第11話 さいごのことば
――おにいちゃん、くるしいよ……
――もう少しだ! がんばれ! 今、お医者さんのところにつくからな!
少年は、母親がモノレール乗り場の窓口で入場を断られているのを見て、移動に時間がかかるのを覚悟しながらも、今にも息の止まりそうな妹に必死に声をかけた。
タクシーも、バスも、なにもかもが、半魚人を乗せられるかと、あざ笑った。
少年は、焼け付くような憎しみを抱えて、時折飛んでくるごみから妹を護りつつ母親と歩いた。
エヴァナブルグ中央研究所、生命科学研究室。
シゼルカンドからはるばるやってきた、色白の肌の彼らが目指す場所。
およそ百年前。シゼルカンドの建設が進むなか、移住者たちは海底という環境に順応するための訓練や肉体改造を受け、新たに子供を授かる人々は、遺伝子操作で、生まれてくる子供たちを難なく海中の街で暮らせる身体にする道を選んだ。
しかし、いかにエヴァナブルグの技術であっても、机上の理論どおりには進まなかった。
生まれてきた子供たちのなかには、大人になって肉体的に安定するまでの間、投薬と定期的な検診が必要な者が少なくなかった。
薬品はシゼルカンド政府がエヴァナブルグから輸入したものでまかなえたし、定期的な検診はシゼルカンドの医師でも行えたが、ひどい発作を起こしたり、重度の体調不良の際は、エヴァナブルグの医師に診てもらうしかなかった。
妹は、高熱にうなされながら、なんとかエヴァナブルグまでやってきた。
少年は、エヴァナブルグは優しい街だと思っていた。
だって、妹の薬を作ってくれるのだから。
エヴァナブルグのおかげで生きていられるのだから。
しかし、実際に来てみたら、奴ら陸の人間どもは、少年が聴いたことのない言葉で少年たちを侮辱した。
高熱に苦しむ妹を、哀れむ者はひとりもいなかった。
泣きながら土下座する母に、手を差し伸べるものもいなかった。
ようやくたどり着いた研究所で、少年と母親は、妹と引き離された。
――こわいよ。
妹はそう言って、白衣を着た、血の通わないような人間たちに連れて行かれた。
それが、
彼が見た
妹の最後の生きた姿だった。
――こわいよ。
――ノアおにいちゃん。
『ノア殿』
翻訳機ごしのダイヤの声に、ノアは夢想から呼び戻された。
『ノア殿。いかがされた。戦いの前ぞ。集中されよ』
「ああ、ダイヤ殿。申し訳ない」
ノアは、白み始めた東の空をにらみつけた。
「私は、陸の人間どもを許しはしない」
『ノア殿……』
ダイヤとノアは、言葉少なに、互いの心を摺り寄せた。
ああ。
彼も。
たいせつなものを、うばわれたのかと。
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