第7話 踏みにじられた花と焼けた石
海の真ん中に、唐突に現れる錆付いた鉄の三角と、くすんだタペストリーたち。
カルガモ族の自治都市――ジェナブロニク。
海から宙へと突き立った三角の鉄塔たちは、その昔この場所が陸地であった時代に、各地へ電力を送るための設備だった。
今や全てが水没してしまい、背の高いこれら鉄塔の上部分だけが、海上から頭を出しているのだ。
ジェナブロニクは、その鉄塔を軸として造られた海上集落だ。
鉄塔を補強し、その周りに円形の基礎を造った円柱型の住居に、三角錐の屋根が乗ったそのカルガモたちの家は、ずんぐりとした巨大ロケット花火が、海から生えているようにも見える。
大小さまざまなロケットたちのてっぺんからは、カモ族の伝統的な模様だというタペストリーがはためいている。
色あせてはいるが、色使いはカラフルで個性的だ。
なかなかにコミカルなこの街の景観は、人間の冒険家たちの興味を駆り立ててやまない、話題の秘境のような場所だった。
普段は、人間たちも歓迎しているこの街だが、今はいつもの活気や明るさが鳴りを潜め、不気味に静まり返っている。
カルガモたちは族長による外出禁止令に従い、自宅や集会所に閉じこもっていた。
そして、族長と側近たちは、町の奥、一際大きな鉄塔を軸に造られた族長の家の、屋根の上に集まっていた。
並んだカルガモ族の中央で、泰然と座している族長、ガマズミ。
厳しい目つきの彼が見つめる海上には、クロガモ族族長ダイヤと、側近の戦士が二羽、ずっしりと着水していた。
カルガモ族族長ガマズミは、自身の百倍はあろうかという巨体のクロガモ族族長ダイヤと、真正面から睨み合っている。
「もはやこれまでだ、ガマズミ」
口火を切ったのは、ダイヤだった。
「我らと共に来い。武器を取れ。ただ黙して忍んでいても、スイレンは浮かばれぬぞ」
ガマズミの長女――スイレンが、エヴァナブルグで陸の人間の手にかかり殺された――つい先刻、エヴァナブルグから戻った、スイレンの護衛をしていたクロガモ族の戦士から告げられた報せ。
ガマズミは、自分の部下の報告があるまでは信じられないと、一度は突っぱねたが、いくら待ってもスイレンの従者たちからの連絡はなかった。
それこそが全滅の証であると迫られ、ガマズミは何一つ言い返すことができなかった。
クロガモ族の戦士は嘘をついたりしない。
ガマズミはよく理解している。
この目で見たと、クロガモ族の戦士が言うのならば――そういうことなのだ。
「陸の人間ども、我らの羽根に祭事用の飾りを着けさせ、上空のみを警戒するようにと言ったのだ。政府の、軍の人間だった」
「最初から、スイレン様を亡き者にしようとしていたのだ。スイレン様をお守りするという使命を、どうにかして妨げようと小細工をしておったのだ!」
興奮したクロガモ族の戦士たちの言葉は、ガマズミの心を深くえぐった。
それでもガマズミは、必死に耐えていた。
「ガマズミよ」
ダイヤが抑えた声で、低く唸るように言った。
「貴殿らカルガモ族が、人間どもに対して従順に、柔和であるよう創られたことは解っている。だが、つくりものの本能に負けていては、いずれ人間どもに滅ぼされるのみだぞ」
ガマズミは、ダイヤの鉄をも射抜くような目を、怖気づくことなく見つめ返した。
「ダイヤよ。その言葉、そのまま返そう。人に植えつけられた闘争本能のまま噛み付いているばかりでは、何も変えることはできん」
「できるさ。ガマズミ。海の人間たちから、共闘の申し出を受けた」
「なんだと……?」
ダイヤの言葉に、ガマズミだけでなく、側近たちもどよめいた。
「我らクロガモ族と、シゼルカンドの戦士による共闘だ。カモ族を、己以外の生命を軽視する、愚かな陸の者どもに、海の、星の怒りを思い知らせてやるのだ」
「待てダイヤ! そもそも
「だからこそだ。海の人間たちも、陸に裏切られたのだと、怒りに震えていたぞ」
ガマズミは、思考をフル回転させようとした。
しかし、その思考は、大きな黒羽が空を切る音と、その羽が巻き起こした風でさえぎられた。
「ダイヤ!」
「ガマズミ。陸を平らげてしまえば、お前の悲願である狩りの廃止にも近づけるだろうよ!」
「なっ……!」
ガマズミは思わず言葉を失った。
上空を埋め尽くす黒い巨鳥の群れと、その背に陽光を受けて光る、鈍色の装備を携えた銀の髪の人間たち。
手に手に、クロガモ族が扱うことのない凶悪な銃火器を持ち、クロガモ族の背にまたがり、さながら神話の世界の竜騎士のごとく、エヴァナブルグへ向かっていく。
「お前たち小さなカルガモ族のからだでは戦えまい」
「ダイヤ! 待ってくれ!」
「補給の協力、感謝する!」
ダイヤはガマズミの呼びかけには答えず、ついに飛び立ってしまった。
「補給の協力だと?」
ガマズミが食糧庫の方を振り返ると、若いカルガモたちが戸を開けて、クロガモたちに食糧や飲用水を渡していた。
「ガマズミ様」
隣から、側近の一人が弱々しく声をかけてきた。
「申し訳ございません。若い者たちは、自分たちも戦うと血気盛んになっており、何とか戦闘への参加を思いとどまらせるには、ああするしか……」
「みな、スイレン様の仇を許せぬのです。私も、できることならば、エヴァナブルグを焼き払ってしまいたいほどです」
「何ということを……。これでは、カルガモ族が戦争に参加したも同然ではないか」
ガマズミは思わず、脱力してへたり込み、小さな点となっていく黒い群れを見上げた。
「スイレン……アジュガ……!」
どうか、どうか無事にと願う想いが、ガマズミの族長としての矜持を強く揺るがしていた。
ガマズミは、結局、親としての情も、族長としても責任も、どちらをも守れなかった自分に絶望して、深い闇に沈み込んでいった。
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