第4話 お互いの目的


「俺も自己紹介くらいはしておいた方が良いよな?

俺の名前は小野屋マコト。年齢は28歳で普通のサラリーマンだ。

まあ、気軽な感じで「小野屋」とか「マコト」って呼んでくれ。ちなみに敬称とかも要らないからな」



 そういえばと、未だ名前すら伝えていなかったことに気付いたマコト。

 簡単な自己紹介を済ませると、空になったカップ麺の容器を一つに重ねた。



「つーか癖になっちまったな」



 マコトは、空になった容器をゴミ箱へと放り込む。

 そしてそう溢すと、習慣になりつつある煙草に火を着けようとしたのだが……

 

 

「……うむ! それでは「まこっちゃん」と呼ぶことにするのじゃ!」


「……なんて?」



 アンジーの一言によって、その手をピタリと止めることになる。



「その……なんだ? まこっちゃんって言うのは俺のことか?」


「うむ! まこっちゃんは儂にあだ名を付けてくれたからのう!

し、正直、こういうのはあまり慣れておらんから照れくさくはあるんじゃが――ど、どうじゃ!? まこっちゃんは気に入ってくれたかのう!?」



 アンジーは照れくさそうに頬を赤らめると、期待と不安が入り混じった上目遣いをマコトへと送る。  

 対して、上目遣いを送られたマコトの反応はというと――



「普通に却下だ」


「そうかそうか! まこっちゃんも気に入って――……きゃ、却下?

い、いやいや、きっと儂が聞き間違えてしまったんじゃろう」


「いいや、普通に却下と言ったんだ」



 にべもなく、却下という言葉を叩きつけた。 

 

 そして、そんなマコトの対応なのだが……客観的に見れば冷たい対応として映るのだろう。

 しかし、マコトも28歳であり、三十路も間近に迫ったいい大人だ。

 流石に「まこっちゃん」が似合う年齢ではないし、そう呼ぶのが10代半ばの見た目をした美少女ともなれば、精神的にも社会的にも厳しい。


 それに加えてだ。

 実のところ、マコトは「主殿」と呼ばれることに対しても何ともいえないむず痒さを覚えていた。

 だからこそ自己紹介の際に、「小野屋」と「マコト」の二択だけを提示し、さりげなく「主殿」という選択肢を排除してみせた訳なのだが……

 


「なんでじゃ!? まこっちゃんの何が駄目なのじゃ!?」


「分からねぇかもしれねぇが、あだ名にも適齢期ってもんがあんだよ!!

そもそも、お前は俺の面がまこっちゃんって面に見えんのかよ!?」



 思惑に反して、斜め上の選択肢を放り込まれてしまったのだから、冷たい反応を返したくなるし、少しくらい声を荒げたくもなるのだろう。


 とはいえ――


  

「はぁ……ったく。

しかしまあ、なんだ……あ、ありがとな」



 マコトだってアンジーの気持ちを無碍にしたい訳ではない。

 あだ名を考えてくれたこと自体は素直に嬉しかったし、あまり人相の良くない自分には「まこっちゃん」というあだ名は似合わない――というのは建前で、少しだけ気恥ずかしかっただけなのだ。     


 

「礼を言ったということは……まこっちゃんと呼んでも構わんのじゃな!」


「いや、流石にそれは勘弁してくれ……」


「ぬっ!? じゃあ何と呼んだらいいのじゃ!?」


「何てって……普通に小野屋とかマコトじゃ駄目なのか?」


「駄目じゃ! それだと独創性を欠いておる!

というかじゃな! まこっちゃんが駄目だというなら、儂を納得させるような代案を出すのが道理じゃろうが!」


「代案って……そもそもあだ名で呼ばれる機会が少ねぇし、仲が良いヤツは大体マコトって呼ぶからなぁ……」


「ぬっ!? 仲が良いヤツはマコトと呼ぶのか!?」


「ん? ああ、今でも付き合いのあるヤツはマコトって呼ぶヤツが大半だな」


「ぬっ……ぬぬぬぬぬっ……」



 マコトの返答を聞いたアンジーはうんうんと唸る。

 だが、そうして唸っていたのも僅かばかりの時間でしかなく。

 


「や、やっぱり儂もマコトって呼ぶことにするのじゃ!」



 少しだけ慌てた様子で、そのような結論を出した。

 そして、そんなアンジーを見たマコトは僅かに頬を緩めると――



「そっか、よろしくなアンジー」


「うむ! よろしくなのじゃマコト!」



 腰に置いていた右手を差し出すのだった。






 それから僅かばかりの時間が経過し、時計の短針は2時を指そうとしていた。



「取り敢えず必要そうな物をまとめてみたけど……全部を持ち運ぶのは流石に無理そうか……」



 そう溢したマコトの視線の先には、家中からかき集めた水と食料。

 ラジオやライトといった有事の際に役立つ物や、武器になりそうな鉈やスコップなどがずらずらっと置かれている。

 

  

「車が使えりゃ良いんだけど、木の根が飛び出してるような道路じゃ移動には不向きだろうしなぁ……」



 何が必要で、何が不必要なのか?

