第5話 教典喰らいの領分


「あぶねぇ真似すんな……つーか認識を改めるって、何に対してだよ?」


 

 一歩、二歩と後ずさり、スコップの先端に輪郭を持たせたマコト。

 続いて、指先で先端を押し下げると、眉根に皺を寄せながら尋ねる。


 対して、スコップをくるりと回すと肩に担いだアンジー。

 


「何に対してって――コイツじゃよ、コイツ」



 肩に担いだスコップを指し示すようにして、カンカンと指先で鳴らした。



「認識を改めるって、スコップのか?」


「ぬぅ、マコトは察しが悪いのう……

それでは聞くが、マコトはコイツを何に使用するつもりなのじゃ?」


「何に使用するって、化け物に対抗する為の武器として――」


「そうじゃな、マコトはコイツを武器として使用するつもりでおったのじゃ。

それが改めるべき認識であり、間違った認識なんじゃよ」


「間違った認識……あっ」



 アンジーの話を聞き、ハッと目を見開くマコト。

 同時に、昨日の惨劇を思い出すと、ひとつの答えを導き出す。

 

 

「全力で鋤を振り下ろしたっていうのに、あの化け物には傷一つ付けることができなかった……

要するに、スコップ程度じゃ武器の役割を果たさないし、あの化け物には通用しない。アンジーはそう言いたい訳だな?」

 

「うむ、その通りじゃ。

マコトが言う化け物――儂らは魔物と呼んでいるんじゃが、このような鉄の塊では、碌に傷をつけることすら適わないじゃろうな」


「だが、化け物――魔物だって生物だろ?

例えば、もっと武器らしい刀とか、銃を手に入れることができれば……」


「まあ確かに、下位の魔物であれば、このスコップであろうと手傷を負わすことが可能じゃろうし、銃とやらがあれば命を奪うことだって可能じゃろう」


「それじゃあ――」


「じゃが、それはあくまで下位の魔物であればの話じゃ。

中位や高位の魔物にはまず通用せんじゃろうし、それは両親の仇である黒い豚の魔物にも言えることじゃ」


「なっ!? おいアンジー! お前はアイツについて何か知ってるのか!?」


「ちょっ!? 揺するな揺するな! 服がはだけるじゃろうが!?」


「わ、悪りぃ」



 注意されたことにより、揺する手を離したマコト。

 アンジーは「んもぅ」と言いながら乱れた襟首を直すと、「こほん」と咳払いをしてから話を再開させた。



「して、マコトの質問に対する答えなんじゃが、知っているといえば知っているし、知らないといえば知らないというのが儂の答えじゃな」


「……勿体ぶらないでくれよ」


「ぬっ? 確かに勿体ぶった言い方をしてしまったのう。

では、端的に述べさせて貰うと――その黒い豚の魔物というのはオークと呼ばれる魔物の亜種で、いわゆる【はぐれ】と呼ばれる存在じゃ」


「オークの亜種……てか【はぐれ】つーのは?」


「【はぐれ】というのは、集落から追い出された【はぐれ者】という意味じゃよ。

マコトには無いかのう? 人種や肌の色で、相手を警戒した経験が」


「そんな経験――」



 マコトは「ねぇよ」と続けようとして、その言葉を飲み込む。

 外国人に道を尋ねられた際、僅かだが緊張し、僅かだが警戒したことを思い出したからだ。

 


「その様子じゃと心当たりがあるようじゃのう?

まあ要は、それと同じようなことがオークの間でも起こるということじゃ。

オーク達は見た目の違う亜種という存在を警戒し、恐れ、集落から追い出した。

じゃから【はぐれ者】、亜種という存在が総じて【はぐれ】と呼ばれる所以、という訳じゃな」


「総じて【はぐれ】ね……だから勿体ぶった言い方をしたって訳か」


「ぬっ、察してくれたようじゃのう?」


「要するに――両親の仇が【はぐれ】だってことは知ってるけど、両親を殺した【はぐれ】については何も知らないってことだろ?」


「うむ、そのとおりじゃ! マコトも儂のことがわかってきたのぉ~」



 そう言うと、愉快そうに笑い声を上げるアンジー。

 そんなアンジーとは対照的に、マコトの表情は重い。


 だが、それも仕方がないことなのだろう。 

 確かに、親の仇が【はぐれ】だと知れたことは朗報であった。

 しかし、その【はぐれ】が複数存在するという事実は悲報でしかない。

 

 

