第18話 戦士の誇り

「待ってやあああああああ!」


 突如。直人の絶望を、聞きなれた声と共に、上空から飛来してきた槍が切り裂いた。


 いや、槍ではなかった。


 ズドン! と音を立てて、怒り狂っていたクロガモの足の、カギ爪の数ミリ前に突き刺さったのは、ひらひらとはためくのぼりであった。


『あなたの味方。カモ商会』


 ど派手な模様と丸文字が、緊張感を一撃で粉砕する。


「お待たせや!」


「マスター! ハッキング、完了しました!」


 突然二の腕から聞こえたアリスの声。


「ハッキング?」


 直人が何のことかと問いかけるまもなく、街中の沈黙していた街頭モニターがパッと起動した。


『聞け! クロガモ族の戦士よ!』


 街頭スピーカーから、アジュガの声が響く。


「な、なんだ?」

「マスターが結さんとバイクで走っている間に、マスターのチャットアプリを使用してネギやんさんやアジュガさんと作戦を練りました。エヴァナブルグのオンエアチャンネルをハッキング。アジュガさんの端末のカメラから放送しています。カメラマンも、ネギやんさんが連れてきてくださいました。頼りない軍人風の方でしたが」


 アリスが早口で言う。よくわからないが、アリスにずいぶん勝手に自分の端末を使われていたことだけは解った。


『私は、カルガモ族族長ガマズミが長子、スイレン様の従者、アジュガである! みな、戦闘をやめて我が声を聞け!』


 アジュガの声はカモ語だったが、数秒後に翻訳機が翻訳した人間の言語が流れた。


『シゼルカンド、エヴァナブルグ、両軍も聞いてください! これは仕組まれた争い! 我々は騙されているのです!』


 まもなく、起動した街頭モニターたちに、アジュガの姿が大映しで映った。

 アジュガの横には、なにやら金属でできた棒が見える。

 十字型のオブジェの根元だ。


「こっちや!」


 ネギやんがそう言いながら教会の屋根の上から舞い降りた。


「せいやっ!」


 呆気にとられているクロガモ戦士に、ネギやんが一撃、べちん! と、とび蹴りを食らわす。


 巨大なクロガモ戦士が、どすんと音を立てて教会の玄関から突き落とされると、一瞬、その場のほぼ全員がネギやんを見た。


「屋根や! 屋根を見い!」


 ネギやんの絶叫に、人間たちが思わず教会の屋根を見上げる。

 つられるようにして、クロガモ族たちもそちらを見る。


 十字型のシンボルの上に、白いヴェールをたなびかせて優雅にとまっているのは、スイレン姫だった。

 あふれ出る気品。

 すらりと伸びた首。

 他に、これほどまでに美しいカルガモがいるだろうか。


 戦場が静まり返る。


 そこに響いた、アジュガの声。


『控えよ! スイレン様の御前である!』


 鋭い、怒りと、悲しみをこめた、アジュガの絶叫。



 小さな小さなアジュガの、何百倍もあるであろう巨体のクロガモたちは、みな雷に打たれたように硬直し、一羽、また一羽とひれ伏し始めた。


 頼みの綱であったクロガモ族たちの思わぬ行動に、シゼルカンド兵たちは戸惑い、クロガモたちから離れてどよめいた。

 エヴァナブルグの兵士たちも、突然のクロガモたちの行動に困惑して後ずさった。



 結と直人が、教会の屋根に向かってひれ伏す黒き戦士たちを見つめているそばで、ネギやんが手早く、撃たれたクロガモの応急処置を始めていた。


「いーい薬、入ってまっせ! お代はダイヤ殿にツケとくよって!」


 ネギやんが人間の言葉でそう言うと、結がはっとなって慌てて端末を取りだした。


「えっ! いいよ! 私が払うよ!」

「ほんまでっか? まいどっ!」


 荘厳な雰囲気に響く、キラキラしい電子決済音を聞きながら、直人は、ネギやんを本物の幸せの使者のように思ったことを、こっそり撤回した。


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