第25話 緑埜航平「唸りの原因」

 ヴゥーーーー、ヴゥーーーー




「ちょっと、誰か、ケータイ鳴ってんじゃないの?」




 残念やけど胡桃沢、それは僕のうなり声や。


 僕が唸ってる原因は沢山ようさんある。






【唸りの原因①】




 昨日の晩、帰宅した後に自分の部屋でいつもの「女々しいチェック」をした。


 胡坐あぐらをかいた脚の上に、ミニチュアダックスのマルクを乗せて。




「なんでや!」




 大声で叫んだらマルクが一瞬びくっとしたけど、そのあとすぐ、僕の顎をペロペロ舐めた。




 自信はあった。自信を持つ根拠もあった。


 せやのに。




 10位 緑の拳士グリーン 10,743票




 ランクダウンや……


 ゼラチンマン戦では、結構活躍したはずや。


 せやのに夜のニュースで、僕はほとんど映ってなかった。




 ようあそこまで上手いこと、緑の拳士グリーンが映らへんように編集できたもんや。


 ある意味感心するわ。


 ニュースではいつの間にか漆黒の淑女ブラックプリンセスのほっぺたに傷がついてたし。




 せやけど、悪いことしたな。


 黒革の鎧レザースーツで覆われたとこにてるつもりやったのに、まさか顔にあたってまうとは。




 けど、自分で『淑女』を名乗るような痛いヤツや。


 だいたい、自画自賛する名前を付けるもんに、ロクなヤツはおらへん。




『誠実ファイナンス』なんていう貸金業者があったら、怖くて借りられへんし。


「国内最高の評価!」ってうたってる企業にも根拠があらへん。


『○×信用金庫』は……、まあ、それはええとして。




 とにかく、「淑女」っちゅう言葉は漆黒の淑女ブラックプリンセスなんかより、葉菜さんにこそ相応ふさわしい。






 で、僕は、ランクダウンが原因で叫んだ……、わけやないっ!!


 それよりも、こっちや!!




 8位 ゼラチンマン(妖魔獣) 36,021票




 いやいや、あいつ、なんも活躍してへんやんけ!


 けど、イケメン好きの女とか、美人好きの男からの票を集めたらしい。


 どうせ投票したんは、オッサンとかオバハンに決まってるけどな。


(※負け惜しみ)




 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-




 ダルメシアンが二足歩行で近寄って来た。


 正確に言うたら、ダルメシアンの着ぐるみ姿の胡桃沢や。


 明らかに何かを怪しんでる顔や。




「さっきからケータイのバイブが鳴ってんのに、そのケータイが見つからないから、おかしいなって思って音源を辿ってみたら……」




 胡桃沢は僕の口元を見て言うた。


 ふん! どうやら、気付いたようや。




「ミドくん……、ケータイ食べた?」


「食うかっ! 雑食にもほどがあるやろ! 餓死寸前でも食わへんわ!」


「え? でも、ミドくんの口の中から音がしてんじゃん!」


「悩んどんねん! 考えとんねん! 唸っとんねん!!」


「あ、そういうことか。ま、どっちでもいいから、唸んのやめて! うるさいから!」




 そうや。うるさいからや。






【唸りの原因②】




「ちょっと、コウちゃん、うるさいよ!?」




 僕が叫んだせいで、妹の若葉が部屋に入ってきた。


 若葉は僕のことを「コウちゃん」って呼ぶ。




 マルクが若葉の足をペロペロ舐める。


 マルクよ、若葉はブーツを長時間穿くタイプの女やぞ。




 そうや! 妹でも女や!




 腐っても鯛や!


 ネズミでもミッ○ーマウスや!


 若葉でも女子大生や!




