まで行けるかってよ。ちゃんとお膳立てされてんだ。それより気になるのは…」


喜ぶカニ達を嗜めるように喋ったマシンの声の調子が落ちるのと、耳障りな雑音が空に響く。見上げたアバラは正体を確認して、絶望に近い声を上げる。


「“ドラゴン”だ…」


赤錆びた銀色の翼を纏い、大口を開けた怪物がこちらを襲おうと、降下してくる。

それも3体もだ。


全くもってあり得ない。本来、ドラゴンとは、他とは違う建造物、何処か豪華な感じの

“神殿”を守るモノだ。そこに近づいた人間を殺す者。それがこっちの居住エリアまで

飛んでくるなんて。驚愕する自身の横でマシンが叫ぶ。


「老兵、目の前の廃車を撃て。フルオートでな。反論は受け付けねぇ、急げ」


「りょ、了解じゃ」


窓から突き出した89式から弾丸が発射され、通りに並ぶ廃車の一つに吸い込まれる。

恐らく自身達の生活の糧である“燃料”に引火したであろう廃車が爆発を上げ、赤黒い煙を

発した。ドラゴン達の首がそちらを向き、口元を光らせ、青い炎を発射したのは

ほぼ同時だった。


「飛ばすぜ!もうすぐ港だ。」


マシンが丸い割っかを操作し、廃車のスピードを上げる。


「ヤバい、一匹こっちに向かってくるぞ?」


「くそうっ、不味いのう!!」


カニが悲鳴に近い声を上げ、老兵が応戦しようと銃を向ける。

だが、鉄くずを纏ったドラゴンに銃弾が効かないのはアバラでも知っている事実だ。


舌打ちしたマシンが叫び、こちらに向く。


「熱量が足りないんで、センサーがこっちを認識したか。しゃーねぇっ、アバラ、

ハンドルを代われ、この丸い輪っかの事だ。」


「代われって、どうすんだ?」


「握ってるだけでいい。時間がねぇ、行くぞ。」


「お、おうっ!」


アバラがハンドルをしがみつとくと、マシンが懐から出した銀色の杖を窓から突き出し、こっちに向かってくるドラゴンに向けた。閃光が瞬き、先程、ドラゴンが発したのと同じ色の熱線がドラゴンに撃ちこまれる。


「すげぇっ、それ“魔法の杖”か?」


バラバラになって落下する鉄くずの怪物を見たカニが興奮した声を出す。

アバラも素直に感心した。コイツと一緒なら、ミクの所まで本当に行けるかもしれない。


「どーもっ…だが、元々、コイツはお前等の技術だがな…」


アバラ達の反応を見て、マシンは曖昧に頷き、何かを呟いた。勿論、彼等には理解できない言葉だったが…



 「港に着いたぞ。ここからが、正面場だ。覚悟はいいな。」


港の前には鉄くずとなった多くの船がある。マシンはその一つの中に入り、いとも簡単に

動かした。


廃車の時と同じ音が響き、船がゆっくり海を進んでいく。頷くアバラ達を見て、マシン

の話が続く。


「俺達が今から向かうのはミクちゃんとかいう子が乗ってる船だ。そこには、えーっとあれだ…“魔王”がいる。さっきのドラゴンとか、魔物を操ってる奴だ。


アイツ等は空の…もーっと高い空にある“衛星”という魔物を使って、お前達の生活を

見ているのさ。そこで適正にあった者、特に女だな。赤ちゃんを産めるとか色んな理由で


それを探し、赤い靴を届けるんだ。ちなみに、お前等、普段はあれを何と呼んでる?」


マシンが指さす空を小さな、四角い物体が飛ぶ。老兵が銃を構えるが、アバラは、

それを制し、答える。


「“グレムリン”だ。普段は何もしてこないが、人間の近くを飛び回るのが好きな奴だ」


「そう、あのドローン、いや、グレムリンが赤い靴を届けるんだ。アイツは魔王の目でね。

俺達を監視するために飛んでくるのさ。つまり、目的地は近いという訳だ。」


「その通り、どうやらヤバい奴らも連れてきたみたいだぜ。」


カニが海上を指さし、叫ぶ。不気味な黒影が船首に見え始めていた。そのまま、一際巨大な波が沸きたち、白い蛇のような化け物が姿を現す。怪物は狂暴な口を開け、こちらに見せびらかすように尖った歯を擦り合わせる。


