第32話 青砥雅騎「狼魔獣 フェンリル」

 穏やかな風が通り抜ける。


 真昼の太陽が照らす陽気は、初夏の訪れを感じさせた。




「燃え盛る深紅の炎が焼き尽くす! ボウエイ赤の剣士レッド!」




 若草の匂いが、鼻を優しく刺激する。


 仕事でなければ、草の上でゴロゴロしたいところだ。




「不可避のやいばは絶対零度! ボウエイ青の槍士ブルー!」




 東京から少し離れた、埼玉県の草原牧場。


 こんな場所に妖魔獣が現れるのは珍しい。




「アタシ、マジ女子力ないしー、だってアタシ、中身おっさんだからww♪ って言うタイプの女がマジ嫌い! ボウエイ桃の術士ピンク!」




 草木を揺らす風の音が聴こえる。


 静かだ。




 いつもならここで、緑の拳士グリーンの切り裂くようなつっこみが入るはずだ。


 しかし、今日に限っては、そうは行かない。




「ちょっと、緑の拳士グリーン!! なんか言ってよ! アタシがすべったみたいになってんじゃん!!」




 桃の術士ピンクの気持ちはわかる。


 しかし緑の拳士グリーンは、両手両膝を地面に着け、項垂うなだれている。


 所謂、「orz」だ。




 心なしか、緑の拳士グリーンの周りだけ、灰色にくすんで見える。


 漫画だったら、「ず~ん……」という文字が書かれるかもしれない。




 数日前、意識を失った緑埜だったが、




『みんな安心せい。緑の拳士グリーンが目を覚ましたぞ』




 緒睦おむつ博士のアナウンスに、俺たちは歓喜した。


 緑埜の体調はその後戻り、身体は快復したが、それに反比例して、緑埜アイツの心は沈んでいった。




「好きな女に会いたいのに、全然会えねえんだってよ! 愛だな! 愛!」




 赤羽さんの話では、緑埜は目を覚ました後も、とある女に出会うため、心当たりがある場所を探し回ったが、結局出会うことはできなかったらしい。




 きっと、キャバクラで会った、サラって女だろう。


 いや、黒咲さんって言ってたかな。






 そのせいで、緑埜は落ち込んでいるのだ。


 恋のやまいだ。




 そんな中での今日の戦闘だ。


 敵の妖魔獣の名前は『フェンリル』。オオカミ型の魔獣だ。


 体はでかく、一撃で致命傷を与えられそうな鋭い爪と牙を持っている。




「ブツブツ……」


「ん? なんだって?」




 緑の拳士グリーンが声にならない声で音を発したが、何を言っているかわからない。


 俺は緑の拳士グリーンの口元に、自分の耳を近づけた。




「どこに、行ったら……、会えるんや……」




 だめだ。


 はっきり言って、緑の拳士グリーンは役に立たない。


 序盤では、景色の描写で余裕がある素振そぶりを見せたが……、これは、非常にまずい。




 緑の拳士グリーンがこんな状態で、こいつらに勝てるのだろうか。


 今、フェンリルとレヴナントが、一斉に緑の拳士グリーンに襲い掛かってきたら、極めて危険。




 戦う前から劣勢だ。




「ひ、ひぃ~~!」




 黄の戦士イエローの怯える声が届いた。




「「「 黄の戦士イエロー!! 」」」




 奴らが一点集中して攻撃を仕掛けた相手は、緑の拳士グリーンではなく、黄の戦士イエローだった!


 狼魔獣フェンリルと多数のレヴナントが、黄の戦士イエローを円形に取り囲んでいる。




 いや、「取り囲んでいる」と言うよりも、黄の戦士イエローも「円の一部になっている」と言った方がいいかもしれない。




 フェンリルが右手、というか右前足を振り上げた。鋭い爪が光る。


 そして、その爪が黄の戦士イエローの顔に向かって振り下ろされた。


 レヴナントたちの手も、黄の戦士イエローの顔に向かう。




「危ないっ!!」




 フェンリルの右手の指は、黄の戦士イエローを指し示すように、止まった。


 レヴナントたちのそれも同じだ。




「??」




 その時、レヴナントの一人が、落ち着いた声で言った。




「この結果、2日目の朝に追放されるのは、黄の戦士イエローに決まりました」


「ちょっと待ってよー! 俺、市民だってば!」




 そう言いながら黄の戦士イエローは、その円から離れた。




「なにコレ? どういうこと??」




 桃の術士ピンクが言った。


 確かに、この状況は理解できない。




「ブツブツ……」




 また、緑の拳士グリーンが何かを言ったので、俺は近づいて聞いた。




「オオカミ、相手、に……、人狼じんろうゲーム……、すんな」




 なるほど、そういうことか。


 緑の拳士グリーンが、虫の息でつっこんだ。




「なんだよ! お前ら、戦う気ねえのかよ!」




 赤の剣士レッドがため息交じりに言った。


 その言葉に、フェンリルが答える。




「だけどよお。漆黒の淑女ブラックプリンセスがあんな状態だからガルゥ」




 と、僅かに盛り上がった丘に指を向けた。




 その丘の上では、漆黒の淑女ブラックプリンセスが、緑の拳士グリーンと同じように、手足を地面に着けて、項垂れていた。


 「orz」だ。




漆黒の淑女ブラックプリンセスってば、ここ数日間落ち込んでて、オレたちに指示を出してくれないガルゥ」


「知らねえよ! おれはそんなこと訊いてんじゃねえ! 戦うのか戦わねえのかを訊いてんだよ!」


「だから! オレたちは、漆黒の淑女ブラックプリンセスの指令がないと、お前らに攻撃できないんガルゥ!」




 なるほど。敵は敵で、いろいろと困りごとがあるようだ。




「……どうする?」




 桃の術士ピンクが、俺たちに訊いた。




「攻撃してこない相手をやっつけるのも、気が引けるな」


「んー、だったら、仕方ないか」


「おい! ちょっと待てよ! わざわざ埼玉くんだりまで来て、何もしねえなんてよ! これじゃあ、ただの楽しいピクニックじゃねえか!」


「じゃあ、どうするって言うの! 今回はこの子たち、民間人に迷惑をかけたわけでもないんだよ!?」




 桃の術士ピンクの言葉に、赤の剣士レッドは頭を抱えた。






 しばらく悩んだ後に発した赤の剣士レッドの言葉に従い、俺たちはが沈むまで、『人狼じんろうゲーム』に興じた。




 緑の拳士グリーン漆黒の淑女ブラックプリンセスを除いた全員で。

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