第12話 マクデナルドのドネルド

一週間の出来事は丸々描写せずに、現在、土曜日。俺は自分の最寄駅である四条駅前のマクデナルドの一席に座っている。ダブルチーズバーガーをチビチビと食べながら、金曜日にたっぷり出された提出課題に挑んでいる。

 この店は大きな窓がついていて、駅前の広場がよく見えるので、早めに行っておき、課題を終わらせてしまおうという魂胆だったのだが·····一向に終わる気配がない。全く進まず、ツイッターをいじっている内に、もう零との約束の時間である、十三時になってしまった。


「そろそろ来る時間か」

 ハンバーガーを包んでいた紙など、諸々のゴミを捨て、トレーを置き場に戻し、俺は店を出た。

 ちょうど、出るのと同じタイミングに、駅前の広場できょろきょろあたりを見回す黒髪の女の子を見つけた。その動きに連動して、特徴的なバナナ型のアホ毛が揺れている。こういう時に、見つけやすいな。こいつ。


「よう。ちゃんと時間通りだな」

 背後からこっそり近づいて、肩を手でポンと叩き、声をかけた。

 零は体をびくっとさせて「ひゃっ!」と、裏返った声を発する。


「へ、変態っ!」


「いきなり変態はないだろ。約束してたんだから、肩を叩いてくる人間なんて、俺以外居ないと思うんだが?」

 零は振り向いて俺を見た。肩を叩いたのは、俺だと分かり、体の力を抜く。そして、次の瞬間、笑っている俺の脛を思いきり蹴る。


「痛い! そこ蹴っちゃダメな所だぞっ? 股間の次にダメな所だぞっ?」

 俺は突如自分を襲った予想外の痛みに悶える。蹴られてから数秒間の、痛みが来ない時間が恐怖だった。


「いきなり後ろから肩を叩いてくる君が悪いんじゃないか。ぼくは常に誰かに襲われるかもしれないと思いながら生活してるんだよ」

 零はお嬢様ポーズに腕を組み、俺が苦しむのを楽しそうに見ている。黒色のパーカー着てるロリ(まな板)がするポーズじゃないっ! 痛みに耐えながらも、オタクとして、心の中でそう叫ぶ。

 心の中じゃないと、もう一度蹴られそうだからな。


「ならさ、声かけた瞬間蹴れば良くない⁈ お前俺と目が合ってから蹴ったよな?」


「変態に声をかけられたかと思って確認したら、やはり変態だったので、蹴っただけです」


「俺のどこが変態なんだよ!」


「男って皆、変態でしょ?」


「お前、それは間違いだ。確かに変態というか、男は性的な事に興味を持っている人が多いが」


「じゃあ、変態ですね。ぼくは変態は嫌いです」


「男は、ちょっとぐらい女の子の身体に興味持ってるぐらいが、丁度良いんだよ」


「はー。汚らわしい」

 零は、ため息をつき、手を額にやる。俺の脛の痛みは少しづつ引いていく。


「そんな事言って、お前も男の体に少しは興味あるだろ?」

 家に向かって、歩き出しながら、零に言った。

零は、俺から目をわざとらしく逸らして、

「きょ、興味なんてありませんよ。ぼくは大人ですから」


「十六歳で大人·····か?」


「はい。結婚もできる歳ですからね」


「法改正で十八歳からに変わるけどな」


「そう·····でしたっけ? お姉ちゃんが『お前はもう結婚出来る歳なのだよー。だから、頑張るのだよー』って言っていたんですけど」


「お姉ちゃんって、真代ちゃんが?」


「はい。そうですよ」

 真代ちゃんは法改正を知らないのか? あの人、新聞とか読まなさそうだし、有り得る。先生が社会に目を向けていないってどうなんだ?

「まあ、あと二年ぐらいで結婚できるようになるんだし、それまでに頑張れば」


「そうですね·····」

 零は下を向いて、何か考え込み始めたので、そこから会話は途切れてしまった。


 ****************************


「着いたぞ。どうぞ。上がって」

 家に着いたので、玄関の鍵を開けて、零に中へ入るように促す。


 零は玄関前の門辺りで立ち止まり、指先を遊ばせて、入るのを躊躇している。

「本当に話はついているんですよね? いきなり日和ちゃんに無視されるとか嫌ですよ?」


「大丈夫だって。そこら辺は俺から日和に完璧に説明してあるから。·····お前、『ぼくが手伝いましょう』とかポーズ決めながら言ってたくせに、案外恥ずかしがりなんだな」


「そ、そんな事ないですし! ぼくは人見知りしないタイプの人間ですっ!」

 ちょこんとした八重歯が見えるぐらいに口を開き、反論する。体は大きく動いていないのにアホ毛がぴょこぴょこと動く。どうなってんだ、これ?