「ある意味、親の仇が増えたようなもんじゃねぇか……

しかも武器が通用しないとなると……ははっ、どうすっかな……」



 ゆえに、弱気とも取れる言葉が、マコトの口から漏れてしまったのだが――



「そう暗い顔をするなマコトよ。

確かに、スコップとやらが武器として通用する可能性は低いじゃろう。

じゃが、通用しないなら通用する武器を手にすれば良いだけの話じゃ」



 アンジーの口から、再び朗報とも取れる言葉がもたらされる。



「通用する武器!? そんなモノがあるのか!?」


「うむ、そんなモノがあるのじゃ」


「教えてくれ! その通用する武器ってヤツを!」


「ぬあっ!? だから揺するなと言っておろうが!? 服がはだけるんじゃぁ!」


「わ、悪りぃ……」



 再度注意され、慌てて肩から手を離すマコト。

 アンジーは「……強引なのも有り寄りの有りじゃな」などと、訳の分からないことを言っていたが、襟首を整え直すと話を再開させた。




「直ぐに本題に入りたいところではあるんじゃが……

前置きとして、まずは話しておきたいことがあるんじゃ。

のうマコトよ。マコトはこの世界の異変をどのように捉えておる?」


「この世界の異変……動植物の突然変異とも考えていたんだが……

アンジーの存在を考慮すると……別の世界から、植物や魔物が瞬間移動して来たとかか?」


「ほうほう、なかなかに良い所を突くのう」


「良い所を突くって、アンジーは異変の原因を把握してんのかよ?」


「まあ、憶測ではあるんじゃが、大凡は把握しておるよ?」


「本気で言ってんのか? じゃあ聞くが、何でこんなことになっちまったんだ?」



 マコトは半信半疑といった様子で頭を掻く。

 


「じゃあ、説明させて貰うとするかのう」



 対して、アンジーは自信に満ちた表情を浮かべると――

 


「世界の転移――それがこの異変の原因じゃ」


「は?」



 にわかに受け入れ難い言葉を口にした。



「世界の転移? ……つーとアレか?

黒魔術の儀式みたいな感じで、誰かが世界を転移させたっつーのか?」


「そんな訳なかろう?

世界の転移など、誰であっても成すことのない領域にある業じゃ。

例え、何十、何百億の命を犠牲にしたとしても、決して届くことのない神域の御業じゃよ。

それこそ本当に神域に住まう者か、或いはこの星の意志か。

兎にも角にも、人知の及ばぬ存在であるナニカでなければ、世界の転移を引き起こすことなど不可能じゃ」


「それじゃあ、この異変は神様が引き起こしたとでも言いたいのかよ……」


「それは正直儂にも分からん。じゃが、現に儂は体験しておる。

転移の際に生じる、身体を分解され、再構築されていくような感覚を。

今まさに感じておる。マコトの世界と、儂の居た世界が混ざり合っていくような感覚をのう」


「それを……信じろって言うのかよ?」


「いんや、信じろとは言わんよ?

信じようが信じまいが、確実に世界は変化しておるし、全ての人々が嫌でもその変化に気付くことになるからのう」


「信じようが信じまいが、か……」



 余りにも受け入れ難く、余りにも荒唐無稽な話を聞かされたからだろう。

 そう呟いたマコトは、無自覚の内に煙草をくゆらせていた。


 そうして、深呼吸するかのように煙草をくゆらせていたマコト。

 一本を吸いきる頃には気持ちを整理することができたようで――



「……分かった、分かったよ。俺はアンジーの話を信じる。

信じるが、幾つかの疑問があるからそれに答えてもらっても構わないか?」


 

 アンジーの話を信じるという結論を出した。



「うむ、構わないのじゃ!」


「じゃあ聞くが、アンジーの世界っていうのは当然人間も居たんだよな?

そいつらも、この世界に転移して来ているのか?」


「ぬっ、いきなり答えずらい質問じゃのう。

まあ、一部の人間は転移してきていると思うぞ?」


「一部っていうのはどういうことだ?」


「端的に言うと強者じゃな」


「強者? じゃあそれ以外のヤツらはどうしたんだ?」


「恐らくは……転移の負荷に耐えられず、命を落としているじゃろう」


「は? 死んじまったのか?」


「うむ、転移というものには幾つかの種類があるんじゃが、儂達がこの世界に来たのは【強制転移】と呼ばれるものに近いからのう。

耐性のない一般市民は勿論、低位の冒険者程度では、あの負荷に耐えることはまず不可能じゃろうな」


「だとしたら……アンジーの家族は無事そうなのか?」


「……そんなものはとっくに亡くなっておるから心配するな」


「え?」



 マコトは、「亡くなった」という言葉を聞き、思わず間の抜けた声を漏らす。

 加えて、踏み込んで質問をするべきか頭を悩ませるのだが……



「で、次の疑問はなんじゃ? もう終いかのう?」



 踏み込まれるのを拒絶するかのように、空きかけた間を潰したアンジー。

 そんなアンジーの反応を見たマコトは――



「いや……じゃあ魔物はどうなんだ?