「リヴァイアサン(海竜)だ!」


「説明サンクスだぞ。坊主、突然変異の海ヘビか?こんなにデカいのは初めてだ。急ごう。」


船のスピードが上がり、追い縋る怪獣に老兵が89式を発射する。しかし、弾丸は水に阻まれ、効果がない。


相手との距離がみるみる縮まっていく。アバラはお守りのように構えた山刀を構え、

眼前に迫る牙だらけの大口を睨みつけるが、駄目だ。悲鳴に近い声が出てしまう。


「マシン、さっきの魔法の杖は?」


「あれは一発撃つと、しばらく時間が必要でな。使えねぇんだ。」


「しかし、このままだと追いつかれるわい。ワシの89式は効果がない。」


「なぁ、アンタ、時に尋ねるが、アレは動くかい?」


アバラ達の会話にカニがふいに割り込んでくる。彼が指さすのは、船に取り付けられている

小型の船だ。何故か、コーサカがゆっくり中華包丁を抜くのがわかる。


「動くと思うが、どうした?」


「アバラぁっ、今日の晩御飯はウミヘビのかば焼きだぞぉっ?おいっ、コーサカ!」


「うむ!」


「お前等、何をっ…!?」


「ミクちゃんによろしくなっ!ちなみに一つ貸しだぞ?」


「オイッ…」


意図をハッキリさせる前にコーサカが船の留め具を外し、飛び出した船に

カニと一緒に飛び乗る。目標を変えたリヴァイアサンの口が彼等に向く。


「あいつ等…」


呟いたアバラは、徐々に小さくなっていく小船を見る。まもなく、そこに赤い一筋の煙が

上がった…



 「あれが、魔王の住む城だ。」


カニ達と別れ、数分程経った頃、マシンの言葉に前方を見れば、3人の乗る船の前に、

巨大な影が現れる。


「デカいな、まるで船というより“神殿”じゃぞ?」


「正確には“研究施設”だ。あれは研究船。恐らくこの世界で最後の奴だ。」


「しかし、どうやって乗り込むんだ?」


喋る内に自分達の船が近づいていく。ふいに2機のグレムリンが現れ、こちらに赤い光を

投げかけてきた。光の先をよく見れば、老兵の持つ鉄砲と同じようなモノが付いている。


「マシンッ!」


「慌てるな。ここが大事な所だ。今までは“通行証”が無くて、その場で銃殺されるのが

オチ。だが、今度はそれがある。坊主、彼女に渡す手土産を出しな。」


彼の指示に対し、躊躇するが、グレムリン達の武器を見ては仕方がない。ゆっくり本を出す。

すぐさまそこに光が当てられ、数秒後…


「開いたぞい!」


鈍い轟音と共に、巨大船の一部がこちら側に向かってせり出されてくる。


「上陸だ。」


マシンが叫び、相手の船に飛び移った。

老兵が続こうと腰を上げ、躊躇しているアバラを見る。


「どうしたい?」


「いや…」


「カニ達を気にしとるのか?なーに、簡単にはくたばらん。伊達にお前さんより

長生きしとらん。安心せい。」


