第17話 戦場

 直人たちが教会に到着すると、周囲はすっかり戦場となっていた。

 直人たちは、クロガモやシゼルカンド兵と応戦するエヴァナブルグ兵たちの間を、ほとんど無理やりバイクで駆け抜けた。


 鳴り止まない銃撃の音。

 空を切ってあらゆるものをなぎ払う、クロガモが何かを叩き壊す音。

 兵士の悲鳴。

 銃で撃たれた、クロガモの苦悶の鳴き声。


 これは、これはいったい何なんだ。

 ただの殺し合いだ。

 資源?

 技術?

 誇り?

 いったい何の意味があるんだ。

 ここにいる全員の頭にあるのは、一様に「死にたくない」という思いだけじゃないのか?


 直人が押し寄せる感情の波に負けそうになったときだった。


「いやああああああああ!」


 背中からひび割れた絶叫が響いた。


「結!」


『やめて! やめてください! スイレン姫は生きています! キリシマも、和平条約が結ばれれば、二度と資源を盗んだり、攻撃したりしません!』


「……!」


 直人は慌てて教会の入り口にバイクを停めて、結を支えて下ろした。

 ほとんどパニック状態の結を、半ば抱きしめるようにして教会の中を目指して走る。


「もういや! もうやめて! やめてよう……!」


 直人の腕の中でも、結の叫びは止まらなかった。

 そこへ、クロガモが一羽飛び出してくる。


『我らクロガモ族を惑わそうなど、許せん!』


 直人には解らない言葉を叫びながら、そのクロガモは羽を鈍く光る刃に変えて、振り上げた。


「……っ!」


 とっさに結を自分の背にかばった直人と、大きな刃を向けるクロガモの間に、一羽のクロガモが急降下してきた。


 ――ギィンッ!

 鋭い音と火花を散らして、羽の刃と刃がぶつかり合う。


「あっ、あなたは……」


 結が目を見開いた。

 直人と結を護ったのは、さきほど二人を逃がしてくれたクロガモだった。


『おのれ、裏切り者が!』

『人間の少女よ! スイレン様が生きているのは、本当かっ?』


『はっ、はいっ!』


 結が答えながら、直人の前に出る。

 直人は結とクロガモが何を話しているのか解らず、戸惑いながらも結を下がらせようと腕を伸ばした。


 そのとき。


 銃撃の音はさっきから休むことなく鳴り響いている。


 その音のどれが、元凶だったのだろう。


 結が手を伸ばした先で、二人を護ろうとしていたクロガモの戦士の身体に、凶弾が突き刺さった。


 直人が反射的に真横を見ると、すぐそこに、エヴァナブルグ兵がこちらに銃口を向けて立っていた。


「きっ、君たち、早く逃げなさい!」


 すっかり動揺しきったその兵士は、震える声でそう叫んだ。


「なんてことを……!」


 どさりと、結の足元にクロガモが崩れ落ちる。


『逃げ……ろ……』


 結に、震える声で言った瀕死の戦士の向こう側から、『がああああああああ!』と雄たけびをあげて、怒り狂ったクロガモが刃を振り上げた。


 結は、もはや涙にぬれた顔で、常軌を逸したクロガモの刃を、見つめることしかできないでいる。


「くっそおおおおおお!」


 直人は腰のホルスターに納まっている拳銃に手をかける。




 ――もう

 ――もうだめだ

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