「なら、さっさと入れよ」


「分かりましたよ。入りますよ。いや、別に君に言われて入るんじゃないですよ? 初めから入るつもりでしたし!」


「はいはい。入った入った」

 ピーピー言ってる零の背中を押して、家の中に入れる。


「ちょっと。押さないでくださいよっ!」

 踏ん張ろうとする零をぐいぐい押す。


「靴脱げよ」


「分かってますよ。アメリカ人じゃあるまいし」

 ブツブツ言いながら、零は靴を脱ぐ。脱いだ後きちんとかかとを揃えて並べている。案外そういうところはしっかりとやるんだな。


「リビングはこっちだよ」


「大体分かりますから、いちいち言わないでください。それとも、そんなに、ぼくと話したいんですか?」

 零は口角を上げて言う。どや顔というやつだ。


「そうだと言ったら?」

 ちょっとからかってみる。


「つっ! ほんとに·····話したいなら、ラインとか送ってきたら良いんですよ。ぼくも暇なら読んであげないことも無いというか·····」

 俺が居る方向と真逆の壁に向かいながら言った。照れているのだろう。零は小生意気な所もあるけど、からかうと結構分かりやすく照れるので、楽しい。


「冗談だよ。本気だと思ったか?」

 零は俺の方に向き直る。


「そんな訳ないでしょ? ぼくは友達が居ない、可哀そうな君の喋り相手になってやろうという善意から言ったんですよ。ほら、たとえ休日の間だけだとしても、日本語を喋れなくなったら大変ですから」

 早口で一気に、言い切る。


「母国語をそれぐらいで忘れるか! 俺が何年日本人やってきたと思ってるんだ? ·····そんなこと言うお前も友達居ないんじゃないか?」


「え、どうしてそれを·····いやっ。今のは間違いです。ぼくは友達居ますよ! えーっと。百人ぐらい」

 右に左に零の目が泳ぐ。


「友達居すぎだ。 一年生かっ!」


「一年生ですよ」


「えっと、違うんだ。今のはボケなんだよ。ほら、あるだろ? 『一年生になったら』って歌」

 背中にツッと冷や汗が流れるのを感じる。滑ってしもたで、工藤。


「あ、そういう事でしたか。わからなかったです」

 分かってほしかった! 自分のボケを説明する事ほど、つらいことはないっ! 


「お前、どうせ友達が居ない孤独な自分が、かっこいいとか思ってんだろ?」


「まあ·····他の人間と絡みまくる尻軽な奴らと比べたら·····そう思いますけど」

 やっぱり友達そんなに居ないじゃないか。


「日和は優しい子だ。そんなお前とも、きっと友達になってくれるさ」

 会った事も無い人と、急に友達になってくれと言われても、不安だろう。頼んでいるのは俺自身なんだし、フォローは入れる。


「·····そうですね。じゃあ行きますよ?」

 零はリビングにつながる廊下の突き当りまで歩いた。そして、突き当りにある、扉をゆっくりと開く。その扉の向こうには日和が居るはずだ。

 扉は開かれた。

 ****************************


「あの、その、よろしく·····なのです」

 部屋の隅に居る日和がもじもじしながら、零に挨拶をする。日和が今日、着ている服はコンバースの長袖なんだけど、俺の服じゃないか? それ。 明らかにサイズが大きすぎて、ダボダボになっている。これはこれでおしゃれにも見えなくもないが·····。常に萌え袖状態なのは案外いい·····かも?


「いえ、こ、こちらこそっ。東條 零です」

 カチコチに固まって、零も挨拶を返した。

 その様子を見て、日和は悪い人じゃなさそうだと思ったのだろう。部屋に入った瞬間は引きつり気味だった表情が緩んだ。


「ま。座ってくれよ」

 リビングには大きなソファが一つ。その前には四角い、木で作られたテーブルがある。脚の長さから言うと、ちゃぶ台になるだろうか。棒みたいに直立不動の零に、ソファに座ることを進める。


「えっと、じゃあ座ります」

 零は日和のことを気にしながら、腰を下ろす。

 ·····。

 そのまま、無言の時が過ぎる。

「何をすれば、いいのですか? お兄ちゃん?」

 その沈黙に耐えられない日和は、俺に助けを求めてくる。

 日和がこの距離で他人と居るのは、一年ぶりぐらいだから、何をするかなんて分からないのも、無理はない。


「そうです。ぼくは何をすればいいんですか?」


「そういや、二人とも、今日何をするか教えてなかったな」


「そうなのです」


「そうです」

 俺は指をびしっと立て、ポーズをとる。


「今日やるのは·····プリン作りだっ!!」


「プリン?」

 零は疑問を示す。


「お前は、料理が殺人級に下手くそだからな。俺が料理の基本を教えてやる」


「ぼくは、料理得意ですよ。君に教えて貰わなくても大丈夫·····」


「まあ、黙ってろ。これはお前とお前のお姉ちゃんの健康のためでもある。それに、女の子同士なら、料理を一緒にしたら楽しいかなあと·····」


「でも、それで何故、プリンを作ることになったのですか? 他の基本的な料理の方が·····」

 服の袖を噛みながら、日和。俺の服だから噛まないでくれると嬉しいな。うん。

 そんな俺の念は届かないようで、ハムスターのごとく日和は袖を噛み続ける。

 お行儀悪いぞ。


「なぜ、プリンを作るのか·····か。俺が食べたいからだ! あと、昨日冷蔵庫の中身を見た所、丁度、プリンの材料があったからだ。普通の料理は後日、教えていこうと思ってる」

 動き出そうとしないレディ達を見て、俺は続ける。


「ほら。各員戦闘服エプロンに着替えろ!!」

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