一節 出会い
「ただいま」
学校から帰宅した僕はそう呟く。
すると居間から母の声が聞こえてきた。
「おかえり、今日の学校はどうだった?」
「……いや、別に。特にいつもと変わらないよ」
疲れが溜まっていた僕は母の言葉を適当に返し、重たい足で階段を登る。
やがて自室に着くと、そのまま磁石の様にベッドへと吸い寄せられた。重力に身を任せ、その勢いでふかふかの毛布へと飛び込む。
「……ハァ」
ぼすん、と沈む毛布。
その沈みと共に僕は深い溜息を吐いた。
目蓋も段々と重くなってくる。全身が重りが掛かってるかの様に重いし、頭も回らない。どうやら、想像以上に疲れが溜まっているらしい。
帰宅部である僕がここまで疲れているのだ。そう考えると、部活に取り組んでいる人達は本当に凄いな。授業の疲れを背負いながら、また更に疲れの溜まる様な活動をする。ほんと、彼等の気が知れないよ。
部活と言えば、日野子も中学に引き続きバレーボール部に入部したと聞く。まぁ、彼女は身体を動かす事を好んでいるし、バレーに関してもそれなりの実力を持っている。だから何となくこうなる予感はしていた。
思い返せば昔、最優秀選手賞を獲ったとも言っていたからな。当時は彼女からの自慢の嵐が雪崩れ込んできてうんざりしていたが……まぁそれも彼女の持つ可愛げと言うものなのだろう。同時に彼女のそんな栄光は僕にとっての自慢でもある。だから、幼馴染みとして彼女を誇らしいとも思っているのだ。
まぁそんな事はどうでもいい。
僕は寝返りを打った。
ふと眠たい目を映すと、棚の上に置かれた、額縁に収まった一枚の写真が視界に入り込む。
それは数年前に撮った家族写真だった。僕と母、妹、そして、未だに帰って来ない父の姿が映った––––。
––––嫌な事を、思い出してしまったな。
皆の笑顔が浮かぶその写真を見て、僕は少しばかり胸を痛める。
「……あれから、どれぐらい経つんだろう」
僕は細くなった声でそう漏らした。
そんな僕の頭に、父との思い出がふと浮かんだ。
外国人の父はとても優しくて、正義感の強い人だった。ユーモアに溢れていて、父と過ごした時間は掛け替え無く、そして何よりも楽しいものだった。
そんな父は数年前、仕事の関係で海外へと出張に行った時に行方が解らなくなってしまった。電話も繋がらず、連絡も途絶えてしまった。しかし当時はそこまで大事では無いだろうと考えていた。きっと多忙で連絡を入れる暇も無いのだろう、だから気長に待っていれば連絡が来るだろうと、そう信じていた。
……それが災いとなったのだろうか。
意地悪で無慈悲な憎き神様は、僕達家族に更なる不安を重ねた。
父の連絡が途絶えてから一週間後、その出張先の地方でとある不可解な事件が起きた。その様子をニュースで見ていた時、あまりのショックでテレビから目を離せなかったのをよく覚えている。頭が真っ白になり、そして、胸の底から言葉にならない重たい何かが迫り上がるのを感じた。
なんと、その地域の村一つが、一晩で消失してしまったのだ。面影は一切残らず、そこにあったのは、どでかいクレーター一つだけだった。この事件の行方不明者は、数万にも及んだ。
生存者曰く、『突如現れた巨大な掌が地面ごと村を掌握し、一瞬にして消失させた』とオカルト地味た事を慌てながら発していた。あまりのショックで見た幻覚としてメディアは取り上げたが、この発言を機に〝魔力〟の存在が世に知れ渡った。
勿論、詳細は未だに解っておらず、議論が続いている。〝魔力〟によるものだの、自然災害だの、大規模なテロ事件だのと。しかし、どの説にも矛盾が生じ、事態は進展しないまま止まっている。
当然、他の多くの行方不明者は誰一人として見つかっていない。現場には何も残らなかったので、死体ですら発見されないのだ。
父もその事件に巻き込まれたのではないか。そんな事を考えた時期もあった。しかし母はその考えを否定した。父はどこかで生きている、だからそんな弱気になるな、と父の生存を誰よりも信じていた。
しかし僕の中では、そんな希望の光は差し込んで来ない。もうどこかで、諦めているのかもしれない。
でも……、もしもだ。
本当にどこかで生きているのなら––––。
……いや、可能性は極めて低いか。
父は家族思いだ。一日一回は連絡をくれる様な人なのにここ数年も連絡が来ないのはあまりにもおかしい。本当にあの事件に巻き込まれ、命を落としたのかもしれない。それか、僕達家族を見捨てたか……いや、もっと有り得ないか。
でも、もしどこかで生きているならば––––。
––––また、笑って話がしたい。
そんな微かな〝希望〟が頭に浮かんだ。
それ以上の事は、あまり深く考えられなかった。
強い眠気で頭が働かず、うつらうつらと視界もはっきりしなくなったからだ。
そして、僅かに空いた心の穴が眠気で埋まってしまったのを最後に。
僕の意識は暗闇へと落ちていった。
「…………うーん……」
……まずい、眠ってしまっていたのか。
どれぐらい寝てしまったのか。いや、何であれまずい。早く宿題を終わらせなければ、母に怒られてしまう。それに、昨日録画した番組も早く観たい。
とりあえず、起きないと。
僕は重たい瞼を擦りながら、重力の掛かった身体をゆっくりと起こした。
「眩しっ……」
途端、強い発光が眼に入り込み、目を細めた。
何だろう、この光は。
部屋の蛍光灯だろうか。でも帰宅してから、部屋の電気を点けた覚えが無い。
