第8話 日和、初めてのおめかしは兄のため


 土曜日。日和とのデート当日。

 デートの待ち合わせ場所の祇園駅前の公園で俺は暇つぶしにポケ〇ンGOをしている。


 時計は午後二時を回りつつある。集合時間は一三時五十分なので、日和は少し遅れているみたいだ。


「やっぱり、一年ぶりに家から出て、いきなり一人で電車に乗るなんて無理だったか·····」


 俺はバラバラに集合することにした事を今更ながら、後悔し始める。


 二人がバラバラに集合することを提案してきたのは、日和だった。


 金曜日の夜に、

「明日は一三時ぐらいに日和の家に迎えに行くからな」と言った俺に、日和は「·····お兄ちゃん。明日は二人別々に、祇園駅前公園で集合しないかな?」と返してきた。

「日和のそばからお兄ちゃんは離れないでくださいっ。とか言っていたろ。一人で大丈夫か?」そう言ったのだが·····

「大丈夫なのです。·····多分」

「別々に集合することに何かメリットでもあるのか?」

「それは·····っ。·····とにかく、別々に集合するのですっ」

 そう言ったきり、日和は俺が何を言っても「駅前で別々に待ち合わせる」と言って聞かなかった。



 あ、ヤドンが出てきた。ここ、ヤドン多いな·····。この鳴き声がそそるぜっ!


 鳴き声のボタンを押しまくっていると、傍から見れば不審者に見えるのだろうか。小さな子が俺を見て指を指し、母親に何か言うと、その母親が「世の中には、ああいう人も居るのよ」と子供に言いながら、俺の前を早足で通り過ぎていった。


「お兄ちゃんっ」


 日和だ。俺はスマホから目を上げた。

 駅前の人混みの中から俺の視界に入ってくるのは、いつも通りの日和·····では無かった。


 服装が、顔のメイクが、歩き方が、手に持っているバックが、仕草が。その全てが家で見ていた日和とは違った。


 花が散りばめられたワンピースは風に揺れ、いつも化粧などしない顔には控えめに化粧がされている。歩き方もいつもの様にちょこちょこと歩く小動物のようなそれではなく、手には黒い、女性が正式な外出の時に持っていくようなバック。


 風でパラパラと頬にかかった絹のような赤髪を手で、かきあげる仕草につい、唾を飲み込んでしまう。


 いつもの、家にいる日和は可愛い。

 今、俺の目の前で頬えんでいる日和は綺麗だ。色香が出ている。


「おまたせ!お兄ちゃんっ」

「おう」

「待った?」

「いや。今来たとこ」

 ときメモの効果である。これは、デートの定型文みたいなものだな。

「じゃ、祇園パークに行こうか」

「ちょっと待ってください。お兄ちゃんっ」

 歩き始めようとした俺を日和は止めた。

 日和がその場でくるりと回る。

「どうです? 今日はお兄ちゃんとデートだから、一生懸命オシャレしてきたのですっ!」

「綺麗だよ。俺がこれまで、見てきた日和の中で一番」

「本当なのです?」

「嘘なんてつくか」

「へへへっ·····。朝から頑張った甲斐があったのですっ」

「朝から!? そんなに準備に時間がかかるのか?」

「そうなのです。お母さんと電話しながら、どんな服とメイクで行くのか決めたのですっ。これまでこんなことをする事は無かったですから」

「それは大変だったな」

 今度こそ、祇園パークに向かって俺たちは、歩き始める。

「オシャレは我慢だってお母さんも言ってました。このワンピースは、お母さんがお父さんに初めて、もらった物なのですよっ!」

「そんなに大事なものなのに、今日来てきて良いのか?」

「お兄ちゃんとデートするんだって言ったら、お母さんが来て行きなさいと言ってくれたのです」

「へー。なんでだろうな」

「なんでですかねっ」

 日和は少し、俯いて、顔を赤い髪で隠した。


「それはそうと、お兄ちゃんの着ているその服もカッコイイのですっ」

「ん? そうか?」

「はい。お兄ちゃんって、そんな服持ってましたっけ?」

 俺が今日着ているのは、篠塚と共に行ったイオンモールで買った黒色の服だった。(服の種類、名称は良く分からない)

「この前、イオンモールで買ったんだよ」

「へー。誰かと一緒に行ったのですか?」

「ああ。しのつ·····っ。いや、友達とな」

「しのつ? という名前のお友達なのですか?」

「いや。骨川だ」

「じゃあ、しのつってなんで言ったんですか?」

「あ、あの·····服を買った店の名前だよ! しのつっていう店だったんだ!」

「ふーん。そうだったのですか」

 はあ。何とか誤魔化せたか·····?

