第34話 黄瀬寅丸「恋の予感」

 美味しい米との相性がいいんだろうな。




 一人当たりのカレー消費量で、全国1、2位を争う、新潟県。


 ぼくの出身地だ。




 子どもの頃から、週に5日はカレーを食べて育った。




 そして、ボウエイジャーとして、僕に与えられた色は、黄色。


 黄の戦士イエローと言えば、当然、カレーだ。




 ぼくとカレーを繋げる条件は、すべて揃ってると言っていいと思う。




 だけど……、


 ぼくは、カレーが好きじゃない。




 簡単に言うと、子どもの頃から食べ過ぎて、飽きたんだ。


 一時期は、信号の黄色を見るだけでも、苦痛に感じた。




 ぼくが本当に好きな食べ物は、パンケーキなんだ。


 頭の中に『原宿いやほい』が流れるくらい。




 ぼくがカレーを食べているのは、イメージを守るためだけなんだ。




 実際、こないだ、一人でいつもの定食屋、『小江戸屋』に行ったときも、あとからキャップと赤羽さんが来たから、こっそり店主さんに注文を変えてもらった。


 本当に食べたかったのは、オムライスだ。




 いやいや、イメージを守るためって、民間人は、黄の戦士イエローの正体が黄瀬寅丸きのせとらまるってコトを知らないんだから、外で何を食べてもいいんじゃね?


 そう思ったみなさん。確かにその通りだ。




 でもね。ぼくは、他の4人のことが大好きなんだ。


 だから、4人には気持ちよく働いてもらいたいし、ぼくのイメージが崩れることによって、仕事の効率が下がることは望んでいない。




 だから、ぼくがイメージを守っているのは、他の4人のためなんだ。




 でも、「きのこ」は好きなんだ。


 だから、みんな(青砥さんを除く)が、ぼくのことを「きのこ」って呼んでくれるのは、正直嬉しい。




 だから、名前を「MAITAKEまいたけ」にしてるんだ。




 ん? なんの名前だって?


 そりゃあ、ぼくが運営している「特警戦隊ボウエイジャー ヒーロー人気ランキング」サイトの管理者の名前だよ。




 このサイトは、ぼくが運営してるんだ。


 もちろん、他のメンバーは管理者がぼくだってことは知らない。




 管理者だから、ランキングを操作して、ぼくの順位を上げることも、もちろんできるよ。


 でもね、みんなには気持ちよく働いてもらいたいから、そんなことはしない。


 ぼくは下位でも、ぜんぜん問題ないんだ。




 でも……




『特警戦隊ボウエイジャー ヒーロー人気ランキング(週間)』


 1位 赤の剣士レッド 258,661票


 2位 青の槍士ブルー 258,365票


 3位 桃の術士ピンク 200,229票


 4位 漆黒の淑女ブラックプリンセス 158,113票


 5位 白の闘士ホワイト 153,874票


 6位 漆黒の総帥ブラックダディ 86,782票


 7位 黄の戦士イエロー 84,147票


 8位 ゼラチンマン(妖魔獣) 41,328票


 9位 プテラプロス(妖魔獣) 25,357票


 10位 フェンリル(妖魔獣) 16,841票




 緑の拳士グリーンは、12位だ。


 フェンリル戦では、1ミリも動かなかったから、それで下がったのかも。


 緑埜くんにも、気持ちよく働いてもらいたいんだけどな。




 その緑埜くんは、自分の席で、いまだにへこんでいる。




「おい、ミド! トレーニング行くぞ!」


「あ……、あとで……」




 赤羽さんに誘われても、反応は蚊の鳴くような声だ。




 ぼくはサイトに目を戻した。


 今日も、たくさんのメールが届いている。


 一応、すべてのメールに目を通すけど、いつも、半数は管理人、つまりぼくへの応援&労いメール。


 残りの半分はと言うと




『このランキング、ヤラセじゃねえの!? ピンクはもっと上だろ!!』


『ホワイトは、伝説のヒーローだから、ランキングから外すべきでしょう』


緑の拳士グリーンって誰?? 見たコトないんですけど?』


『妖魔獣に票を入れる人って何者? 日本を滅亡させたいってコト?』




 など、クレームや言い掛かりのような内容ばかりだ。




 が……、『送信者:川口実那美』?


 え!? もしかして!




 ぼくは、このメールを開いた。




『サイト管理者 MAITAKEさま


 はじめまして。


 突然のご連絡、失礼いたします。


 私は、東都テレビで報道レポーターをしております』




 やっぱりだ!


 あの、人気レポーターの川口実那美かわぐちみなみさんだ!


 一度だけしか会ったことがないけど……、癒し系美人で、ちょっと天然の実那美さんだ!




