第9話 宣戦布告

 カモ族が、生物兵器として人に創られた存在。


 アジュガとスイレンから聞かされた事実。


 直人は、ほとんど無意識でアリスを呼んだ。


「アリス。今の話はほんとうか?」


 アリスは、いつもより長い沈黙の後、心なしか弱々しい声で応えた。


「お答えできません。その情報には、閲覧制限がかかっています」


『そうでしょう。カルガモ族の先代の族長が、エヴァナブルグとシゼルカンドに要望したのです。カモ族が兵器であることを、子供たちには伝えないでほしいと。人々に、永い永い未来まで、友好的に受け入れてもらえるようにと』


 そう言ったスイレンの声は、ひび割れていた。

 隣で、アジュガはきっと顔を上げて、直人を見た。


『ノアは、科学技術では勝てないことを承知で、単騎の戦闘能力を上げて弱点を突く作戦をたてたのだと思います。

 恐らく、百年前の戦闘機にも匹敵する高速飛行が可能なクロガモ族に、屈強なシゼルカンドの戦士が騎乗して、上空から奇襲をかけるつもりなのでしょう』


「そんなこと、可能なのか?」


 直人が動揺した声で呟くと、アリスがすばやくそれに応えた。


「合理的な作戦といえます。マスター。

 現在のエヴァナブルグは、地球上で最高の科学技術と兵力を有しています。そのエヴァナブルグにとって軍事的脅威たり得るものは、狩りを除けば海の中のシゼルカンドです。結果、海中、海上の護りは厚くなりますが、上空からの軍事的脅威はほとんど想定されていません。

 狩りシステムのミサイルを防ぐ術を有してはならない、という各国間での協定を遵守しているということから見ても、対空戦の備えは圧倒的に不足していると言わざるを得ません」


 アジュガも、厳しい顔で頷く。


「どうにか、とめられないのかな?」


 不意に、消え入りそうな震えた、結の声がした。

 直人が結を見ると、スイレンをぎゅうっと抱きしめたまま、涙をためた目で直人を見上げていた。


「ううん。とめなくちゃ、いけないよ」


 結は、涙でいっぱいの、けれども強い瞳で言った。


「ああ……そうだな」


 直人は、パニックになりかけていた自分に鞭を打つべく、ブンブンと頭を振った。


「そうだ。なんとかしなくちゃな」


『そのために、ご協力願えますか? 直人さん、結さん』


 アジュガが直人の瞳を見上げて言う。

 小さなからだで、精一杯に願いをこめて。


「もちろん。こちらこそ、お願いするよ」


 直人はアジュガに手を差し伸べた。

 アジュガは、小さな翼を伸ばして、羽根の先を直人の手に乗せた。

 スイレンと結は、額を合わせて目を閉じていた。


 カモ族と人間が手を取り合う中、アリスの声が鋭く響いた。


「マスター! 大変です! オンエアチャンネルを見てください。海側ダスマーが宣戦布告です」


「はあ?! アリス、映してくれ!」


 直人は言うが早いか、端末をテーブルの上に置いた。

 二人と二羽が頭をつき合わせて端末の液晶画面を見ると、アリスが表示したウインドウに、オンエアのニュースチャンネルが映った。


 そこには、銀髪に真っ白な肌の屈強な男性が映し出された。


『ノア大佐です!』

「こいつが……?」


 アジュガの声に、直人は軍服姿の男――ノアを凝視した。

 自分の父親に近いような年齢だろうが、大きな肩や分厚い胸板はまさに屈強な戦士と言えた。


「私は、シゼルカンド防衛軍大佐、ノア・カーティス・カムロギである。

 我々は、エヴァナブルグに宣戦布告を行う!

 エヴァナブルグは、我々との和平に尽力いただいた、カルガモ族の姫君、スイレン殿を爆破テロにて殺害した。これは、決して許してはならぬ蛮行である!

 加えて、先日エヴァナブルグの高速艇キリシマにより、我々の同志が殺害された。これは、我々が和平を申し出た直後だった。いつものように、我々の領海へ資源を奪いにやってきて、防衛に向かった潜水艇二艘を破壊。乗組員四名が死亡した!」


「今、キリシマって言ったか?」


 あまりに予想外の単語が出て、思わず直人は叫んでしまった。

 アリスがすばやく「お静かにマスター」と忠告する。


「以上を、エヴァナブルグからの和平の拒絶とみなし、クロガモ族、カルガモ族と共闘のもと、エヴァナブルグを攻撃する意思をここに表明する!」


 ノア・カーティス・カムロギ大佐は、扇情的な身振り手振りで演説し、演台から降りた。

 映像が切り替わり、シゼルカンドのドームのてっぺんが覗く海が映る。

 その海上を埋め尽くす、漆黒の巨鳥の群れ。

 その一羽一羽に、白銀の手綱がつけられ、シゼルカンド軍の軍人たちが軍服の上から防弾装備を身につけてまたがっている。


『くっ……! 後手に回りましたね』


 アジュガが悔しそうに呟く。


 軍人たちの上空に、シゼルカンドのドームから一羽のクロガモ族が飛来する。

 一際大きなそのクロガモには、ノア自身が騎乗していた。


『ダイヤ様!』


 スイレンが叫ぶ。

 直後、ノアを乗せたダイヤが、エヴァナブルグ方面へ飛び立ち、他のクロガモたちも後を追って上空へ羽ばたいた。


『ノア大佐が騎乗していたのは、クロガモ族族長、ダイヤ殿です』


 アジュガは、そう叫びながらテーブルにバシン! と自身の羽根をたたきつけた。


『ダイヤ殿は、族長にしてクロガモ族最強の戦士です。彼の最高飛行速度は、音速に到達するほどです。数時間後には、この街は戦場と化してしまう……!』

「くそっ……何だよそれ! どうしたら……」

『直人さん、あなたは、資源管理局の職員さんなんですよね? キリシマの乗組員と伺っていますが、本当ですか?』


 狼狽する直人に、アジュガが迫る。


「あ、ああ」

『キリシマは、先日故障してドックに入ったと、ネギ殿から聞いています』

「ああ、そうだ。昨日の任務で、シゼルカンド防衛軍から、普段とは比べ物にならないような攻撃を受けたんだ。やむなく、反撃した。何艘か撃沈したのは事実だ」


「正当防衛を主張します。反撃しなければ我々が破壊されていました」


 アリスがすかさず付け加えた。

 直人も同じ意見だったし、後悔はしていなかったが、さすがにあの反撃を開戦の理由にされるのは、かなりこたえた。


『恐らく、全てノアの手の内で起こっていたことだったのでしょう。時間が惜しい。移動しながら話しましょう。我々を、資源管理局へ連れて行ってください!』


「資源管理局? どうして……」


『わたくしからもお願いいたします。結さま、直人さま、どうかよろしくお願いいたします』


 スイレンが後ろから懇願する。

 そのスイレンを支えるようにして傍らにしゃがんでいる結も、直人の目を見てうなづいた。


「……わかった!」


 直人は、愛車の鍵を握り締めた。


 ――進むしかない。前へ。









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