 なんか言ってる事が、ついついコ〇ン君の事を工藤って呼んでしまい蘭姉ちゃんに勘づかれそうになって、誤魔化してるコミックス登場初期の服部みたいになってしまった。

 せやかて工藤。


 篠塚の事を日和に知られるのが怖かった。何故か、知られてしまうと、日和が俺の事を嫌いになるような気がして。


「お。見えてきたぞ。あれが祇園ランドだ」

 話しているうちに祇園ランドに着いた。

「おおぅっ。これが遊園地というものなのですかっ」

 日和の目が、みるみる輝き出す。


「早く入りましょう! お兄ちゃんっ!」

「はいはい。チケットは俺が予めコンビニで買っておいたから。はい、どうぞ。お嬢様」

「ありがとなのですっ! 一緒にゲートを通るのですっ」

「御意~」

 ゲートを日和と一緒に通って、ここから先は全部祇園ランド。

「やあ。祇園ランドでようこそっ! ははっ!」

 む。これが祇園ランドのマスコットキャラ、ネズミーマウスかっ!

 名前がワンパ〇マンの音速のソニックみたいな事になっているのはさておき、中々怖い見た目をしている。

 歯茎丸出しとか怖い! これまで数々の幼稚園児を恐怖に陥れたというのも納得の見た目だ。

 まあ、俺は著作権がどうなってんのかの方が怖いけどな。大丈夫か、うちの街の遊園地·····。

「すごいのですっ。 ネズミさんが喋っているのです! アニメみたいなのですっ!」

 日和がワイワイ嬉しそうにネズミーマウスに近づいて行く。怖くないのか·····?

「みんなの笑顔が僕の生きる糧だよっ。ははっ!」

 これ、明らかにオッサンの裏声だろ。

「写真、写真撮るのですっ」

 日和がそう言って自身のスマホを俺に渡していたので、俺は日和とネズミーマウスが一緒に入るようにスマホを向ける。


 ネズミーマウスに抱きつく日和。

 ネズミーマウスの「ははっ!」という声も少し上ずって聞こえる。鼻息すら聞こえてきそうだ。

 中のオッサン、日和の可愛さに気づきやがったか。

 抱きつかれて中のオッサンが喜んでいるだけなら、まだ許せた。それもまた、着ぐるみに入っている人の特権だろう。

 しかし、ネズミーマウスは、日和に気づかれないように、そっと日和のお尻に手をやろうとした。

 俺の脳みそで、ブツリと、何かが切れた音がした。

「日和、写真は取れたから早く中に入ってアトラクションに乗ろうか」

 早歩きでネズミーマウスに抱きつく日和の元に行って、俺は日和をネズミーマウスから引き離した。

「そうなのですね。次に行くのですっ」

「日和、ちょっとだけ、先に行っててくれ。俺もネズミくんに抱きつきたい」

「分かったのです。じゃあ、日和は、あそこのガシャガシャを回してくるのです」

 日和はキッズコーナーに置いてあるガシャガシャに歩いていった。


 俺の声が日和に届かなくなる距離まで日和が離れたのを確認して、俺はネズミーマウスに近づき、首に手を回し、思い切り膝でネズミーマウスのネズミーマウスを蹴った。

「はうっ」と中の人間が悲鳴を上げた。

「おい。オッサン。お前、今何してた?」

「は、ははっ! 何って·····何もしてないよ。ははっ!」

 痛みに耐えながらもネズミーマウスはキャラを維持しながら、そう言った。

「はあ? もう一発いくか? 」

 俺がもう一回膝蹴りの姿勢を見せると、

「ひいいっ。すまない。つい·····」

 泣きそうな声、いや、泣いている声でオッサンはそう言った。

「俺の日和に手を出すな」

 無意識のうちに俺は、そう言っていた。

「ほんと、ほんとすいません。もうしません。もうしません」

 オッサンの泣き声をこれ以上聞きたくもないし、時間の無駄か。

「行為に及ぶ前に俺に止めてもらえてよかったな」

 そう言いながら、離れ際にもう一発股間に思い切り膝蹴りを入れてやった。

 ネズミーマウスは、股間を抑えて、痛みに悶えながら、職員以外立ち入り禁止と書かれた扉の中に消えていった。


「おまたせ。日和。何のガシャだったんだ?」

「ツクツクボウシくんシリーズの腕時計ガシャなのです」

「ほお·····」

 また、マニアックなものを·····。

「初めにジェットコースターに乗るのです!お兄ちゃん!」

「ああ、ジェットコースターな·····」

 このデートの計画が成功するとかしないとかを考え過ぎてて、遊園地とはどういう場所であるのかを俺は忘れていた。


 俺は、絶叫系は無理なんだあああああ!!!!!

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