 まだぼくが、ニュージーランドでラグビーをやっていた頃、スポーツ担当レポーターだった彼女が、『本場で活躍する、日本人ラガーマン』という特集で、わざわざニュージーランドまで来てくれたんだ。




 そのときから、正直、ファンだ!




 いや、待て待て……、なりすましかもしれない。


 警戒しながら、続きを読もう。




『私は、【特警戦隊ボウエイジャー】の緑の拳士グリーンだけが、他の4人に比べて格段に人気がないことを、不思議に思っています。


 御社サイトのランキングのことだけではありません。一般論でのお話です。


 そのため、東都テレビでは、人気のある赤の剣士レッド青の槍士ブルー桃の術士ピンクの3人を重点的に、撮影・放送する方針で進めております。


 しかし、私としては、5人全員の活躍を電波に乗せたいと考えております。




 そこで、私が個人的に作成した<緑の拳士グリーンを応援するサイト>のURLを添付したので、御社サイトにリンクを貼っていただけないでしょうか』




 なりすましかもしれないのに、思わずURLをクリックしてしまった。




 が……、そのサイトは、非常に良くできていた。


 自分でつくったのか、プロに頼んだのかはわからないけど……


 どこの局でも放送されない、緑の拳士グリーンの活躍動画や、緑の拳士グリーンの魅力などが、わかりやすくまとめられている。




『もし、良ければMAITAKEさんの知識をお借りして、緑の拳士グリーンの人気を上げる方法をご相談したいと考えております。


 できることなら、一度お会いしてお話したいのですがいかがでしょうか?


 良いご連絡をお待ちしております』




 こ、これは! 恋の予感!




 川口実那美さんに、もう一度会えるかもしれない!


 失恋を怖れて、に停まっている場合じゃない!




 なりすまし!?


 誰だ、そんなこと言ったのは! なりすましのわけないじゃないか!




 んー、リンクを貼るのは簡単だけど……、まずは返信しよう。




「きのこ! 居るか?」




 司令官室から出てくると、キャップは言った。


 探してから言ってよね。


 体の大きさだけで考えれば、ぼくが一番目立つはずだよね。




「ここにいますよ」


「おう、そうか。もうすぐ来るから、準備しておいてくれよ」




 時計を見ると、あと10分ほどで、午前11時だ。


 すっかり忘れていた。




「あ、はい」


「ミドも、早く準備しろよ」




 緑埜くんはたましいが抜けたままだ。




「おい、ミド、返事しろって」


「は、はい……、な、なんの準備っすか?」




 蚊が鳴いた。




「あれ? きのこ、お前、ミドに伝えてなかったのか?」


「え? ああ、伝えたか伝えてないかで言ったら……、忘れてました」


「伝えたか、伝えてないかで答えてくださいよ……、ってか、伝えてくださいよ」


「ったく、もう」




 キャップがぼくの代わりに言う。




「今日は、幼稚園児のおしごと見学が入ってるんだよ。で、お前ときのこで、国防省の仕事を子どもたちに説明するんだよ」




 対外的には、ぼくらは総務三課だから、稀に、そういった雑用も回ってくる。




「へ? そんなん、胡桃沢にやらせたらいいでしょ。後輩やねんから」


「胡桃沢はインターンだろ。それに、もし胡桃沢を入れて、若手二人で案内することになったら、きのこが外れて、お前と胡桃沢二人で行ってもらうコトになるぞ?」


「苦痛でしかないですやん!」


「ほら、我儘わがまま言わないで行こうよ。コレ、あげるからさ」




 ぼくは、届いたばかりのネットショッピングの商品を、緑埜くんに見せた。




「いや、こんなん、僕にはりませんて!」


「こないだのソーイングセットも、もしかして、使い道なかった?」




 ぼくがそう言うと、緑埜くんはしばらく考えて、「一応もらっときますわ」と言って、受け取った。




「で、いつ、どこに行ったらええんすか?」




 自棄やけ気味だ。




「11時に、南門に来てもらうように言ってる」


「み、みなみ!!」




 ぼくは、キャップの言う「南門」の「みなみ」に、ドキッとしたけど、




「あと、10分もないですやん!」




 緑埜くんは、普通に返事した。


 ぼくと緑埜くんは、急いで背広スーツに着替えて、南門、いや、実那美みなみ門に向かった。




 11時になる直前に、実那美門に着いたけど、見学者たちは既に待っていた。




「こんにちはぁ!」




 20人を超える子どもたちが、元気に挨拶をしてくれた。


 そして、二人の女性、幼稚園の先生がぼくたちにお辞儀をした。




「あれ?」




 先生の一人に、見覚えがある。


 ぼくのとなりを見ると、緑埜くんはその女性を見て、目を見開いて言った。




「は、葉菜さん……?」

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