第16話 祈り

 直人は、商業区画のメインストリートに隣接する狭い路地を、バイクで疾走していた。

 追いかけてくるクロガモたちは三騎に増え、結が拡声器を構える余裕すらなかった。

 それでも結は、必死に声を張り上げて、カモ語を話した。

 カモ語を話すのには、かなりのどに負担をかける。結の声はだんだん、かすれてきていた。


『スイレン姫は生きています! 本当です! これは、仕組まれた、無駄な、争い……』


『おのれ、まだ言うか!』

『陸の人間には、もう二度と騙されないぞ!』


 クロガモの言葉は直人には解らない。アリスに翻訳を頼もうにも、バイクで走行しているため、風の音がうるさくて端末アリスが彼らの声を拾うことができないのだ。

 だが、その声の荒々しさから、激怒しているであろうことは伝わってくる。

 どうやら、背中のシゼルカンド兵を、いつの間にか振り落としたクロガモもいるようだ。


「くそっ!」


 ――どうして! どうして、誰も聞いてくれないんだ!


 苛立った直人の目の前に、立体駐車場が見えた。

 とっさの判断で、直人は立体駐車場の狭い入り口に滑り込んだ。

 一羽が追いかけてくるが、残りの二羽は建物の外へと散っていく。

 追いかけてきた一羽は、駐車されていた車をトンファーに変えた羽でなぎ払いながら、すさまじい勢いで追いかけてくる。

 結が必死に直人にしがみつく。

 直人は、まっすぐに立体駐車場を抜けて、逆側の出口からさらに別の路地へと抜けた。

 土煙と共にクロガモが立体駐車場を抜ける頃には、直人は路地を曲がって、パレード会場の隣の、露店が並んでいた区画に出た。

 残り二羽のうち、シゼルカンド兵を背に乗せたクロガモが追いついてきて、背後からシゼルカンド兵が発砲してきた。

 結の悲鳴を聞きながら、ほとんど運だけで銃撃をかわす。


「あ! 直人! 前! ちょっと上!」


 結が叫ぶ。

 前方右斜め上、結がさしたであろう方角の空に、幾分小さなクロガモと並んで飛ぶ、一羽のカモが見えた。

 トレードマークののぼりに、リュック。あの丸々しいフォルムは間違いなくネギやんだ。

 教会の方向へと向かっている。


「アジュガくんと連絡が取れたのかな?」

「あのクロガモは……まさか、ネギやん、捕まったんじゃないだろうな!」


 直人がいやな予感を口に出した瞬間、トンファーを構えたクロガモがすぐ前の角から飛び出してきた。

 挟み撃ちにされたのだ。


「くそっ!」


 直人が衝突を覚悟した次の瞬間。

 トンファーを構えたクロガモの頭上から、シゼルカンド兵を乗せていないクロガモが急降下してきて、片羽を棍棒に変え、思い切りトンファーのクロガモの横腹を打った。


『何をする!』


 トンファーのクロガモは、すんでのところで攻撃を受け止めたものの、よろめいて倒れた。

 背中のシゼルカンド兵が投げ出される。


「何だ?!」


 直人が驚きながら、自分のすぐ横をすり抜けていくのを、棍棒のクロガモは、長いまつげをふせて悲しそうに見送った。


『男の方は軍人のようだが、後ろの女は、やはりどう見ても民間人だ!』


 結の耳に、棍棒のクロガモの怒声が聞こえた。


『あ、ありがとう!』


 結は慌ててそう叫んだ。クロガモは振り向きもしなかった。


「なんだか解らないけどチャンスだ、今のうちに教会に戻ろう」

「あのクロガモ、私が民間人だって、襲うなって言ってくれてた」

「本当かい?」

「うん、しっかり聞こえた!」


 直人は結の言葉に驚きつつも、教会へと急いだ。


「クロガモ族ってのは、本当に誇り高い戦士なんだな」


 直人がぼそりと呟くと、結は、直人の背に、そっと頭をもたれかけた。



 二人が走り去った通りでは、一羽の戦士が、シゼルカンド兵を乗せた二羽の同志から武器を向けられて恫喝されていた。


『貴様! 裏切るか!』


『違う! 彼女の目を見なかったのか? あれは嘘を言っている目じゃない! 民間人の少女が、あんな必死にスイレン様の生存を訴えていた! しかも、彼らは我々に、一度だって反撃していない! 我々は誇り高き戦士だ! 泣き叫ぶ民間人を襲うなど……』


『臆したか、クロガモの恥さらしめ!』


 恥さらしとまで言われた戦士は、瞳に怒りの色をにじませた。


『――そうだ。怖くなったのだ』


『なんだと?』


『戦う理由も目的も、何もかも、深く考えもせずに……族長の命令だというだけで、他者の生命を奪うなんて。そんな愚かな生き物に成り下がるのが、怖くなったのだ!』


 戦士は、同胞をきっとにらみつけた。


 シゼルカンド兵たちは、クロガモたちが何かを話し合っているのを苛立ちながら見ていた。


「どうしたんだよ、こいつら。なんで急に仲間割れを始めたんだ?」

「さっきのバイク、民間人が乗っていたからな。戦士の誇りにかかわることだったんじゃないか?」


『貴殿らも真の勇敢な戦士なら、あの人間の少女が言っていたことの真偽を確かめる勇気があるはずだ!』


『話にならん』

『我らは行くぞ。お前の行動は、ダイヤ様に報告する』


 そうはき捨てるように言うと、一羽をおきざって二羽が飛び立つ。

 シゼルカンド兵たちは、慌てて背中によじ登った。


 置き去りにされたクロガモは、羽を元に戻し、戦場を広く見通すためにまっすぐに上昇した。

 上から見下ろしたら、何か新たな真実が見えるかもしれない。


 結の言葉は、祈りは、わずかでも届きつつあった。

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