 リビングに置かれた荷物を眺めながらマコトが頭を悩ませていると――



「のう、マコトよ?

準備をしているのは分かっているんじゃが、何に対しての準備をしているんじゃ?」

 


 アンジーが疑問を口にし、荷物、マコトの顔という順番で視線を移す。



「何の準備って……この家を出る為の準備に決まってんだろ?」


「して、この家を出てどうするつもりなんじゃ?」


「それは当然――……」



 そこまで言い掛けたマコトは、同時に二つのことに気付く。

 一つは、自分の目的をアンジーに知らせていなかったということ。

 そしてもう一つは、アンジーの目的を知らされていなかったということだ。


 その二つに気付いたマコトは―― 



「この機会に、お互いの目的を確認しておいた方が良さそうだな」



 そのような結論を出すと、自分の目的を伝えることにした。



「俺の目的はアレだ……端的に言うと復讐と人探しだな。

俺の両親は黒い豚の化け物に殺されちまったんだ。

だからソイツを見つけ出して、両親の無念を晴らし――いや、そんな良いもんじゃねぇな。単純に俺がムカついてるからぶち殺してやりてぇんだ。

それと……助けたい人が、会って謝りたい相手が居る――それが、ここを出る理由で目的だ」



 話を聞いたアンジーは、「成程のう」と頷く。

 マコトはそんなアンジーに視線を送ると、アンジーの目的を知る為に尋ねることにした。 



「それで、アンジーは何の目的があって俺の傍に居るんだ?

俺の話を聞いたうえで、これからどうするつもりんだ?」


「ふむ、儂の目的……そうじゃのう……」



 尋ねられたアンジーは、そっと唇に指を置く。

 そうして数秒の間、逡巡するように視線を宙に彷徨わせるのだが……



「……特にはないかのう?」



 考えたところで、これといった目的が思い浮かばなったのだろう。

 実に気の抜けた言葉を、疑問の答えとして返した。



「は? 特にない?」


「目的じゃろ? 特にはないのう。

まあ、敢えて挙げるのであれば、表情をコロコロ変えるマコトという人間に興味が湧いた、だから力を貸してやろうと思った。

と、いったところなんじゃが、これは目的ではなく理由じゃからのう」


「そ、それだけなのか? 良く分からないけど凄い吸血鬼なんだろ?

他になにか目的があるから契約とやらを交わしたんだろ!?」


「契約?」


「おい、今なんで疑問符を付けた?」


「ち、違うんじゃよマコト? ちーっとだけ忘れておっただけなんじゃよ?」


「まさか契約って言葉も、唇を合わせる行為も、意味がないとか言わないよなぁ?」


「意味はある! あの行為自体には意味はあるんじゃ!」


「には? じゃあ契約って言葉自体に意味は無いんだな?」


「ぬぐっ……そ、それは……儂って何でも形から入る方じゃろ?」


「おまっ……お前……」



 アンジーの答えを聞いたマコトは、思わず眉間を押さえる。

 次いで煙草に火を着けると、心を落ち着かせるようにゆっくりと煙を吐いた。



「まあ、言いたいことは色々とあるが……

結局のところ、今後アンジーはどうするつもりなんだ?」


「ど、どうするも何もマコトに着いていくつもりじゃよ?」


「復讐と人探しが目的のつまらない旅になっちまうぞ? それでも良いのか?」


「う、うむ! 復讐、人探し、大いに結構!

マコトと行動を共にすれば、この世界を知る機会が増えるということじゃろ?

日本という国に興味がある儂にとっては、是非も無い話じゃよ。

それにマコトであれば、コーラやカップ麺のような美味なるものを知っておるじゃろ? それを教えて貰えるだけでも、充分に着いていく価値があるというものじゃ!」


「成程な……てか、それって一つの目的じゃねぇか?」


「ん? そう言われてみれば確かにそうじゃのう。

ふむ。とどのつまり、儂の目的は観光とぐるめというヤツになるのかのう?」


「まあ、そういうことになるんじゃねぇか?」


「ふむふむ、だとしたら、マコトは儂にとっての案内人じゃな」


「案内人ねぇ……もう一度聞くけど、俺には目的があるし、自分本位な案内人になっちまうぞ? 本当にそれでも良いのか?」


「問題無しじゃ」



 アンジーの言葉を聞いたマコトは、湿った灰皿をジュウと鳴らす。



「まあ、拙いなりにも案内人を務めさせて貰うよ。

で、そうなるとアンジーはお客様ってことになるのか?」


「お客様かつ、護衛といったとところじゃな!」


「護衛?」

 

 

 そして、疑問を口にした瞬間――



「は?」 



 マコトの目に映ったのは、アンジーによって蹴りあげられたスコップ。

 続いて届いたのは、中空を切る回転音。

 


「じゃから護衛として、マコトの認識を改めてやる必要があるのう」



 輪郭のぼやけたスコップの先端と、その奥で笑みを浮かべるアンジーの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る