第2話 店長のサイフォンが割れた。

木のドアを開けると、カランコロンと鈴の軽い音が店の中に響く。店内はコーヒーの匂いで包まれいて、どこか落ち着く。店内は、何故か、青い光に照らされていて、ヒンヤリとした錯覚を覚える。

見渡してみると、なるほど、清涼キャンペーンと題されたポスターが貼ってあった。


「やあ、店長」

「あぁ優香ちゃん。いらっしゃい」


優しげな声をした筋肉質の男性が、新聞越しに返事を返す。


「こんにちは……」


2人は顔馴染みのようで、軽く挨拶を交わす。だが、僕は初めて入る店には何故か警戒してしまう。

店内は、テーブル席が2つ、カウンター席が7つ並んでいた。

カウンターの後ろには、グラス、ティーカップ、コーヒーカップが整然と並んでいて、カウンターには、コーヒーを淹れるサイフォンのお湯がボコボコと沸騰している。


「いらっしゃい、優香ちゃんの友達かな?」

僕に気付いたようで、新聞をたたみ、目が合った。

「あ、はい。多分」


何とも言えない返事をしてしまった。

店長にはどこか困った笑顔を向けられた。

何か気配を感じたので隣をチラリと見てみる。


うわ、無だ。驚くほど無。

なにその眼、何処見てんの。


「あ?どうかしたか?」

「ん?え、あー。あ、来た」


こちらに振り向き、僕の問いかけに気づいたかと思えば、上に何かを見たかのように目線を上げ、彼女は言った。

「?」

「あ!」

僕が疑問を浮かべた後、店長が短い悲鳴が上がった。


皿の様だった彼女の瞳孔はさらに広がった。

カタカタと棚にある食器が揺れ、灯りは何故か黄色味がかった色になった。黄土色だ。

ふっと、店の中央側にある電気以外消えた。

ドレスを着た様にも見える影が浮き、回る。踊り、舞っているように見えた。影は手を繋ぎ、周り、離れ、跳ね、最後に手で輪を作る。

その舞は、そこまで長くなかったものだと思う。だけれど、だけど、僕には永遠にも思えた。


影が手を繋ぎ、輪になり、お辞儀をしたような仕草が見えた後、唯一付いていた灯りが消え、パリンとガラスの割れる音の後に、ジューッと蒸発したような音がして、青い光が戻ってきた。目が慣れると、蒸気がハッキリと見える。


「あーあ、“また”だよ」

「すまない、店長。早めに言っておくべきだった」

谷口さんが申し訳なさそうな態度で店長に言った。

「まぁ……いいさ。あ、それより彼、大丈夫?」


店長は、僕の方を心配そうに視線を送った。幸い、怪我はなかった。


「はい。大丈夫ですけど……さっきのは」

「あー……なんだ、天災?っつーかなんつーか」


店長は、手慣れた手つきでサイフォンのゴミをかたしている。いったい何本目だったのだろう


「受信とでも言うべきか。一方的でね」


谷口さんは、いつの間にかカウンター裏の冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し、グラスに注ぎながら口を開いた。


「断片的にだけれどね」

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谷口ちゃんは電波な娘 B面 クラウドストーリー代理 @kkkkkkkkkkkkk

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