第5話ボウズでオタ芸

 だからこそ二宮先輩を侮辱するような言動は許せない。

 たとえ二宮先輩がオタクっぽく見えたとしても。鼻先くらいまで伸びた前髪が、いくらうっとうしいとしても。


 「部長を馬鹿にされて、黙っていられませんよ!」


 コーラス部の部室で事情を説明した後、達哉は叫んだ。けれど達哉に賛同する声はあがらず、他の部達は気まずそうに顔を見合わせるばかりだ。


 変だな? と達哉が首を傾げていると、さっちゃんがポン、と肩を叩いた。


 「でもたっちゃん……。去年はビリだったんだよ……」


 ポンポン。


 「ビリ……?」


 「しかもダントツのね……」


 ふう。

 さっちゃんのため息は、僕と二宮先輩の敗北を予言していた。


 事の起こりは、達哉達の高校で毎年行われる部活動対抗リレーにある。

 部活によって、それぞれハンデはつけられるが、走る競技で運動部が有利なのは間違いない。とはいえ一位から三位までは臨時の部費がでるとあっては、文科系の部活動も目の色を変えて取り組まない訳にはいかないのだ。


 前年度の順位でハンデは見直されることになっているのだが、そのハンデ決めの部活動合同会議に二宮先輩と達哉が会議に出席したのだった。達哉は一年生だが、この時ばかりは足が速い人が出た方がバカにされないだろうということで、バスケット部の達哉がかり出された。

 後から考えてみれば、二年生にも運動部と合唱部の掛け持ちの部員がいるのに、一年の達哉に白羽の矢を立てられたのはおかしい、と思うべきだったのだ。


 会議は達哉が思っていたよりも、激しかった。


 どの部活も自分の部に有利になるようなハンデになるよう、熾烈な戦いが繰り広げられている。他のコーラス部員が、会議に出たがらなかったのもうなずける。

 足の引っ張り合いとも言えるようなやり取りの中、昨年最下位のコーラス部は、ただ走るだけでいいノーハンデ確定だったので、達哉も二宮先輩ものんびり構えていた。


 殺気だった面々には、その余裕めいた態度が気に入らなかったのだろう。

 

 「いーよなぁ。コーラス部は、ノーハンデだもんなあ。まっ、オタク率いるオタ芸部、あっ間違えた、コーラス部にはどんなハンデがあっても負けないから、まあこのぐらいのハンデは仕方ないか」


 と、陸上部から突然の攻撃が飛んできたのだ。

 二宮先輩は口を開いて何か言おうとしたが、結局黙ってしまった。下手に反論して、何かハンデをつけられたりするよりは、相手にしない方がいいと思ったのだろう。

 

「貞子部長、テレビから出て来るのはいつですかあ?」


 二宮先輩が何も言わないのをいいことに、今度は二宮先輩の前髪をネタにしてしつこくからかってきた。体を大きく傾けて、大げさに口を開いたまま、二宮先輩を下から覗き込む様子に、「じゃあ、陸上部がコーラス部に負けたら、大橋先輩は頭をボウズにして、グランドでオタ芸やってくださいよ!」と、達哉が思わず叫んでしまったとしても仕方がない。


 しかし陸上部の大橋先輩は、一年の達哉に啖呵をきられたというのに、急に機嫌がよくなり、「じゃあコーラス部が負けたら、二宮も一年のお前もボウズでオタ芸するんだな!」笑いながら答えた。正確には、爆笑した。


 …ということだったのだ。


 二宮先輩は、コーラス部の部員に話の内容が理解されたと判断すると、

 「まあ、僕はこの髪型にこだわりがある訳じゃないから。別にボウズにしてもいいよ。オタ芸、練習して揃えてやれば、かっこいいかもよ。二人じゃダメだから、悪いけどみんなで練習をしようか」と言った。


 「そうだね! YouTubeで動画探してみるよ」


 さっちゃんも明るく言う。いつも大人しい三木先輩は悲しそうな目をして黙っていた。


 「ちょっと待った! なんで負け確定なんですか? 勝ちましょうよ!」


 達哉はタブレットを借りてこようとしていたさっちゃんを引き止める。


 「えっ、だから……、ムリだよ?」


 「でも、リレーは四人ですよね? 俺、走りますよ。さっちゃんも走ってくれるでしょ? 陸上部にはハンデもあるし」


 「ううん。私は女子サッカーで走らないといけないから。あと部長は絶対にリレーのメンバーに入れるっていうルールもあるんだよね」


 「……!」


 そういうことか。

 コーラス部は運動部と掛け持ちが多いから、一見運動が出来る人もいるように見える。しかし運動部所属の人は、リレーのメンバーはもちろん、メンバーではなくても主とする部活にあだなす行為はしないのだ。

 つまりコーラス部からリレーには出ない。


 「たっちゃんこそ、出ても大丈夫なの?」


 「さあ……」


 キャプテンにどやされるところが思い浮かんだ。しばらくは練習試合にも出してもらう事がなくなるかもしれないな、という考えが頭をよぎったが、そうは言っていられない。


 「お、俺はケンカ売った張本人ですから。俺も負けたら、ボウズにしますよ」


 「おう! 頼んだぜ!」


 二宮先輩とガシッと手を握り合いながら、二宮先輩は足は速いのだろうか、と達哉はふと思った。

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