アンジーの理屈だと、魔物は強者ってことになるよな?」



 今は踏み込むべきではないのだろう。

 そのように判断すると、別の疑問を問い掛けることにした。        



「また、答えにくい質問じゃのう……

まあ、マコトが言うように強者であるというのも理由の一つなんじゃが、下位の魔物は決して強者という訳ではない。

では何故、強者ではない下位の魔物が転移に成功したかというと――恐らくは自我の差じゃろうな」


「自我の差?」


「うむ、例えばマコトよ。

見知らぬ者に捕まり、強制的に何処かに連れて行かれそうになったらどうする?」


「どうするって……そりゃあ抵抗するんじゃねぇか?」


「じゃろうな。それは儂の居た世界の人間もきっと同じだったんじゃ。

転移の光に包まれた瞬間、不安や恐れを抱き抵抗しようとした。

まあ、先程は負荷に耐えられないと端的に説明したんじゃが、抵抗したからこそ負荷を背負う羽目になり、命を落とす結果となった。と付け加えた方が、より分かりやすかったのかもしれんな」


「……なんか、やるせねぇな」


「本当にそうじゃな。

それで魔物の話に戻るんじゃが、下位の魔物には大凡自我と呼べるようなものが備わっておらん。

まあ、自我に近いものはあるんじゃろうが、それは本能と呼ぶようなもので、やはり自我と呼べるようなものではないんじゃよ。

ゆえに、下位の魔物は転移というものを抵抗することなく受け入れることができた。ゆえに、下位の魔物は転移に成功した。という訳じゃな」


「成程な……つーことは、この世界に居る魔物は下位か上位ってことになるのか?」


「ん~、転移を体感した儂の見立てじゃと……

中途半端に自我のある下位の中位から中位の中位あたりの魔物は、転移で命を落としている可能性が高いと踏んでおるのう」


「何か……分かりにくいな」


「では、強さを10段階に分けて、強さ3から6までの魔物が命を落としてる。といったら分かりやすいかのう?」


「ああ、そっちの方が分かりやすいな。ありがとなアンジー」


「うむ! 尊敬してくれても良いんじゃよ?」


「まあ、考えておくよ」



 そのような会話を交わすと、頬を緩ませる二人。

 話疲れたのもあってか、同じタイミングで温いお茶を流し込んだ。

 

 そうしてお茶で喉を潤し終えると――



「で、話をぐぐぐいーっと戻して、魔物に通用する武器の話じゃたな?」


「ああ、通用する武器とやらについて教えてくれ」



 魔物に通用する武器。その本題へと入った。



「まずはおさらいじゃ、儂はこの世界がどうなっていると言うた?」


「世界そのものが転移して、一つに混ざり合ってるって言ってたな」


「そうじゃな。ではそうなったら場合どうなるんじゃ?」


「どうなるって……世界の情報量が増える? ……いや、法則が増えるのか?」


「そう! 世界の法則が増えるのじゃ!

して、問題じゃ! どうして儂の世界は魔物達に滅ぼされなかったと思う?」


「それは対抗手段……魔物に通用する武器があったからか」


「まさしくじゃ! 【はぐれ】だろうと退ける武器が儂の世界には在った!

儂の世界には【竜種】だろうと退ける法則が! 概念が在ったのじゃ!

そして今まさに! この世界は混じり合い、その法則を! 概念を! 享受しようとしておる!

では、その武器とは! 法則とは! 概念とはいったい何か――」



 マコトは認識する。

 饒舌に語るアンジーの後方、押せばギィイイと鳴るような扉の存在を。


 マコトは視認する。

 まさにギィイイという音を立て、重厚な扉が開いていく様を。


 マコトは理解する。

 その扉の先に、中世の図書館を思わせるような光景が広がっていることを。


 そして覆る。



「――それ即ち魔なる法則! それ即ち【教典喰らい】の領分である!」



 28年を共にしてきた世界の法則が。

 

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