第24話 黒咲葉菜「漆黒の図書館長」

「んー、共通の知り合いとか、いないんですかあ?」




 泣かせてしまったせいでしょうか。


 灰原さんは、少々非協力的なようです。






 わたくしは先ほど、灰原さんのひたいにパンのシールを貼りながら、とある妙案が閃きました。




 諜報員として高い能力を誇る彼女に、緑埜さんの身上しんじょうを調査していただくのです。


 彼女のことです。一両日中には調査を完遂してくださることでしょう。




「お名前は?」


「緑埜航平さんです」




「ご職業は?」


「公務員です」




「ご年齢は?」


「わかりかねます」




「ご住所は?」


「存じ上げません」




「……電話番号は?」


「把握しておりません」




「……よく着る服は?」


「定かではありません」




「何もわかってないじゃないですかあ!」


「き、嫌いな食べ物は人参です!!」


「ムダ情報ですう!」




 その結果、灰原さんは呆れたご様子で、共通知人の有無を確認なさったのです。




「もしいるんだったら、その人に訊いた方が早いですよねえ?」




 緑埜さんとの共通の知人は一人だけでございます。


 左様です。大学のお友達、胡桃沢結華くるみざわゆいかさんです。




 しかしながら、彼女はどうやら、緑埜さんのことをあまり好ましく思っていらっしゃらないようです。


 そのため、結華さんにご相談することは極力避けたいところです。




 あんなにも素敵な緑埜さんに魅力を感じない結華さんは、そもそも異性に関心が無いとしか考えられません。


 男性にご興味満載の女ボウエイジャーさんもいらっしゃるというのに。




「お願いします。あなたしか頼れる方がいないのです」




 わたくしは、灰原さんの両手を包むように握りました。




「う……」




 灰原さんがひるみました。ひたいのシールの色が変わりそうなほどでございます。


 あと一押しです。




「もし、わたくしのお願いを聞いてくださるのなら……」


「くださるのなら……?」




 灰原さんの生唾を飲む音が、ゴキュッと聴こえました。




「……パンのシールを差し上げます」


「お、お任せくださいい!!」




 灰原さんは右手に持ったうずまきキャンディーを掲げ、「キュピーン!」と、自身の口で効果音を発しました。




「ですが、情報が少なすぎますからねえ」


「行きつけの定食屋が『小江戸屋』という情報もありまスワン」


「おお、あひるくん! いいねえ!」




 店にお伺いしたにもかかわらず、成果が得られなかったため、すっかり失念しておりました。


 さすがはあひるです。




「それと、緑埜チャンの映像もありまスワン!」


「ほー」


「映像でございますか!」




 あひるは自分の目で見た景色を、画像や映像として残すことができるのです。


 もちろん、Dr.シュトゥットガルトの改造によるものです。




「灰原チャンの端末に送りまスワン」




 ただ、何を撮影するかは、わたくしの指示がない限り、あひるの独断になってしまいます。


 わたくしは現在、危惧きぐの念を抱いております。


 もし、あひるが撮影したものが、ドレススカート姿の緑埜さんであったなら……!




 灰原さんも、あの可愛い姿の緑埜さんに恋をしてしまうに違いありません!


 自身の部下と同じ男性を巡って争うなど、できる限り避けたい事象です。




「うおあ! なんですかコレェ!」




 灰原さんが映像を観て、声を上げました!


 まさか!


 灰原さんのもとに駆け寄りました。




「強いじゃないですかあ!」




 映像は、緑埜さんがオオカミさんとモグラさんを瞬殺なさった際のものでした。


 あひる。天晴あっぱれでございます。




 灰原さんは緑埜さんのお顔が一番よく見える位置で、映像を停止なさいました。




「ところでこの人は……、敵ですかあ?」




 灰原さんのお言葉に少々驚愕きょうがくいたしましたが、そのお考えも当然でございます。


 なにせ、調査の目的をお伝えしていなかったのですから。




 わたくしのしたっている殿方でございます。


 そう正直にお伝えする前に、灰原さんが笑いながらおっしゃいました。




「アハハ! 敵に決まってますよねえ」


「え?」


「これが敵じゃなくて、葉菜様の好きな人だったりなんかしたらあ、葉菜様がやってるのは、わたしを利用したストーカー行為ですもんねえ!」




 わたくしは、言い返す言葉を失いました。




「えー、敵なの? 葉菜の好きな男じゃないの?」




 心臓が飛び跳ねました。


 画像を見るわたくしたち二人の背後から響く声。




「ち、父上!」


「あ、館長、お疲れさまですう」


「でスワン」




 灰原さんが父上を「館長」と呼ぶのには理由があります。


 わたくしの自宅の隣には、蔵書300万冊以上の図書館があり、公営図書館、大学図書館を除けば、日本最大の蔵書数を誇ります。


 基地アジトは、その「黒咲図書館」の地下にあるのです。




 そして父上の表の顔は、その図書館の館長であり、灰原さんはそこで働く従業員なのです。


 そのため灰原さんは、基地アジト以外では、父上のことを「館長」と呼ぶのです。




「ところで葉菜、そのほっぺの傷は大丈夫なのかい?」




 すっかり失念しておりましたが、今日の戦闘で緑の拳士グリーンさんに、頬を傷付けられてしまったのでした。


 緑の拳士グリーンさんに対しては、大変忌々しい思いでございます。




「ドクターに診ていただいたのですが、傷は思いのほか深く、あとが残ってしまうかもしれないとのことです」


「ええっ! そんな……愛する葉菜の顔に……」


緑の拳士グリーンのヤツめえ! 総帥、次こそ絶対ボウエイジャーを再起不能に! 緑の拳士グリーンには命で償ってもらいましょう! ね、総帥!」




「あ……」


「やっちゃったでスワン……」




 灰原さん、あなたは幾度同じ過ちを繰り返すのですか。


漆黒の亡霊ブラックファントム】状態以外のときに、「総帥」とお呼びになってはいけないと、あれほど申したではありませんか。




 左様です。「総帥」と呼ばれた父上は、条件反射で悪魔の形相に変容し、「悪の組織の総帥」状態になってしまうのです。




「おのれっ! ボウエイジャー!」


「あ、いや! ここではダメです、総帥い! あ、間違えたあ、館長! 館長お!」


「灰原さん、もう手遅れでございます」


「ひぇーでスワン!!」




 わたくしとあひるは、部屋にある大切な家財を、急いで安全な場所に移動させます。




「次こそ息の根を止めてくれるわぁっ!!!!!」




 ズドボゴゴゴゴオオオオオォォォォーーーーーーーーン!!!!!!!




 咆哮ほうこうとともに出した父上の右こぶしは、家の壁に直径一メートルほどの穴を空けてしまいました。




「館長ぉ! 館長おおぉ!!!」




「灰原さん、壁の修繕はお願いいたしますね」




  ズドベギャアアアアァァァァーーーーン!!!!




     ジドベギョオオオオオォォォォーーーーーン!!!!!




「館長おおおおぉぉぉーーーーーぅ!!!」




 灰原さん、合計三か所でございます。

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