第12話 仕方のない犠牲

 直人がどうにかアリスの作戦を決行して行政区画に入り込み、庁舎にたどり着くと、玄関に班長が立っていた。


「アリスから連絡を受けた。早く中へ」


 直人はアリスの有能さに舌を巻きながら、班長の執務室へと入った。

 入るなり、すぐにアジュガが名乗り、事情を説明する。


「なるほど、話はわかった」


 班長は、アジュガの話を聞いて難しい顔をした後、大仰なしぐさでスイレンの前に跪いた。


「カルガモ族の姫君。侍女殿をお護りできず、申し訳ない。人間を代表するなどと大きなことは言えないが、一人の人間として、謝罪させてほしい」


 スイレンは悲しそうにうつむいて、深々と下げた班長の頭にそっと触れた。


『班長さま。どうか、お顔を上げてください。我々に申し訳なく思うのならば、行動で示してくださいませ。

 狩りという暴力で押さえつけて作った、かりそめの平和などではなく。

 星に生きる全ての生命が、等しく、自由に生きることができる、ほんとうの平和のために』


「……了解した」


 スイレンの言葉に、班長は顔を上げて、深く頷いた。

 トライブタトゥーの彫られた班長の横顔は、今まで直人が見たどの顔よりも、力強く、真剣だった。


「ナオト。行こう。ミス・ユイも、スイレン様もアジュガ殿も、共に来てほしい」


 班長はそう言うと、扉を開けた。


 深夜だというのに、緊急事態の召集で混乱した庁舎内を、班長に先導された直人と結、アジュガとスイレンが歩く。

 その姿を見た職員たちが、驚きと奇異の目を向けた。


 班長に連れられた先は、資源管理局局長の執務室の前だった。


「情報漏えいの犯人にたどり着いたんだ。信じたくはなかったが」


 そう言いながら、班長はドアをノックする。


「何だね! 後にしたまえ」


 苛立ったような声が、室内から響く。

 結がびくりと肩をすぼめた。

 班長は、眉も動かさず、自身の持つ端末のAIに命令した。


「ロリーナ。緊急事態だ。開けろ」


 ロリーナは班長の端末に搭載されているAIだ。緊急事態において庁舎内全ての電子キーロックを操作する権利を有していたはずだ。


 直人が驚くまもなく、アリスより大人びた声が「イエス、サー」と答えて、ドアが開いた。



 中では、資源管理局で支給されている端末とは違う、見覚えのない端末を持った身なりのいい中年男性が、室内をうろうろと歩き回っていた。


「なっ! どういうつもりだね! 私は入室を許可していないぞ!」


 動揺した様子で端末を執務机の引き出しに隠そうとしているその中年男性は、直人もよく知る、資源管理局長その人だった。


「局長。我々資源管理班の、シゼルカンド近海の探索ルートについての情報漏えいの疑いで、あなたを拘束させていただきます」

「なっ何を言っているんだ、この非常事態に! 令状はあるのかね? そもそもきちんとした証拠を元に言っているんだろうね?」


 その態度こそが、私が犯人ですと言っているようなものだというくらい動揺した局長に、班長がずいっと近づいた。


「貴様こそ、この非常事態に未だ、己の保身か。人としての誇りを、かけらも持ち合わせていないと見える」


「は、班長、待ってください。局長が、局長がノア大佐と繋がっていたって言うんですか?」


「お、お前、なぜその名を……!」


 局長が、直人の言葉に反応した。

 それはつまり、局長がノアを知っているという自白だった。


 そこで、直人の後ろのアジュガとスイレンを見つけた局長が、目を見開いた。


「まさか……そのカルガモは……!」

『無礼者! こちらのお方は、カルガモ族族長ガマズミが長子、スイレン様だぞ。お前のごとき外道に、そのような呼ばれ方をされていい方ではない!』


 アジュガが、今までにない気迫のこもった声を出した。

 局長は、へなへなとへたりこんで「どうして……」と呆けた声を出した。


「局長さん!」


 結が突然声を上げて、局長の隣へしゃがみこんだ。


「本当のことを話してください! 戦争が起こるんですよ! このままじゃ、みんな、みんな壊れちゃう! 死んじゃうんですよ!」


 結の言葉に、局長がびくりと痙攣した。


「わ……わたしは……」


「お願い! もう嫌なの! 誰かが誰かに殺されるのはもう嫌なの!」


「結……」


 涙目で叫ぶ結を見て、へたり込んでいた局長が、両手で顔を覆った。


「とめられない。とめられないよ。すまないお嬢さん。私は、私は、こんなことになるとは思わなかったんだよ」


「どういうことです?」


 直人は結の隣にしゃがみこんで、局長に尋ねた。

 局長は、顔を覆ったまま、ひび割れた声で話し始めた。


「私は、確かにノア大佐に協力していた。だがそれは、エヴァナブルグのためになると思ってのことだったんだ。

 ノア大佐は、和平協定を求める声がシゼルカンドで大きくなっているが、これには裏があり、このままではエヴァナブルグに圧倒的不利な条件で結ばれることになるだろうと言って連絡を取ってきた。

