三節 魔力

「……てな訳で、まずは〝魔力〟について色々と教えて欲しい。知っておきたい事が山ほどあるんだ。今日中に消化しておきたい」


 協力を誓う握手を解いた僕は、精霊にそう告げる。〝魔力〟の存在を受け入れる、と決めたものの無知なままでは話にならない。それに明日も普段通り登校日だ。対処法を抑えておかないと大惨事になってしまう。だから、せめて基礎知識だけでも今日中に把握しなければ。


 僕の要求に精霊は強く頷いた。


「勿論です、マスター。魔力は情報量の多さ故に、基礎知識を抑えるのは重要な事。何なりとお訊き下さい」


「オッケー。そうだな、じゃあ最初に〝魔力〟そのものの正体について説明して貰えないかい?」


「了解しました」


 こほん、と精霊は咳払いし、仕切り直すように再び口を開いた。


「魔力とは本来、人それぞれが宿す生命力が源となったもの。魔力者の人もそうでない人も、誰もが身体の奥に宿しているものなのです」


「え、ちょっと待って」


 説明が始まって僅か数秒。早速解き放たれた衝撃の一言に、僕は思わず精霊の言葉を静止させてしまった。


「その言い方だと、母さんとか友達とか、周りの人全員が〝魔力〟を宿していると言ってるようなものじゃないか。けどみんな〝魔力〟に目覚めてない。何だかおかしくないか?」


「えぇ、そこが〝魔力者〟と呼ばれる者と、そうでない者の違いなのです」


 精霊は説明を再開する。


「魔力に目覚めた者の扱う力は、魔力が活性化されたもの。正確に言えば、感情の昂り等、何らかの原因で体内に宿る魔力が刺激を受け活性化し、可視化、具現化が為されたものです。これが魔力の〝本来の姿〟。そして、魔力が目覚め具現化される事を〝魔力解放〟と言います」


「魔力、解放……」


「魔力による超能力は、その人の特徴や個性等を表したケースが殆どです。炎を操る者もいれば、空を駆ける者もいます。そして、魔力を我が物として制御し、自在に操る人の事を〝魔力者〟と呼びます」


「な、なるほど……」


 今までの〝魔力〟に対する捉え方が一気にひっくり返る、まさにそんな感じだった。

 僕は〝魔力〟は特定の人が突然目覚めるものだと、そう捉えていた。しかしそうではなかった。〝魔力〟は魔力者だけが宿すものでは無い。誰もが奥に秘めていたものだったのか。


 不思議な感覚だった。むず痒いような安心したような。視点がガラリと変化した事によって、心の奥底にあった緊張感や不安が少し緩和した気がした。


 しかし〝魔力解放〟か。随分とストレートな名称だな。精霊自身が名付けたのか。はたまた魔力者の中での共通単語なのか。


「……つまり、さっき手が白く光って君の姿が現れたのも、僕の秘めた〝魔力〟が具現化されて起きた現象、と言う事なのか?」


「そうです。それこそが貴方様の魔力による力です」


 僕はふと手に目をやる。まだ微かな痺れを感じる。それに今まで感じなかったものが流れているこの感覚も未だに慣れない。数分しか経ってない故に当然な事だが、いつかこの感覚も、血流みたく当たり前な事として意識しなくなるのだろうか。


「……けど、感情の昂りか何かで活性化されるって言ってたよね。僕は特に変な感情は抱かなかった気がするんだけど、そこは個人差なのか?」


「そうですね。マスターの様に、感情云々とは関係の無い例もあります。但し、活性化される特徴に関しては違いが無いので、基本的には同じ様なものです。マスターの仰る通り、個人差ですね」


「なるほど……まぁ〝魔力〟が何たるかに関しては概ね理解したよ」


 僕は頷きながらそう言う。


「にしても、あんなに自分で心配してた割に勝手に魔力が発動するって事は無いんだね」


「マスターの魔力は〝召喚系〟の魔力です故、制御の方法が他と比べ安易だからでしょう。しかし、無理に力を入れれば無自覚に能力を発動してしまうかと思われます。私を現界した様に」


