第15話 一方その頃の別の路地裏にて

「やめてくれ! 死なせてくれ!」

「あほ! アカン言うてるやろ! あんさんは大事な証人やねん!」


 直人と結が、教会を出発する少し前。

 すっかりゴーストタウンと化したパレード会場跡の路地裏。ビルに囲まれた行き止まりで、一羽の大きなカルガモと、ぼろぼろに汚れた軍服の男がもみ合っていた。


「俺は、俺は知らなかったんだよ! ただ、渡されたスイッチを押せば、カルガモ族の姫様を喜ばせるためのサプライズの花火が打ちあがるって聞いてたんだよ! 俺は、俺はテロリストなんかじゃねえんだって!」


 涙と泥でぐちゃぐちゃの男は、爆破直後に結が目撃した、怯えた様子で走り去った軍人の格好をした男だった。


「この服だって、俺のじゃねえんだ。あの偉そうなおっさんに渡されたんだよ! いつもの、ホームレスの俺じゃあ、パレード会場に入れやしねえからって! 成功したら、家も金もくれるし、また家族で暮らせるようにしてやるって言われたんだよ」


 おいおいと泣きながら、ロープを振り回している。どこかで首をくくろうとしていたらしい。


「解った! 解ったて! アンタは騙されたんや! その騙した奴を、ちゃんとサバかんとアカンやろ! このネギやんが、何とかしたるさかい!」


 泣き喚く男のズボンをぐいぐいと引っ張っているカルガモは、ネギやんだった。


「何言ってんだ、アンタ、カルガモだろうがよ!」

「おう! カモや! それがどないしたんじゃ!」

「アンタたちみたいに、ふわふわ空飛べるような奴らに、陸地に縛られて苦しむ俺ら人間の気持ちがわかってたまるかよ~」


 男は若干意味不明な言葉をがなりたてて、むちゃくちゃに暴れた。


「ったく! 静かにせんとそろそろここも……」


 ネギやんが、ハッと顔を上げる。

 風を切る独特の音と共に、路地の入り口に、シゼルカンド兵を乗せたクロガモ族が飛来した。


「ほうれ、見つかってもうた!」

「うわあああああ!」

「何や! 死にたい割には大げさな悲鳴やな!」

「こ、殺されたくはない~!」


 シゼルカンド兵は容赦なく銃を構えた。


「待て! わてら民間人や! 襲わんといてや! ぐあ! ぐあぐあああぐあ……」

「動くな。情報屋ネギ。お前は裏切り者だと通達が出ているぞ」


 ネギやんはクロガモ族の戦士にも、民間人だとカモ語で訴えたが、シゼルカンド兵はその声をさえぎった。


 ネギやんは、小さく舌打ちをした。

 すると、上空から、聞き覚えのある声がわずかに聞こえた。

 羽毛に埋もれそうな瞳を、一瞬上空に向けてから「ふふふ」と不適な笑みをこぼした。


「なああんた、さっき地面に縛り付けられるがどうの言ってたな」

「へ? 今それどころじゃ……」


「よう聞け! 地面はな! 縛り付けられるモンでも、踏みしめるモンでもない! 這いずり回るモンや!!」


 ネギやんは、言うが早いか、足元に腹ばいになり、じたばたと羽根を上下させた。


「!!」


 すると、先の爆発のせいでそこらじゅうに降り積もっていた土ぼこりが、もうもうと立ち込めて、クロガモ族とシゼルカンド兵の視界をさえぎった。


「くそっ! 無駄なあがきを!」


 軍人が銃を構えた直後、何か、一陣の風が舞い降りた。

 クロガモ族の戦士がいななく。

 シゼルカンド兵はあてずっぽうで発砲したが、その弾丸は地面をえぐったのみだった。


 数秒後、土煙の晴れた路地裏には、もう誰もいなかった。


「ど……どういうことだ? うわっ」


『おのれ! スミ! お前は追放されたはずだ!』


 クロガモ族の戦士が怒りと困惑で叫ぶ声は、シゼルカンド兵には「ぐあぐあ」という雄たけびにしか聞こえなかった。




『んナイッスタイミングやで! スミやん!』


 空を飛びながら喜ぶネギやんの横で、他のクロガモ族よりも小さなクロガモ族が、足で証人の男をしっかり鷲掴みにして飛んでいた。

 鷲掴みにされた男は、恐怖のあまり気絶していた。


『ネギやんさん! 無事でよかった!』

『スミやんこそ、ほんま助かったわ! ありがとうな!』


 ネギやんは、羽根を前方に向けて、銃撃音の響きわたる行政区画の近くに見える、十字型のオブジェが突き立った三角屋根をさした。


『さっき復旧した端末で連絡取ったんやけど、あの建物の中に仲間がおんねん。すまんがひとまず、あそこまでその大事な証人、運んでくれんか?』

『ええ、わかりました!』


 大小の二羽のカモたちは、加速して教会を目指した。






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