第13話 プリン·····それは、黄色い悪魔

  ちょっとだけ、ごたついたけど、二人ともエプロンに着替えてくれた。零はピンクの水玉模様のエプロン(そこそこ可愛い)。日和はネコ柄のフリフリのついたエプロン(めっちゃ可愛い)。手を洗った後、二人とも、キッチンの前にあるテーブル前に立った。


「それじゃあ、始めるぞ」


「うい」「了解なのです」

 零はやる気なさそうに返事した。

 俺は、冷蔵庫から材料を取り出して、机に置いた。モンスター〇ンターのアイルーのエプロン(小五の時に作った)を着た俺は袖をまくる。

「プリン·····それは·····人生のよい友。黄色い悪魔」


「何言い始めてんですかこの人·····」


「気にしなくていいのです。お兄ちゃんの通常運転ですよ」


「これが·····? やっぱり変態ですね」

 二人は俺の美しいセリフに感激して、言動もままならない。零なんて感動のあまり目を細めている。


「零さんは、プリン、作ったことあるのですか?」


「もちろんありませんが?」


「そうなのですね。日和もお兄ちゃんの作るものを食べる専門なので、自分で作るのは初めてなのです。一緒に頑張りましょう」


「食べる専門? 日和は貴一の手料理を食べてるのですか?」


「はい。お兄ちゃんは日和のコックさんです!」


「へ、へー」


「うらやましいのですか? 顔に出てます」


「まさかっ。お腹を壊しますよ」

 零の口元は笑いを含む。


「ひどいなっ。俺の料理で腹壊すわけないだろ。お前の料理(?)は別だけど」


「なんで、料理の後にハテナみたいなイントネーション含んでるんですか。ぼくの料理はちゃんとしたものですよ」


「料理というか、炭化した物体だろ。あれは」

 今思い出しただけでも、苦みが蘇ってくる。もう二度と味わいたくない。味蕾が死んでしまう。


「そろそろ作り始めるから、役割分担するぞ」

 俺はこの日のために一応、用意しておいた、計画が書かれた紙を見ながら言う。


「作るプリンは二つ。シンプルなカスタードプリンとチョコプリンだ。零はカスタードプリン、日和はチョコプリンを作ってくれ。俺は二人の手伝いをする」

 俺は、零にフライパンを渡した。


「プリンって焼いて作るんでしたっけ?」


「んなわけあるか。お前には先にカラメルを作ってもらおうと思ってな」


「カラメルってプリンの下に敷かれてる黒いやつですか?」


「下っていうか、あれは多分上だぞ。お前、プッチンプリンを皿にプッチンせずに、食べるのか?」


「洗う皿が増えちゃいますよ。めんどくさいです」


「あ、まあ、それも一理あるな」

 零の家には、こいつの他には真代ちゃんしかいないんだった。洗う皿が増えたら、すぐにでも、皿洗いをサボりそうだな。Gが繁殖してしまう。奴は料理をする人間の敵だ。俺もここ二年間ぐらい戦闘状態にあるが、何度ブラックキャップを新しいのに変えても、絶滅とまではいかない。


「フライパンに、この砂糖を入れて、溶かしてくれ。中火な」


「はいはい。それぐらいわかりますよ」

 零はフライパンに火をつけて、砂糖を適量入れた。さすがにこの段階で失敗する事はないな。


「砂糖に色が付いてきたら、水を入れて煮詰めてくれ」

 そう言って、俺は日和の方に行く。


「日和は、この耐熱ボウルに、牛乳と砂糖を入れて、混ぜてくれ。牛乳は300ml、砂糖は40グラムな」


「了解なのです」

 手際よく、日和は俺の指示したとおりに、材料を計り取って、混ぜた。


「次はどうするのですか?」


「それを、レンジで一分半温める」

 そろそろ、零のカラメルが出来上がったころか。


「できたか?」


「ま、僕の手にかかれば、たいしたことないですね」


「いや、小学生でもできるから。どや顔しなくていいぞ」


「別にどや顔なんてしてませんよっ。次は何をするんですか?」


「次は、ボウルに、卵と、砂糖と、ラム酒を入れて、この泡だて器でまぜてくれ。泡だて器の使い方は·····」

 説明しようと、俺が手に取った泡だて器を、零は奪い取った。

「大丈夫ですっ。ぼくはメカは得意なので、泡だて器の使い方ぐらいわかります」

 アホ毛がゆらりと揺れる。

 ちょっと心配なんだが·····大丈夫か?