誰かが点けたのだろうか。今の時間であれば母さんぐらいしか居ないけれど、そうだとしたら寝ている僕を起こす筈だ。それに、蛍光灯にしては眩し過ぎる様な……。
そう考察を進めながら、僕は天井を見る。
「…………?」
しかし、おかしかった。
僕は目を凝らしてもう一度注視してみる。
「……電気が、付いてない」
やっぱりそうだ。間違いない。
この光の発生源が蛍光灯では無かったのだ。
「じゃあこの光は一体……」
僕は困惑し、ふと目線を落とす。
「…………––––––––ッ⁈」
そしてその目に映ったものに驚愕し、絶句した。
––––自分の手が、光を灯していた。白く、目が眩む程の強い光が、掌に発せられていたのだ。にも関わらず、掌に違和感は何も感じられなく、僕の恐怖をより一層駆り立てた。
「な……何、で……?」
一体全体どうしてこうなったのか。何故掌が光っているのか、冷静さを失った僕の脳では全く以て理解が出来なかった。いや、いくら冷静になろうと、この状況が理解が出来るだろうか。
手が光っているのだ。人体の特徴上まず有り得ない事が起こっているのだ。そんな状況で理解しろと言う方がおかしいだろう。
しかし、謎は連鎖し、新たな異変が僕の身を襲った。
「––––––––––つッ!」
突然、体内を異様な感覚が走った。
まるで、全身の血管が麻痺したかの様な。
何事かと身体の様子を確認しようとしたその時、身体の奥底で何かが流れ始めたのを感じた。
正体は解らない。けれど血液では無い事を何となく察した。
「な、何なんだよ……! 何がどうなってるんだよ……!」
気味が悪かった。自分の身体が自分の物じゃ無くなったみたいで。自分が人間じゃなくなってしまった様で。
とてつもない恐怖と理解が追いつかない困惑とで頭が真っ白になり、微かに身体が震える。謎の感覚が変わらず流れる中で、血の気が引いていく。
やがて、体内を流通していた何かが掌に収束したのと同時に、白光がより一層強くなった。そして––––。
––––靄の掛かった小さな白光の塊が、掌の光の消失と共にその上に出現した。
「–––––––––––––っ」
まるで命の灯火の様に、温かく柔らかな雰囲気を醸し出しているそれは、そのまま風に流れるかの如く宙を真っ直ぐと移動し、僕の目の前で静止する。そして、まるで僕の姿を認識したかの様に再び強く発光し、みるみるうちに変形していった。
その神秘的な光景に言葉を失った。
先程の異様な感覚は消え、恐怖も無意識に薄れていた。
しかし、状況の把握は未だに出来ていない。当然だ、非日常的な光景がまだ目の前に広がっているのだから。
あの光は一体何なんだ。
僕の身に何が起きてるんだ。
そう苛立ちと恐怖が混ざるのと同時に、脳裏に幼馴染のある一言がふと浮かんだ。
『シルクは、〝魔力〟って信じる?』
〝魔力〟……。
まさか、あれが〝魔力〟の正体なのか?
……いや、違う。そうである筈が無い。
僕は混乱の余り、頭を抱えた。
〝魔力〟なんて所詮ただの作り話だ。宇宙人とか妖怪とか都市伝説の様な、オカルトの類いに他ならない。だから、あの光は〝魔力〟なんかでは無い。
そうだ、そうだよ。僕は夢を見ているんだ。とてつもなく恐ろしく現実味の強い悪夢に魘されているんだ。さっきの変な感覚も、貧血とか金縛りみたいなものだ。だからきっと、もうすぐ覚めて––––。
「……随分と焦られている御様子で。余程この状況から逃避したい様ですね」
…………声。
低く、淡々とした男声が、混乱した僕の耳に入り込んだ。今まで耳にした覚えの無い、落ち着いた美しい声だった。
「だ……誰だ?」
謎の声に問い掛け、俯いていた顔を上げる。
気付けば、目の前の白光は、みるみるうちにその形状を変化させていた。
先程までの丸びた姿は面影を無くし、徐々に人型のシルエットを形作っていた。そのサイズも、僕の上半身程にまで大きくなっていく。
やがて光は徐々に弱くなり、その姿が明確になっていく。顕になった光の正体に、僕は目を見開いた。
それは、顔の整った美しい男性の姿だった。
相変わらず全身が白びた彼は、クールで落ち着いた雰囲気で、漫画でよく登場する執事のイメージが強かった。
一見普通の格好良い男性だが、明らかに他とは違う点があった。
彼には下半身が無かったのだ。
腰から下が見えなく靄が掛かっており、その場で浮遊していたのだ。
世間一般では彼の事を〝幽霊〟と呼ぶだろう。
しかし、彼はそんな名で呼べる様な存在では無い。彼の身からは、どこか温かく神聖なオーラが溢れていた。神秘的で、幽霊なんかと同類に出来ない様な、そんな雰囲気がしたのだ。
彼の事を例えるならそう––––〝精霊〟だった。
アニメとかゲームとかで出てくる様な、神殿や神域を守護していそうな神秘的な霊体。彼はそんなイメージがしっくりきた。
でも、実際精霊なんて存在しない。それこそ、オカルトの代表例だ。そんな者が現実に存在する訳が無い。やっぱり夢を見ているんだ。最近遊んだスマホゲームに精霊が登場したから、その影響だろう。
早く目よ、覚めてくれ––––。
そう強く願った所で、男が深々と頭を下げた。
「……初めまして、我が新しきマスター」
彼は淡々とした口調で言った。
先程聴いた謎の声と全く同じ声色で。
僕はふと彼の方を見た。
「私を現界したと言う事は、貴方様は〝精霊〟の魔力に目覚めし者。故に今後、私は貴方様に従え、凡ゆる危険から守護する事を約束しましょう」
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