「確かに、それは違いないな……」


 そう言いつつ、恐る恐る右手を開閉する。この程度では〝魔力〟は発動しないらしい。取り敢えず一安心。


「どうすると〝魔力〟が発動されるんだ?」


「そうですね……。まずは目を瞑って下さい。最初はその方が発動し易いかと」


「ん? 解った」


 精霊の指示通り僕は目を瞑った。先程よりも体内の何かが流れる感覚が鮮明に意識出来たような、そんな気がした。


「では次に掌を上に向け、身体の力を抜いて下さい。そして、体内に流れる魔力を感じて下さい。」


 僕は頷き、掌を上に向け膝に乗せる。身体の力を抜くよう深呼吸をし、体内を巡る何かに意識を集中させる。そして改めて自覚する。成る程、これが体内を〝魔力〟が流れる感覚か。


「少し力んでいますが、まぁ良いでしょう。ではそのまま魔力が掌に流れるよう念を込め、をイメージしてみて下さい」


「? 解った」


 首を傾げつつも僕は掌に念を込め、魔力がそこに流れてゆくように意識を研ぎ澄まし、深く息を吐く。魔力が腕に流れていくのを感じた後、精霊が現界した時に掌に現れた白光を思い浮かべる。


 すると、身体中を巡っていた魔力が掌に蓄積され、徐々に微かな熱を帯びるのを感じた。それが更に中央へと収束されたのを感じ取ったのちに。


「眩しっ……」


 黒い視界が段々と白に染まり、やがて目の奥に痛みを感じる程の強い光を自覚した。僕は目を開く。見ると、両掌それぞれの中央で強い白光の球が一つずつ浮かんでいるのが映り、目を見開いた。先程と同じ光景。しかし、何処か初々しさを感じるような、そんな気がした。


「その調子です。では最後に、その光を放つ様に意識し、掌に力を込めてみて下さい」


 僕は頷くと、指示通りに白光が宙に浮かぶ様子を連想しつつ掌に力を込める。目を思い切り瞑る程強く、しかし壊れ易い物を扱うように慎重になりながら。すると二つの白光は高く上昇し、僕の頭上まで上がった後にお互いで追い掛け合うように旋回した。仄かに温かく優しげな雰囲気を感じる。


「最初にしては上出来です、マスター。あの二つの小さな白光は精霊の幼体。私の様に人型になる前の姿となります」


「精霊の、幼体?」


「えぇ。これこそが、マスターの魔力〝精霊〟の要となる技。貴方様の能力は〝凡ゆる精霊を現界し、自在に操る魔力〟となっています」


「精霊を操る……か」


「故に、先程貴方様が現界したこの幼体達も、貴方様の意志で動かす事が可能となっております。マスターの現界した精霊達は、私も含め意志を共有しておりますので。但し、魔力を行使した状態に限りますが」


 精霊の言葉を聞きつつ、半信半疑で白光達に向かって右手を外側へと振るい、右に行くよう指示してみる。するとそれに呼応するかのように、二つの白光は振るった腕と同じ速度で右に大きく移動する。おぉ、と感心しつつ左へ行くよう腕を振るうと、やはり僕のイメージ通りに白光達は動いた。成る程、精霊の言った通りだ。

 

「因みに幼体達の姿を消したい時も、同じ様にそう連想して合図を送る事で、指示通りに姿を消します」


「姿を消したいって……何か物騒な物言いだな」


「まぁ死ぬ訳では無い故、御安心を。そもそも我々は霊体なので、元来死んでいる身です」


「それも、そうか……」


 気乗りしないまま、白光達に姿を消すよう指を鳴らして指示を送る。すると、ふっとその光体が一瞬にして消え、代わりに白い靄がそこに微かに残った。少し虚しい気分になったが、精霊の物言いだとまた僕の指示で現界させれば良いから大丈夫なのだろう。まぁ、魔力を行使するまでが大変だし、幼体達を物扱いするのは気が引ける。