 若葉に相談してみよ。


 ちゃうちゃう。どうやったら、緑の拳士グリーンに人気が出るかを訊くわけやない。


 葉菜さんのことや。




「あんな、若葉。ちょっと相談に乗ってくれへん?」




 そう言うたあとで、何を相談したらええか戸惑った。


 今、教えてほしいことゆうたら、「どうやったら葉菜さんに会えるか」や。


 けど、そんなこと訊いても、「知るか!」って言われんのがオチや。




「あのさ、コウちゃん。相談に乗ってほしかったらさ」


「なんや」


「なんか買ってあげるとかないの?」


「は? どういうことや」


「だから、カワイイ妹に服とかアクセとか、買ってあげようとか思わないの?」


「可愛い妹の場合、買うたろと思うわな」


「やったーっ!! じゃあさ、若葉、欲しいバッグが……」


「意味わかれや!!」




 若葉は、キョトンとした顔を見せやがった。




「可愛い妹には買うのに、お前に買わへんってコトは、お前が可愛いないってコトやろ!」




 若葉はゆっくり頷いたあと、人差し指を立てた。




「それって、タマゴが先かニワトリが先かってコトじゃないの?」


「哲学的な話か?」


「だから、可愛くないからバッグを買ってあげないって言うけど、バッグを買ってあげるコトによって、可愛くなるかもしれないじゃん」


「ならへんかもしれへんやないか!」


「けど、なるかもしれないじゃん!」


「なんで俺がそんな、ハイリスク・ローリターンの博打ばくちせなあかんねん!」




 妹に対しては一人称が「俺」になる僕や。




「だいたい、無料タダで家に住まわしてもろてるだけでもありがたいと思え!」


「出た! 誰のおかげで生活できてると思ってんだ! はい、昭和の親父ぃ」


「全然ちゃうやろ! 元々、俺にお前を養う義務はあらへんねん!」




 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-




 そんな不毛な喧嘩をしたあと、結局なんか買うたるコトになってもた。




 ポペポペッ♪




 スマホにメッセージが届いた。若葉からや。


「若葉、コレにする」っていうメッセージと、高級ブランドバッグの写真や。




 スマホ画面を見てたら、また、二足歩行ダルメシアンがこっちに来た。




「ちょっと、ミドくん。やめてくんない?」


「は?」


「LINEの着信音みたいな唸り声!」


「できるか! わしゃ天才か!」




 ツッコミのときには、一人称が「わしゃ」になることも多い僕や。






【唸りの原因③】




 昨日は戦闘バトルのあとすぐ、葉菜さんと行った喫茶店に向かった。


 用事を済ませた葉菜さんが、戻って来てるかもしれへんからや。


 天才や!




 喫茶店に向かう途中、『小江戸屋』の前で赤羽さんにめしに誘われたけど、そんな場合やない。




 ……けど。結局、喫茶店に葉菜さんはおらへんかった。




 葉菜さんと連絡を取りたい!




 キャバクラは辞めた言うてたから、待ち伏せもできへん。




 ダルメシアン胡桃沢に、葉菜さんの連絡先を訊くっちゅう方法は既にやった。


 けど……




「無理! そんな、どこの誰かもわかんないミドくんに、親友の個人情報を教えれるわけないじゃん!」




 ミドくんやん! 国防省特殊警備隊のミドくんやん!




「ほな、学校の名前だけでも!!」


「絶対無理! 学校に来るつもりだよね! ホント! マジ、タピオカなんだけど!」




 意味はわからんけど、怒ってるのはわかった。




 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-




 結局、自分でええ方法を考えるしかないわけや。




 僕は、スマホでモーツアルトの音楽をかけた。


 モーツアルトの音楽は、頭が良くなるらしい。


 せやから、ええ案が浮かぶはずや。知らんけど。




 俯いて考えてたら、視界に影が入ってきた。


 顔を上げたら、そこにおったんは、二足歩行ダルメシアンや。




「ちょっと! 『ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調 戴冠式たいかんしき 第三楽章』みたいな唸り声、やめてくんない!」




「わしゃ天才か! ほんで、お前も天才か!!」

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