第19話 陰謀の終わり
「ばかな! 立て! シゼルカンド兵よ!」
戦線が瓦解していくさまを見たノアは、怒りに震えていた。
エヴァナブルグ市長たちの作戦本部がある建物は、もう目の前だった。
「ですが、大佐! スイレン姫がご存命だとは……どういうことです?」
「大佐は、確かに死亡を確認したと、仰ったではありませんか!」
近くの兵士たちが、おそるおそるノアに声をかけてきた。
ノアは苛立ちに任せて叫んだ。
「うるさい! カモが一匹生きていようが死んでいようがかまうものか! 憎きエヴァナブルグの陥落は、目前なのだぞ!」
取り乱して叫ぶノアの瞳には、狂気の色が揺らめいていた。
兵士たちは、恐怖を感じて後ずさる。
「大佐……カモたちは、大事な同盟相手ではなかったのですか?」
兵士の一人がかすれた声で呟いたが、ノアには届かなかった。
クロガモ族を頼れなくなった今、市長たちが作戦本部を設置した商工会議所前では、バリケードをはったエヴァナブルグ兵と、シゼルカンド兵たちがにらみ合ったまま、硬直していた。
そのバリケードの前に、一人の青年が現れた。
もう滅びてしまった島の、民族的な髪型でトライブタゥーを彫った彼は、戦闘服ではなく、普通のスーツ姿だというのに、銃口を向けられても臆することなく声を張り上げた。
「私は、エヴァナブルグ資源管理局、資源管理班班長エノハ・テマル。これまでの我々の非礼の数々、心から謝罪する」
そう言うと、彼はその場に跪いて、額を地面につけた。
彼の行動に、エヴァナブルグ、シゼルカンド両軍がどよめいた。
「ただ、聞いてほしい。このたびの開戦のきっかけとされている、スイレン姫の暗殺も、キリシマによる潜水艇の撃沈も、全てがこの戦争を見据えて、仕組まれたことだったのだ。
カルガモもクロガモも、海側も陸側も、みな、戦争を望む悪意に騙され、利用されているだけなのだ!」
「なんだって?」
「我々を惑わそうという作戦か?」
困惑するシゼルカンド兵に、班長エノハは立ち上がり、一枚の紙を取り出して見せた。
「ノア・カーティス・カムロギ大佐。あなたについて、シゼルカンド政府およびジェナブロニク自治政府から逮捕協力要請が出ている。
容疑は、国家転覆と、スイレン様暗殺未遂だ」
班長の言葉に、シゼルカンド軍は動揺する。
みなが、じりじりと後ずさり、ノアは孤立した。
ノアは、ぎろりと班長をにらみつけると、ぎりっと歯を鳴らした。
「おのれ……おのれええええ!」
叫ぶと、握っていた散弾銃を班長に向かって構える。
発砲する寸前、部下たちが飛びかかってノアを抑えた。
「大佐! やめてください!」
「大佐!」
部下たちは、事態を飲み込めないまま泣きながらノアを取り囲んだ。
エノハ班長の後ろでは、エヴァナブルグ兵士たちの無数の銃口が、ノアに狙いを定めていた。
シゼルカンド政府から逮捕協力要請を受けたエヴァナブルグ軍は、合法的に、ノアを撃つ事ができる。
ノアの部下たちは、それを止めたかったのだ。
ノアは、すっかり頭上に上った太陽を、まぶしそうに見つめて、涙を流した。
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