第7話勝っても負けても

 勝負の時が来た。

 ピストルが鳴る。

 第一走者は達哉だ。陸上部はハードルだが、長い足でただ普通に走っているように、ハードルを越えていく。

 サッカー部はドリブル、バレーボール部はボール三個持ちだ。野球部はキャッチボールをしながら走っている。その他の部もそれぞれ大なり小なりハンデを課されているが、コーラス部はハンデなしだ。達哉は必死で走った。


 「たっちゃーん、がんばれー!」


 さっちゃんの応援する声が聞こえた。

 負ける訳にはいかない。達哉は何とか一位でバトンを渡した。

 二位は陸上部だ。


 第二走者は陸上部は砲丸を抱えて走るので、ぐっとスピードが落ちる。

 しかし第二、第三走者で半周以上の差がつかなければ、アンカーで多分あっさり抜かれてしまうだろう。気は緩められない。


 去年は第一走者で、すでに断トツのビリだったコーラス部だが、なんとか一位を守っていた。運動部との掛け持ち組が、ハンデなしに走っているのだから当たり前といえば当たり前だ。反対に陸上部は最下位にまで順位を落としていた。

 そしてアンカーの二宮先輩にバトンが渡る。

 あっさりと女子サッカー部のさっちゃんに抜かれる。さっちゃんは高校選抜にも入っている位なので、足も速いしドリブルも上手い。


 陸上部の部長の大橋先輩は百メートルが専門の短距離走者だ。バトンを受け取ると、あっという間にバレー部も野球部も卓球部も抜き去った。

 二宮先輩は男子サッカー部に抜かれ、ハンドボール部に抜かれ美術部に抜かれた。


 残り10メートル。7メートル。5メートル。

 陸上部がすぐ後ろに迫っている。

 

 ゴール!


 ハナ差、というのだろうか。ほとんど同時のゴールだった。とはいえ勝敗は明らかだ。

 グランドが歓声に包まれた。息があがって動けずにいる二宮先輩のところに、達哉は走りよった。


 「やりましたね! アイツらを見返してやりましたよ!」


 達哉は膝に手をついて、荒い息をしている二宮先輩の背中に抱きつく。


 「おおー」


 先輩は達哉を見上げてうなずき、「おわっ!」と声をあげて目を見開いた。達哉の後ろからコーラス部のみんなが一斉にグラウンドに乱入し、突進してきたのだ。

 その中には二宮先輩の好きな三木さんも、達哉の好きなさっちゃんもいた。


 「信じられない!」

 「オタ芸、やらなくて済むー!」

 「見たか、大橋!」


 二宮先輩はもみくちゃにされた。

 達哉はさっちゃんを見ていた。いつでも一瞬でさっちゃんを見つけてしまう。達哉の視線に気付いたさっちゃんが、笑顔をそのまま達哉に向けた。


 体育祭の最後に、負けた方はボウズでオタ芸。それが学校中が知っている勝負の約束だ。

 大橋先輩は、いつの間に刈ったのか、短めのスポーツ刈りでグランドに出て来た。その後から、オロオロと数人が付いて来ている。負けるつもりがなかったので、陸上部がオタ芸の練習などしていなかったのは、明らかだった。

 もともと大橋先輩の暴言から始まった勝負だけに、付いてきてくれる部員も少なかったのだろう。


 グランドのまん中に所在なげに立ち、大橋先輩が謝ってオタ芸をやらずに済ませようとしていた時、スピーカーから大音量でアイドルの歌のイントロが流れ始めた。


 コーラス部員が入場門からグランドの中央に走りこんできた。そして大橋先輩達を取り囲むと、二宮先輩を真ん中にして踊り始めた。キレッキレのダンスはピタッと揃って(二宮先輩以外は)、会場の手拍子を誘った。

 大橋先輩と陸上部員も、照れ隠しに笑いながら見よう見まねで一緒に踊った。

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