第2話 空と海のガラス玉

 班長に、仕事が終わり次第、明後日までの臨時休暇を言い渡された直人は、早々に今回の任務失敗の報告書をまとめあげて、庁舎を出た。

 もちろん、報告書には「収集ルートの情報漏洩の可能性」ついては、一文字も書いていない。

 庁舎を出ると、門の向こうが先ほどよりも更に慌ただしい雰囲気になっていた。

 呆れたことに、カルガモ族の姫君のパレードの開催は、明日の昼前だと言うのだ。

 カルガモ族の要人がエヴァナブルグを訪れるなど、カモ族の街が自治領として認められるようになってから、初めてのことのはずだ。その大事な国賓――それも姫君だ――を迎えるのに、各省に通達を出すのが前日とは、信じられないほどの不手際だ。

 班長が言うには、急に決まったことだそうだが、それでは完璧な警護など到底不可能だろう。


 ――ああ、でも……だからクロガモ族の戦士が付いて来るのか?


 直人はそんなことを考えながら、セローで商業区画の外れ、居住地域との境にある、小さな木造の雑貨店へと向かった。


 いろいろ考え込んでしまうが、せっかくの降って湧いた休暇だ。

 活用しない手はない。

 セローを停めて、暖かみのある木造の平屋建の店舗を見上げる。木目そのままの外壁は、木造というか、ログハウスに近い。穏やかな色合いのランプが、いくつも入り口の脇にぶら下がって、その下に、手書きで『キリノグラスクンスト 』と書かれた、木の看板が立てかけてある。

 直人は、この雑貨店兼ガラス工房の店主と、今回の仕事が終わったら会うことを約束していた。

 ドアに手をかけると、中からぐあぐあと笑う声が聞こえてきた。


「いややなあ、ユイはん! ほんまかなんわぁ〜しゃーない! トクベツに言い値で買わせて頂きまひょ!」


 特徴的な訛りのある言葉――ネギやんが、カウンターの前にリュックを下ろして、品物を広げていた。


「あっ! 直人! おかえりなさい!」


 ドアを開けた直人に気付いた、カウンター奥の店主が、立ち上がって明るい声を上げた。

 鳶色の瞳と、同じ色のショートボブ。作業着姿の彼女は、この店の若き女性店主、桐野結きりのゆいだ。


「ただいま、結」

 直人が照れ臭そうに答えると、結の目尻が優しく垂れて、満足気に微笑んだ。


「およ? およよ?」

 ネギやんがキョロキョロと結と直人を、交互に見て言った。


「ハハ~ン……何や、今日はアッツうてかなんわぁ~」


 パサッとおでこを羽根で叩いて、大仰にのけぞるネギやんを前に、直人が顔を真っ赤にして「なっ……!」と動揺する。


「そう? そんなに暑くないけど」


 結がキョトンとして答える。

 ネギやんは思いっきりコケて見せると「ユイはんにはかないませんなぁ~」と言った。

 結の毒気ゼロのにこにこ顔を見て、直人も若干肩透かしをくらいながら、話題を変えるべくネギやんの手元のガラス玉たちに目をやった。


「ネギやんは、また結のガラス細工を買いに来たのか?」

「はいな! ジェナブロニクで大人気なんでっせ!」

「へえ。ジェナブロニクって、カルガモ族の主要都市だろ? すごいじゃないか」


 直人が純粋に驚くと、ネギやんがえっへんと胸を張った。ガラス細工の作者である結本人は「私なんてまだまだだよ~」と、謙遜している。でも、顔は嬉しそうに綻んでいる。


 結は、店の奥の工房でガラス細工を作って、この店でそれらを売って暮らしている。

 結が得意なのは、拳大から小指の先ほどの小さなものまで、大小さまざまなサイズのガラス玉で、アクセサリーやインテリアなど、いろいろなものに仕上げて売っている。店の人気商品だ。

 中でも、淡い青に、黄色や緑の色とりどりのグラデーション、マーブル模様などが入った、海にも、夜空にも見える不思議な色合いのガラス玉が、特に人気だった。

 直人も、そのガラスで結が作ってくれたペンダントを、服の中に隠して着けている。形は、仕事中でも目立たないようにと、特別にドッグタグ型にしてくれた。

 直人のお気に入りで、大切なお守りだ。


「ユイはんのガラスはほんまに大人気でっせ! さるお方がえろう気に入ってくらはって、いっつも身に付けてはるモンですから、みーんな真似しはじめとって!」

「さる?」


 結が首を傾げると、ネギやんは「おっとしゃべりすぎましたな」と言って、パサッとおでこを叩いた。


「ほな、こちらがご注文の品です~」


 ネギやんはテキパキとリュックから小箱を取り出して、レジカウンターに置いた。

 結は嬉しそうな歓声を上げて、早速小箱を開けた。

 中には小さな貝殻や星形の砂、エヴァナブルグでは見ない種類のドライフラワーなどが入っていた。


「ありがとう! これで新作を作れる!」


 言いながら、ショートボブの頭にタオルをまく結の目は、キラキラ輝いていて、幼い少女のようにも、熟練の職人のようにも見えた。


「じゃあ、結はこれから作業だな。夕飯は俺が作るよ」

「えっ! 本当に? ありがとう直人!」


 結が両手を合わせて喜んだ。

 直人はそんな結の笑顔をみて、目を細めた。


「おお! ええー食材! 入ってまっせ!」


 ネギやんのここぞとばかりの大声に、今度は直人がおおげさにコケた。

 ネギやんがほくほく顔で、リュックから保冷ケースを取り出したので、直人は観念して、代金を支払うべく、個人的な方の端末を取り出した。

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