第5話 着火
エヴァナブルグの商業区は、今までにないほど華やかで、騒がしかった。
あちらこちらに「ようこそ! エヴァナブルグへ!」などの歓迎の言葉が、プロジェクションマッピングで通りの建物に投影され、街中の街頭モニターは全てカルガモ族のイラストや写真を表示していて、その全てが、目がチカチカするほどカラフルだった。
規制されたパレードコースの道路は、両脇の歩道が観客でみっしり埋め尽くされている。
こんなにたくさんの人、普段はどこに隠れていたんだと、直人は思った。
「すごいねー! お父さんに聞いた、昔になくなっちゃっていう、オマツリって、こんな感じだったのかな?」
結が、直人の隣ではしゃいだ声で言った。
結は、昨日の作業着とは違う、ストライプのゆったりとしたシャツに、ショートパンツ姿で、足元は動きやすいスニーカーだ。
直人はと言えば、班長の命令通りに私服だが、ポロシャツは濃紺だし、パンツは黒で、普段の装備と色合いはほぼ変わらない。その上、ブーツはいつもの任務時と同じものだし、二の腕には仕事用の端末を装着している。
結が、キョロキョロと周囲を見回して、パレードコースの隣の通りが、屋台や露店でいっぱいになっているを見るなり走り出した。
「直人、あっちも見てみたい!」
直人は、我知らず頬をゆるめて、結を追いかける。
「と、そうだ、アリス」
結が少し離れているうちに、そっと左の二の腕の端末に話しかける。
「はい、マスター」
端末からアリスの声だけが返ってくる。
携帯モードの時は、フォログラフは出ないのだ。
「オンラインチャンネルでも中継しているだろうから、その映像からクロガモ族の動きをチェックしてくれないか。こちらに接近するようであれば、すぐ教えてくれ。結を怖がらせたくないんだ」
「了解しました」
「直人ー! あれ、かわいいよ!」
結がそう言いながら、角を曲がってしまったので、直人は慌てて追いかけた。
「結、はぐれるぞ」
「マスター。はぐれないように、手を繋ぐことを推奨します」
不意にアリスがまさかの提案をしたので、直人は盛大にむせた。
「はぁっ? だから、そういうところで高性能っぷりを発揮しなくていいんだってば! 結の前ではその提案、するなよ!」
「了解しました」
直人が慌てて追い付くと、結が目を輝かせて見ていたのは、色とりどりのグミの計り売りだった。
「いらっしゃい!」
店員が満面の笑みでカップを結に差し出した。
「よし、買ってやるよ!」
直人が言うと、結は幼い子供のような顔で「いいの?」と聞いた。
直人が「おう」と答えると、結は嬉しそうにはしゃいで「ありがとう」と言って、店員からカップを受け取った。
カラフルなグミでカップがいっぱいになり、結と二人でパレードの通りへ戻ろうとした時。
浮き足だった結が振り向いた瞬間、何やら黒い大きなものに、ぼすんとぶつかった。
「結っ!」
つい浮かれて、緊張を緩めてしまった直人が、接近に気付けなかったその黒いものは、二人が見上げるほど大きく、全身をふわふわの羽毛に包まれていた。
「っ……!」
言葉を失った結と直人の後ろで、露店の店員が「うわあ!」と声を上げた。
「クロガモ族だあ!」
露店の周囲の人々がにわかにざわつき始めた。
直人が何とか、硬直して動けないでいる結の肩を支えて立たせたと同時。クロガモ族は「ぐあっぐああー!」と鳴いて、ドタバタと逃げるように走り出した。
「えっ?」
その声を聞いた結の、肩の力が抜けた。
クロガモ族は、すぐ側の細い路地に曲がって姿が見えなくなった。
「大丈夫か、結?」
そう言いながら、直人が結の顔を覗き込むと、そこに恐怖の色はなく、ただぽかんとしていた。
「今の……クロガモ族……」
「ああ、驚いたな。アイツもパレードの観客なのかな」
「あの、クロガモ族、さっき、ごめんなさいって言いながら走っていったの」