「…そうだな。」


老兵に肩を叩かれ、一気に飛び込む。先に待っていたマシンが手を貸してくれる。

理由はすぐにわかった。そうでないと足元を掬われそうになるくらい、


船上の床が赤黒い何かで満たされている。凄まじい臭気と汚れに驚くアバラの隣で

老兵が呟く。


「黴と埃の塊、酷いモンじゃ。」


顔をしかめる彼の言葉を繋ぐように唖然とするアバラにマシンが続ける。


「これが楽園の正体だ。大体の予想はついていたが、これほどとは俺も思わなかった。

今でも、赤い靴を貰った子を助ける事を考えてはいた。だけど、ほとんどが手遅れでね。


船に乗ってから、期間が経ちすぎていた。もっとも、ここまで来れても、お前が持ってる

貴重な前時代の遺産が無ければ、入る前に終わりだったろうけどな。でも、

彼女はまだ、大丈夫。見ろ。」


彼の指さす足元を見れば、黒い汚れの中で点々だが、元の床が見えている所がある。それは

船上の中程に設けられた船内の入口に続いていた。


「行くぞ。」


マシンの声に頷いたアバラ達は暗い船内に足を早めた…



 「どうやら、最初は曲がりなりにも、人類再建の夢を持っていたらしいな。コイツ等は…」


船上と同じくらいに、黒く汚れた船内を進むアバラの横で、マシンが何処から

拾ってきたのか、四角い石板のようなモノを携え、指でいじくっていた。石板はその度に

光を発し、何か文字や図形のようなモノを映し出している。


「この船は災害や戦乱から生き残った人達を集めていたらしい。

それこそ全世界規模のプロジェクトでな。だが、仲間内の船が人間同士の争いや


突然変異の化け物に襲われて、数が少なくなってきた所から崩壊が始まった。自分達の体を

環境に適応できるよう変化させる研究を始め、人体実験を繰り返し、最後は備蓄の食料も


少なくなり、配下の魔物どもを使って、人を攫わせてたらしい。赤い靴を送る段階に至っては、完全に正気を失ってるな。もう文章になってない。“ウマ、うがい!肉、やわい、女のニク”それだけだ。」


最後の台詞はアバラにも理解できた。背筋が寒くなる自分がいる。本当にここは楽園じゃなかった。ミクは大丈夫だろうか?


そんな自身に追いうちをかけるように、暗い船内に咆哮がこだまし、奥から、

何かがこちらに向かってくる音が響く。


老兵が鉄砲を構え、弾丸を発射する。肉食獣のような咆哮が上がり、巨大な物が倒れる音と、それを押しのけ、なおも進む轟音を経て、音の正体が姿を現した。


「さしずめ、あれは“オーク”だな。」


マシンが呟き、合わせてアバラは腰の山刀を抜く。彼等の前に立ちはだかるのは、人間大の二足歩行で歩く怪物だ。肌は緑の苔と黒い黴に覆われ、顔はギラギラに輝く目と鋭い牙しかわからない。だが、丸太張りに膨らんだ異様にデカい二本の腕はアバラの体を簡単に引き裂けそうだ。


