第14話 この手にできること 

 直人は資源管理局でいつもの、キリシマに乗り込むときの戦闘服に着替えると、バイクで居住区画へ急いだ。

 結とスイレンだけでも、安全なシェルターへ避難させようと思ったが、二人に断られた。


「カモ語が解る人が必要なはずだよ! 私も何かする!」


 そう言った結の手は、震えていた。


『私は、カモ族の族長の血筋。この争いを、鎮める責任があります』


 スイレンは、すっと首筋を伸ばして、強い目で言った。


 直人とアジュガは話し合って、行政区画と商業区画の間にある教会に向かった。

 この教会という建物は宗教的な集会所で、ここを管理する神父が、困っている人をいつでも助けたいという理由から、基本的に施錠をしていないらしいと、班長に教わったからだ。


 クロガモ族たちは戦士だから、丸腰の民間人をむやみに襲うことはしないだろうというアジュガの予想通りに、行政区画に全戦力が襲来してきた。

 エヴァナブルグの自衛軍たちは、本格的な大勢の対人戦など、訓練でしかしたことがない。

 対して、クロガモ族の戦士たちは、狩りにも多く参加し、実戦経験もつんでいるうえ、敵と判断したものを害することへの抵抗や躊躇が少ない。

 加えてあの高速飛行。

 いかに兵器が最新鋭であっても、当てられなければ意味はない。


 直人の不安は現実のものになり、準備が整う前に、戦線は商業区まで後退し始めていた。

 市のトップが集まった作戦本部は商業区画の一番奥に設置されているそうだが、このままではそこに到達するのも時間の問題だろう。


 直人と結は、スイレンとアジュガを教会に残して、資源管理局から拝借してきた拡声器を持ってバイクに乗った。

 結が、カモ語でクロガモ族の戦士たちに訴えようという作戦だ。


「結、大丈夫か?」


 直人は、ヘルメットを結に渡しながら、声をかけた。


「うん。怖いけど、大丈夫」


 結は、ヘルメットを受け取って、自分の手が震えているのを見ると、ブンブンと頭を振った。


「ごめん。大丈夫。直人、言ってくれたよね。クロガモ族にも、いろんな奴がいるって」


「ん?」


 直人はそんなこと言ったかな? と思ったが、結はにっこりと微笑んだ。


「そのとおりだなって、思ったの。きっと、クロガモ族の戦士たちの中にも、戦争なんていやだって思ってるクロガモが、いると思うの」


「結……」


『結さん』


 振り向くと、教会の入り口にアジュガがいた。


『僕が足を失ったのは、狩りが原因なんです。母と乗った商船が、狩りシステムのミサイルに撃たれたのです。

 僕は小さかったので、ほとんど覚えていないのですが、あの、船が跡形もなく壊された砲撃で、僕がどうして足を失いつつも生き残れたのか。

 それは、人間の男性が、僕を護ってくれたからなんです』

「えっ……?」


 狩りで沈んだ商船――今、アジュガは確かにそう言った。


『大きくて、ごつごつした、人間の両手が、雛だった僕を包んでいた。その人は、僕を包んだ両手以外の全てを消し飛ばされてしまっていたけれど、僕はその人の手ごと、板の切れ端に乗っているところを、知らせを受けて様子を見に飛んできた同胞カルガモ族に保護されたのだそうです』


「その……その、手って……」


『きれいなガラスの指輪がついていたと聞きましたが、その指輪は感謝の気持ちをこめて、両手と共にジェナブロニクで弔われたそうです』


「ガラスの……指輪?」


 直人が結を見ると、結も、驚いたような顔で直人を見ていた。


「――おとうさん……?」


『結さん。直人さん。我々カモ族は、戦争のための生物兵器であると、先ほどお話しました。

 人間の手は、我々のような兵器という悲しい生物を創りだした。しかし、同じ人間の手でも、命を賭して小さな雛鳥を護る手もあるのです。

 結さんの手のように、美しいガラスを作ることもできる。

 だから、我々カモ族も、暖かな人の手のように、争いではなく平和のために生きることだって、絶対にできるはずです』


 アジュガの言葉に、結は涙をぐいっとふいて、にっこりと微笑んだ。


「ありがとう! 私もそう思う!」


 アジュガが頷いて、教会の中に戻っていくのを見送ると、直人は結の肩に手を置いた。


「行こう、結」

「うん。ぜったい、止めてみせる」


 二人は頷きあうと、ヘルメットを装着してバイクにまたがった。


 直後、近くで大きな衝突音が響いた。


「来たな……」


 直人は緊張しながら、アクセルを握った。


 音のした方から、まもなく銃撃戦の音が響いてくる。

 少し走って角を曲がると、走っていく黒い戦闘服たちが、バリケードの陰から迫撃砲を撃つのが見えた。

 その砲撃の先に、二羽のクロガモ族がひらりひらりと砲撃をかわしているのが見えた。


「結!」

「うん!」


 二人は、一本隣の通りに入り、クロガモ族に接近した。

 拡声器を口元に持っていった結が、ぐあぐあと叫ぶ。


『クロガモ族の戦士たち。聞いてください。この戦闘は仕組まれている! スイレン姫は生きています! クロガモ族の戦士たち! どうか、撤退を!』


「どうだ?」


 緊張する二人の眼前に、クロガモ族が飛来してくるのが見えた。


「ぐあ! ぐああああ!」


「なっ、直人! 逃げて!」


 結が悲鳴じみた声で叫んだ。

 直人は地面を蹴ると、方向転換してバイクを走らせた。


 背後から、発砲音が響く。

 すぐそばの地面を砲弾がえぐるのを確認する暇もなく、直人は後輪を滑らせて急旋回。路地に入り込む。


「結! クロガモ族はなんて言ってる?」

「嘘をつくなって! 怒ってる!」

「くそっ! やはり簡単には信じないか……」


 路地を抜けた先に、別のクロガモ族が飛来してくる。


 直人はぐねぐねと蛇行して攻撃をかわすと、すぐ横のさらに狭い路地に急転回して入った。


「どうしよう! これじゃ、話しかけることもできないよ!」

「くそっ」


 直人は、自分が戦争をというものを甘く見ていたと痛感して、歯を食いしばりながら退路を模索した。

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