「まぁ、取り敢えずは人前に出さぬよう訓練すれば大丈夫かな。まだ少し心配だけど」


「マスターなら大丈夫でしょう。貴方様自身素質がありますし、魔力の特性上人を襲う事は滅多にありません。感情が昂らない限り、心配は無いかと」


「ありがとう、精霊さん。君が居なかったら、今頃大パニックだったよ。……それにしても」


 ここでふと、ある事が引っ掛かった。顎に手をやる僕を見てか、精霊は疑問そうに首を傾げる。


「どうしましたか、マスター。先程の説明で何か不明な点でも?」


「あぁ、いや。特に大した事じゃないんだけどさ……」


 そう言い掛けて、僕は精霊と目を合わせる。

 そう、全く重要な事では無い。


「……君って、何か名前とか無いの? 君の言う通り僕が精霊を操る魔力なんだったら、いつまでも精霊さん呼ばわりだと、何だかややこしくなりそうなんだけど」


「あぁ、成る程。そう言う事でしたか。しかしマスター、私達精霊は基本、名を持たぬ種族です。無論、例外もありますが。私の様に現界したばかりの身であれば尚更です」


「え? そうなのか?」


 確かに納得は出来る内容だったが、少し驚いた。彼も結構博識だったので、てっきり名高い精霊なのかと思ったが、どうやら違うようだ。例外と言うのは、神話等で登場しそうな四大精霊のようなものだろうか。


「えぇ、しかし今後の効率を考えれば、確かに名を持った方が合理的でしょう。故にマスター、私に名を与えて下さい」


「え、僕が?」


「はい、宜しくお願い致します」


 突然の事で驚く僕に対し、精霊は真剣な眼差しで此方を見つめてくる。その視線と勢いに負け、項垂れて了承する。


「……解ったよ。僕で良いならそうさせて貰うよ。そうだなぁ……なるべく呼び易い名前が良いんだけど……」


 そう悩んだ末に、一つ案が頭の中に浮かんだ。彼には合わなそうな名前だけど、どうも掴んで離さない、とある名前が。


 思考の末に無意識に下がっていた頭を上げ、僕は精霊にその名を提案する。


「……〝チャック〟なんて、どうかな?」


 提案した直後、流れた沈黙。その後の第一声を、精霊は不思議そうな目で発してきた。


「何故、その名にしたのですか?」


「何故って……いやぁ、特に大きな理由は無いと言うか。ふと頭に浮かんだのが酷く気に入っちゃってね。嫌なら変えるよ?」


 その理由を述べた後、再び沈黙が流れる。

 けれどその沈黙は先程よりも短く、精霊の苦笑によって断ち切られた。初めて見る、生真面目そうな彼の見せた小さな笑い顔。それを見て今度は此方がキョトンとした。


「え、どうした? やっぱり可笑しかった?」


「えぇ、まぁ可笑しい事は違いないのですが。しかし気に入りました。意味の無い名だろうと、私もこの響きが好ましい」


 そう言って精霊は顔を上げる。協力を誓う握手を交わした時と同じ、優しげな笑みを浮かべていた。


「そ、そっか。気に入って貰えたなら良かったよ」


 少々困惑気味で僕は言った。しかし精霊、改めチャックが名を気に入ってくれて安心したのだろうか、いつしか僕も釣られて笑っていた。



 ––––と、その時だった。



 ドタドタと階段の方から響く慌てたような足音。何事だ、と疑問に思いドアの方を見やった直後、その扉は開かれた。母さんだった。


「ど、どうしたんだよ急に……」


 僕のその声色は呆然に満ちていた。しかし母の普段とは違った様子を見て、呆然が驚愕へと変わる。母は酷く、慌てた様子だった。


「どうしたの? 母さん」


「大変よ、シルク……」


 母は真剣な眼差しで僕にその事実を告げる。



「日野子ちゃん家が……火事になったって」



「ッ⁈」


 ……気付いた時にはもう身体が動いていた。母が背後で何か言っていた気がしたが、頭の中が驚愕と混乱に満ちて上手く聴き取れなかった。階段を三段飛ばしで降り、玄関で靴を履いた後、無我夢中で家から飛び出した。


 日野子の家が燃えた。

 その言葉がどうしても、信じられなかった。


 何かの間違いでありますようにと神様に懇願しつつ、日野子の家へと走って向かう。その願いを容易く裏切るかのように、彼女の家の方角で紅の光と煙が闇夜で煌めくのだった。


 

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