「奴等の進んできた道に彼女の足跡は続いている。なら、道は一つ!」


叫んだ手には魔法の杖が握られ、瞬間的に凄まじい閃光と共に青い光線が瞬き、

暗い船内に佇む無数のオーク、元人間達を吹き飛ばす。


「走るぞい!」


老兵が89式の弾丸を連発して、バラ撒き、怪物の群れに飛び込む。アバラも懸命に刀を

奮い、自分に伸ばされた魔手を寸断していく。


先頭に立ったマシンが2人に道を示しながら、杖を奮い、生き残りのオークを蹴散らす。

老兵が銃に装填された何個めかの弾倉を替える頃、前方に巨大なドアが現れた。


「ドアだ。マシン!」


「オウッ、あの向こうに彼女がいる!」


「よし、行こう。でも、この音は?」


「あ~っ…クソッ…ちと、不味いな。」


今や3人の後ろ、船内のあちこちから、咆哮と地響きのような足音が、

こちらに向かってきていた。


「オーク共は、よっぽど腹ペコのようじゃな。だが、ここは年寄りの

骨ばった肉で我慢してもらう事にするかの。」


ふいの老兵の言葉に呆気にとられた2人は、ドアの向こうにそのまま突き飛ばされる。

すぐに締まったドアからは銃声が連続して響く。


「坊主、行くぞ…」


マシンの声に急かされ、立ち上がったアバラは内部へと足を早める。まるで銃声が途絶えるのを自身の耳で聞かないようにするかの如く…



 突入した場所は暗闇に満ちていた。だが、マシンが石板を操作すると、一瞬にして明るくなる。オカでも見た建造物“コンサートホール”に似た空間だ。その中央にミクがいた。


椅子に座り、赤い靴を穿いた彼女は眠っているのか?俯いたまま、微動だにしない。

嬉しさに思わず駆け寄ろうとするアバラをマシンが止めた。


「何だよ?」


「惚れた彼女に夢中なのは非常に健康的だが、周りを見てみろ。」


彼の言葉に視線を巡らせれば、ホール周辺にうず高く積まれた白と赤の山が映る。あれは…


「人骨と赤い靴、ここはさしずめ食卓だな。」


マシンの言葉が終わらない内に山の一つが崩れ、巨大な影が現れる。先程のオークを何倍にも膨らませた、紫色の肥満体の怪物。その天辺には小さな頭が載せられていた。


「あれが、魔王…?」


思わず言葉が漏れる。あの図体に自分の刀じゃ、歯が立たない。マシンの持ってる杖だって、無理かもしれない。


「おい、坊主。」


乾いた、妙に軽い感じの声が響き、自分の手元にマシンの杖が手渡される。


「どーゆう事だ。」


「その杖にある丸いボタン、服についてるあの“ボタン”と同じだ。

それが光ったら、押しこめ!任せたぞ。」


「お前はどうするんだ?」


「俺が時間を稼ぐ。」


「またかよ…」


「ん?」


「何で、皆、そうやって簡単に命を捨てられるんだよ?アニ達だって、老兵も、アンタも!