「ほら。日和ちゃんが次の指示待ってるでしょが。ぼくのことは、ほっといてください」

 そう言って、零は材料を計りはじめた。

 仕方がないので、説明はしないことにした。


「温まったのです」

 日和はボウルをテーブルの上に置いた。


「じゃあ、そこに、チョコレートと、卵を混ぜる。ほい。チョコレート」

 買っておいた、板チョコを渡した。明治のやつ。

 日和は、銀紙を剥いていく。今回必要な量はそこまで多くないので少し余る。


「余ったものは食べても良いのです?」


「ああ。良いぞ。そんなちょっとじゃなんもできないし」


「やったのです」

 日和は、余ったチョコを口の中に放り込んだ。

 卵を割って、ボウルに入れる。そして、ひたすら混ぜる。


「バレンタインには、お兄ちゃんにチョコを作ってあげるのですっ」


「そうか。楽しみにしてるよ。でも、今は春だから、随分と先の話だな」


「その分、練習できる時間も長いので、期待しててくださいっ」

 日和は白い歯を見せて、にかっと笑う。それを見て、俺も、口元が緩んだ。女の子の笑顔ってもんは、宝石みたいなもんだって親父も言ってたっけな。


「今は、クックパドとかもあるし、頑張れ。別に俺に作ってくれなくてもいいんだぞ。もちろんうれしいけど、気を使ってるんなら、大丈夫だから」


「お兄ちゃんに作らなくて、誰に作るって言うんですか?」


「うーん。そりゃ·····同級生とか?」


「学校に行ってないので、同級生とかいないのです」


「あそこに居るじゃないか」

 俺は、泡だて器のスイッチを入れて、材料を混ぜる前に、空中でから回しして、何やらニマニマしているアホ毛の零を指さす。


「零さんですか。同級生ですけど·····」

 日和はボウルの中の材料を混ぜながら言う。


「あいつは、その、変わったやつだけど、根は多分良いやつだぞ。ここ一週間毎日見てきた中では」


「毎日? 毎日、零さんとお話ししてたのですかっ?」


「え? そうだけど。日和の友達になってもらおうと思って」


「お兄ちゃんと毎日お話しする女の子は、日和だけが良かったですっ」

 何言ってんだ。この子は。

 俺は学校でも女子とは基本、絡みがない。日和以外の人と、毎日話をするなんてことは、二年になってから始まったことだ。篠塚や、零と話をするようになった。男を入れても、俺は用事がない限り、骨川とも話をしないので、毎日話をしているのはつい最近まで、日和だけだった。


「でも、日和はどうなんだ?」


「え?」


「毎日俺とは話してるけど、俺と、秋江さん(日和の母)以外と話してないだろ?」


「そんなことないのですよ。最近は、ネットがあるので。SNSで友達になった人とお話ししたりするのです」


「っ? ネットで知り合った人って、大丈夫なのか? 男かっ!?」

 つい、声が大きくなってしまう。


「そんな訳ないのです。女の子ですよ。最近友達になったのです。七条高校の二年生らしいのです」

 女子だと聞いて、一安心。一瞬、めちゃくちゃ焦った。心臓のあたりが締め付けられたかと思った。


「なんだ。女の子か·····」

 安堵の吐息が漏れる。


「ふふっ。やっぱりお兄ちゃんは優しいのです。日和のこと心配してくれて」


「当たり前だろ。最近はネットは怖いからな。·····七条高校の二年って、俺と同級生じゃないか。名前とか分かるか?」


「名前までは分からないのです。ネット上の友達なので、実名はさすがに明かしたりしないですよ。日和の名前はあっちは知ってますけど、姓までは教えてないので、大丈夫なのです」


「そうか」


 俺は日和に、ボウル内の材料を茶こしで、濾して、紙のカップに入れるように言った。

 さて、そろそろ零の様子を見てみるか。そう思って、零が居るキッチンの方向へ振り返った時だった。


「ギャルルルル!」

 ポケモンの鳴き声のような、音がして、続いて零が悲鳴を上げた。

 すぐに、俺は零に駆け寄る。


「何があった!?」


「えーっと。泡だて器をですね·····出力を最大にしようといじくっていたら、回るのが速くなったので、早速、混ぜてみたのですが·····飛び散ってしまって·····」

 零は、体中に、ラム酒と、卵が混ざった、黄色がかったクリーム色の液体を体中に浴びていた。頭にも、少量飛び散り、エプロンにはべったり。エプロンだけで済めばよかったのだが、運悪く、首筋にも多量の液体が飛んでしまい、それがゆっくりと、零の胸元に流れ落ちている。


「ひゃっ·····胸に流れて·····ああ·····んんっ·····くっ·····はあはあ·····」

 体をくねらせて、零は言う。声が、何というか·····悩ましい!


「·····っ。タオルだ。これでふけるところをふけっ!」

 俺は、キッチンに常備してある、タオルを、悶える零に渡した。


「やっ·····あ、ありがと·····あっ·····んんっ」

 胸元を大きく開けて、零は胸に落ちた、液体を拭いていく。ブラが丸見えなんだが。黒ですか。好きだな。黒。中二病っぽいからな。

 ぼーっとその様子を見ている俺に、零が気づいた。


「なに、見てるんですかっ! ぼくの体を視姦しないでくださいっ」

 顔を真っ赤にして零が言う。目がちょっとうるんでいる。そう言われて、俺は目をそらした。確かに、俺の行いはマズかった。いきなり、おおきく胸元を開けた零も悪いような気もするけど、女の子のそういうとこ見たらダメだな。うん。


「うーん。タオルだけじゃ、落としきれませんね。べとべとして、何か、おかしな気分です」

 零は、ムズムズしているようで、小刻みに体を動かす。


「シャワー浴びてきたらどうだ?」


「いいんですか? ここは君の家ですけど」


「ああ。俺は気にしないよ」


「なら、浴びてきます。どこがお風呂ですか?」


「玄関に戻る廊下の、左側の扉を開ければあるよ。着替えとかは何とかする」


「分かりました。ちょっと浴びてきます」

 零は風呂まで走っていった。よっぽど気持ち悪かったんだろう。


「日和。すまないけど、家に帰って着替えを取ってきてくれないか?」


「えっと·····言いにくいのですが、日和、今日は張り切って服を全部洗濯してしまいまして。貸せる服がないのです」

 日和は、元から服をたくさん持っているタイプではない。普段着じゃないものならあるかもしれないが、それを着替えで出されても、零も困るだろう。

 ってことは·····


「俺の服を貸すしかないか」


「そうですね」

 日和は申し訳なさそうに、答えた。


「しょうがないか。日和。カップに入れ終わったら150度のオーブンで、三十分蒸し焼きにしてくれ。俺は服を探してくる」


「分かったのです」


 零に貸す服って·····どんなのならいいんだ?



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