 表向き、シゼルカンドのライフラインの老朽化などを理由に、シゼルカンドはエヴァナブルグの技術を求めてくるだろうが、実際は、過去の遺伝子操作による人体改造で、新時代の子供たちは、海中でも問題なく過ごせるようになる。そうなれば、技術など不要だ。と。

 最終的には、シゼルカンドはエヴァナブルグに渡す資源の量を操作し、自滅を狙っていくのだと……ノア大佐は、そのような非道を看過できないと……」

『それは嘘です。シゼルカンドの市民たちが求めているのは、真の和平であり、そのような策略ではありません』


 アジュガが、気の毒そうに言った。


「私は、それに気付けなかった。

 ノア大佐は、シゼルカンド政府を止めることができなかったと。こうなったら、調停式の前の段階で、どうにかイベントを計画し、そこをテロリストに襲撃させて、和平案を白紙にさせようと言った。

 多少の犠牲は、大儀の前には仕方がないと……!」


 そこまで言うと、すまなかったすまなかったと、泣きながらスイレンに向かって土下座を始めた。

 スイレンは、悲しそうにその姿を見つめて、首を振った。


『あなたが謝罪すべきは、私ではなく、犠牲になった者たちです。

 そして、今はその者たちのためにも、戦争を止めることが先決です。

 今の話を、エヴァナブルグ市長と軍に話し、シゼルカンドとの衝突を避けるのです』


「そうだよ、局長さん! 泣いてる場合じゃないよ!」


「局長。ノアが何を考えてるのか、俺にはわからないけど、海側の連中だって、俺たちと同じ、人間なんじゃないんですか?」


 直人も、思わず声を出した。


「カモ族たちも、陸も、海も、大切な人を護りたくて、一生懸命なだけだ。

 目的はみんな、大切な人たちを護るってことなのに、同じ気持ちなのに、それなのに殺しあうなんて、馬鹿げてる!」


 徐々に大きくなった直人の声は、最後は絶叫に近かった。

 もうこれ以上、結を泣かせなくたくない。

 直人はそれだけのために、駆け出してきた。

 それはきっと、今このエヴァナブルグで臨戦態勢を整えている軍人たちも同じで、大切な人を泣かせないために必死になっているんだ。

 そして、エヴァナブルグを滅ぼすために空を飛んでいるであろう、シゼルカンドの軍人とクロガモ族だって、自分たちの大切なものを護るために武器を取っているんだ。


 みんな一緒なんだ。


 その中に「仕方のない犠牲」なんて、いやしないんだ。




 局長は、大きく目を見開いて、そうだな。そのとおりだな。と、呟いた。



「だが、無理だよ」


「え?」


「無理だよ。もう止められない」


 局長は、威厳も何もかも捨て去って、ぐったりとうな垂れた。


「ノア大佐とは連絡が取れない。私は用済みとして切り捨てられたのだ。

 さっき、戦争を回避できないかと、議会に訴えてきた。

 戦争には受けて立つ。これで海側ダスマーに勝利すれば、もう資源に困ることはないという見方が圧倒的だ。

 百年の間に蓄積した怨嗟は、簡単に消えはしないのだよ」


「そんなこと……っ」

 

 結が反論しようとしたとき、庁舎内にけたたましいアラームが鳴り響いた。


 ――戦闘要員は、武装し戦闘に備えてください。繰り返します……


 続いて無機質なAIの呼びかけが響く。


 直人たちは、局長室の窓へと駆け寄った。


 いつの間にか明るくなっていた朝焼けの空に、黒い点が無数に浮いている。


 既に目視できる距離まで、クロガモが飛来してきていたのだ。



『こうなったら、クロガモ族とシゼルカンドの戦士たちに、真相を話して、ノアに利用されていることに、気付いてもらうしか……』


 アジュガの言葉に、直人は頷いて窓辺を離れた。


「あきらめてたまるか……!」


 直人は、我知らず呟いていた。


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