こんなの可笑しいよ。元々は俺のワガママだろ。何も関係ないアンタ達を巻き込む必要は

なかったのに。」


こんな状況で捲し立てている場合ではない。だけど、もう限界だった。感謝はしている。

ここまで連れてきてくれて…だけど、もう自分達のために、誰かが犠牲になるのは嫌だった。


魔王は、こちらにゆっくりと歩を進めてくる。それはミクを助ける可能性を減らす事だ。

だけどマシンを行かせない。自分が囮を務めよう。


杖を突き返そうとする手を、マシンがそっと止めた。今まで直接肌に触れた事は無かったが、冷たい。まるで鉄くずと同じ…


「マシン、アンタ…」


「暖かいな。人間は…そんなに悲しむな、坊主。若い二人ってのは人類の希望だ。


それに、こんな良い性根を持ってるなら、尚更だ。EASYだよ。アバラ、EASYだ!」


2人の前に影が差す。見上げた先は巨大な拳だ。今にもそれが振り下ろされそうに

なっている。マシンがニヤリと笑い、こちらを向く。


「最後に一つ。“ロボット三原則”知ってるか?それにはこう書いてある。

“ロボットは人間を守れって”な。」


言葉を発し、飛び上がった彼が自分程にもある拳を受け止める。


「走れ。アバラ!まずは彼女の安全確保!」


言葉が終わる前にマシンの体が地面に叩きつけられる。猛然と走り出すアバラを

魔王の小さい頭が捉えるが、床に打ち付けた手のひらに違和感を感じ、


そちらに視線を落とす。


「まだ終わってねぇぞ。後、半パイント…エンジンオイルが詰まってれば、お前なんかに

負けはしねぇ。」


体から“機械の部分”をだいぶ露出したマシンが吠える。


「オマエ、サイボーグ?…」


「言葉を喋れんのか?そうだよ。お前等と同じご同輩が作った。

人類再建に役立てるためにな。しかし、驚いた。少しは人間らしさが残ってる訳だ。」


「ミナ、喰った…喰う事しか、このセカイ、希望ない。」


「それは違うな。少なくとも、お前等が贈った赤い靴は人々に希望を与えたぜ?」

最も、そっちが込めた意味は違うな。赤い靴穿いた女の子、いーじんさんに連れられてってか?」


「ソーダ…」


魔王の口が楽しそうに歪む。マシンも負けずに笑い返し、喋る。


「俺を作った開発主が教えてくれた。何世紀も前に、それを楽しく言い換えた詩がある。

赤い靴穿いた女の子、EASYさにつられてさってな!後ろを見てみろ!全てはEASY!


ネーミングはこれでいいな?“勇者の剣”だ!」


小さい顔が何かを感じ、ゆっくり振り向く。そこには杖を柄にして、超電子の熱線を剣に

変えた、アバラが立っていた…



 「んーっ…あれ?アバ…来てくれたの?」


よっぽど強い薬を飲まされたのか?頭を潰した魔王が倒れても、目覚めなかったミクが

やっと起きた。ボンヤリとした顔に、こちらの頬もゆるむ。


「ああ、忘れモンを届けたくてな?」


アバラは笑い、少し照れくさそうに歌の本を出す。それを見た彼女の目が涙で歪む。

いや、ウルウルと言った方がいいか。


「あげたつもりだったのに…これじゃぁ、駄目だよ。」


「いいんだ。これからはずっと一緒だ。だから…その、あれだ。いいよな?」


「…ウン。」


ミクの顔に再びの笑顔が戻る。アバラも笑う。こんな場所かもしれないけど、やっぱり彼女は最高だ。本当に。ここまで来た甲斐があった。


「オイオイ、そこはチューだろ!チュー。こっちはワタぶちまけてんだぜ。どーやって

修理するんだよ。全く。」


感動の再開をぶち壊すマシンの声が響く。腹から大量の鉄くずを、ぶち撒けてだ。

そこにアバラとミクが駆け寄る。


「この人は…?」


「恩人だ。魔人のマシン。大丈夫か?マシン、出来る事はあるか?」


「正直、あまり無いな。まぁ、自己修復機能もあるし、何とかなるけど…そうだな。

ミクちゃんとか言ったっけ?せっかくだし、一曲歌ってくれよ?」


「えっ…」


「いいじゃん。ミク。俺も聞きたい。何でも好きなの歌えよ。」


「でも…」


「どんな事でも、始めはEASYだ。お嬢ちゃん、それが何かを変える、

世界を作るキッカケになるんだよ。」


そう言いながら、マシンがミクに親指を上げて見せる。


「それ、何の“呪文”だ?マシン?」


「誰かの背中を押す勇気の魔法だ。アバラ。」


「ホントかよ。」


「ホントだよ。今まで嘘は無かったろ?」


「まぁ、確かにそうだな。ありがとう。」


「止せよ。照れ臭い。だいたい、お前は…」


「わかった…歌う!」


“楽しそうに喋る2人に交じりたい!”そんな表情をしたミクが頷き、ステージの中央に立つ。


「聞いて下さい。曲名は…」


可愛い深呼吸の後、ミクの歌がホールに流れ出す。嬉しそうに聞き入るアバラの横で、

マシンはそっと、自身の体に手を入れ、船内のパソコンにアクセスを開始し、


宇宙を漂う衛星にリンクさせる。彼女の歌声を全世界に発信するためにだ。

その歌はまず、船内で全てのオークを一掃した老兵の耳に届き、


次は船外から巨大な海流の一部を担ぎ、上陸しようとしているカニとコーサカを経由した後、ゆっくりと、だが確実に世界へと響き渡っていった…(終)



 

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「赤い靴EASY・WORLD!」 低迷アクション @0516001a

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