第8話花だけが見ている

 線路の横の脇道を、達哉はさっちゃんと駅に向かって歩いている。


 「二宮先輩、甘いよなあ」


 「ふふふ。おかげでコーラス部の株が一気に上がったよ」


 嬉しそうなさっちゃんの横顔に、達哉はちょっと悔しくなる。


 「俺、頑張ったんだけどなあ」


 ふーっと空に息を吐く。さっちゃんにため息ついているところは見せられない。陸上部に恥をかかせたかったわけじゃないけれど謝罪もされなかったので、なんとなくすっきりしない気分だった。


 「あっ、夕焼け、きれいだね」


 隣でさっちゃんも空を見上げた。

 チラッと横目でうかがうと、上を向いたさっちゃんの顔が、すぐ側にあった。


 (キスしても、いいかな……)


 達哉は突然の衝動にさからえず、さっちゃんの方にそろそろと顔を向けようとした。


 「たっちゃん、ありがと」


 「えっ。なにが?」


 さっちゃんにいきなりお礼を言われて、達哉はよこしまな考えを見やぶられたか、と慌てた。

 今度はさっちゃんの方に大きく首をひねってさっちゃんを見る。


 (バレていませんように……)


 「たっちゃんさ、前にバレンタインのチョコの事、ごまかしてくれたでしょ」


 達哉は全く関係ない話に、面食らってしまう。


 「うん、あったね、そんなこと」


 二宮先輩がいるときに、さっちゃんが最初にバレンタインにチョコをあげたのは達哉だと、友だちにバラされてしまった時の事だ。

 達哉は「さっちゃんと自分は 幼なじみだったから、お母さん買ってきたチョコをあげなさいとさっちゃんに渡したから、達哉にチョコをくれたのだ」と言ってごまかした。


 さっちゃんが困った顔をしていたから。


 「チョコ、毎年手作りだったもんね。お母さんが買ってきたなんて言って、たっちゃんがかばってくれた事、わかったよ」


 あの時、自分がついた嘘なのに、寂しい気持ちがしたことを達哉は思い出した。でももういい。達哉はむくわれた気がしたけれど、ふといいことを思いついた。


 「まあ……、今年も手作りの、くれるって事で手を打つよ。チョコ予約ね」


 さっちゃんは、突然立ち止まった。達哉も立ち止まって、さっちゃんを待つ。サラサラと風が流れる。足元の草も、さっちゃんの髪も、さらさら揺れる。


 「ボウズにならなくて、よかったね」


 さっちゃんが三歩、離れたところから言う。


 「髪なんて、すぐ伸びるよ」


 達哉は髪型なんて、正直いうとどうでもよかった。どちらかといえば、オタ芸をする方が嫌だったが、皆とやってしまったら意外と楽しかったな、と思った。


 「おしっ、帰ろう!」


 さっちゃんに声をかけ、子供の頃、いつも手をつないでいた時のように手を伸ばすと、ピョンっとさっちゃんが達哉の方に飛び跳ねて来て、達哉の手を取った。


 ドキッ。

 心臓が飛び出た。

 達哉はさっちゃんの手をとったまま、動けなくなってしまった。


 (神様、このまま、ずーっと手をつないで歩いて行ってもいいですか?)

 

 ようやく達哉は歩き始めた。さっちゃんの手は達哉の手の中に、すっぽりと収まっている。

 それなのにきゅっと握りしめても、さっちゃんは握りかえしてくれない。最初と同じように、ふんわりと握っているだけだ。

 達哉は自分だけドキドキしているのが悔しくなって、つないでいるさっちゃんの手を持ち上げて、その指先に唇をつけた。


 達哉がかがんでさっちゃんをのぞき込むと、さっちゃんがギュッと目をつぶって息を止めていた。

 達哉はさっちゃんの手の甲に、もう一回口づけた。達哉と同じくらい、さっちゃんがドキドキしているのが分かったから。


 線路の脇に咲いている小さな青い花が、風に揺れた。

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失恋から始めよう 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika

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