「え?」
結の言葉に、直人は思わずクロガモ族が去っていった路地の方を見た。
「なんか、思ってたのと違ったなあと思って」
「まあ、クロガモ族にもいろんなヤツがいるだろうからなあ……」
「えっ?」
直人が上の空で言った言葉に、結がはじかれたように、直人の顔を見た。
「ん? どうした? 本当に大丈夫か?」
「あっ、うん、平気! ありがとう。行こうか」
結が笑顔に戻ったのを見て、直人はほっと心の中で安堵しながら、パレード会場に戻った。
会場は先程より人が増えており、熱気も増していた。
二人は、人の少ない場所を探して、人と人の頭の間から、何とか覗けそうな場所を確保した。
直後、街頭モニターからファンファーレが聞こえ、姫らしきカルガモの姿が映し出された。
観客たちから大きな歓声が上がる。
モニターに映ったカルガモ姫は、バスの屋根の上に小さな屋上を作ったような、パレード用に設えられたバスの上で、真ん中に特設された天涯付きの派手な椅子に座っていた。
カメラがカルガモ姫により、アップになると、観客たちが更に大きな声を上げる。
上品に姿勢良く座った姿は、そのスラリとした首筋のおかげで、カルガモというより白鳥のような印象だった。
頭には白金色の繊細な造りのティアラがちょこんとのり、そこから白いヴェールが垂れ下がり、目元を隠している。
「あれが姫か?」
「きれいな羽毛だね!」
直後。黒い影がものすごい速さで画面を横切った。
カメラが影を追いかける。
真横からすぐに上へと向かった画面には、上昇したところでバサリと羽を広げる、二羽のクロガモ族の姿が映った。
結が息を呑んで身を固くする。
直人がそっと結の方へ手を伸ばすと、結が震える手で握り返してきた。
モニターに大写しになったクロガモ族の戦士たちは、先ほど路地で出会ったクロガモ族よりずっと大きく、頭や羽根に、赤や青の飾りを着けていた。
ふと、直人は違和感を感じた。
「アリス。クロガモ族は身体に飾りを着けるものなのか?」
「はい、マスター。クロガモ族についての情報はほとんどありませんが、とある冒険家が学会に提出したレポートに、以下のような記載があります。
クロガモ族は、己の意思で自身の翼を武器へと
「ふうん……」
呟きながら、違和感をぬぐえないままでいると、向かって左側から、軍の楽隊が奏でる演奏の音が聞こえてきた。
早くもパレードが自分達の前に到達してきたらしい。
「ほら、結、カルガモ姫が来たぞ」
「あっ! うん、見えた!」
結が背伸びをして、目を輝かせた。
あの特別装甲のバスのおかげで、カルガモ姫は人の頭よりはるかに高い位置におり、後列の直人たちにも、よく見えた。
カルガモ姫が歓声に答えるように、片方の羽根を掲げたとき、バスの向こう、直人たちがいるのとは逆側の歩道に、見慣れた旗の先が、ひょこひょこと揺れているのが見えた。
カモ商会のネギやんに違いない。
ネギやんのことだから、このお祭り騒ぎに便乗して、がっちり儲けたのだろうな……と直人が思った直後、左の二の腕からアリスの声がした。
「マスター。上空のクロガモ族に動きあり。急降下を開始しました」
「何だって?」
言いながら、直人は慌てて結の手を引いた。
「結、少し下がろう」
結は不思議そうな顔をしたが、直人に引かれるままに人混みから抜け出した。
どのくらい下がれば大丈夫だろうかと、直人が上空を見上げると、アリスの言うとおり、クロガモ族がものすごい勢いで降下してきていた。
――直後。
「警告。あの速度ではかなりの風が生じます。伏せてくだ――」
――ドオオン!
アリスの発した警告を、掻き消す轟音が響いた。
同時に、ほとんど本能的に結を庇うように抱き留めていた直人の背中に、爆風が襲いかかった。
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