第22話 赤羽颯太朗「もったいねえ美女」
『小江戸屋』に入ると、
女の子っていっても、
カウンター席に一人で座ってやがる。
とにかく、この昔からあるような小汚い定食屋には不釣り合いな美人だ。
白いワンピースが似合う、黒髪の大人しそうな感じだ。
ニキビでも隠してんのか? 左頬にガーゼが貼ってある。
まあ、あの世代はどうしても、外見を気にするからな。
フッと、息が漏れる音が聞こえたら横を見ると、何かを感じ取ったのか、シロさんの顔は微笑んでいるように見える。
女に気を取られたせいで、入口近くのカウンター席に座ってるきのこに気付くまでに時間がかかった。
カウンターに水しかねえところを見ると、注文したカレーがまだ来てねえのか。
「きのこ、居たのか!」
おれがそう言うと、なぜか奥の女がキョロキョロと辺りを見回した。
「ああ、お疲れさんです」
きのこが返事をすると、女はきのこを見て、口に含んだ水を噴き出した。
目をパチクリさせた女は自分の見たものを信じられないのか、自分の両目を手で擦り、もう一度きのこを見るという、今時ドラマやアニメでも見ないようなベタな動きを見せた。
そして、目を
変な女だ。
おれはきのこの隣に、シロさんはその隣に腰を下ろした。
「ちょっと失礼」
きのこが立ち上がり、
「大丈夫だよ!」
「何にする? いつものヤツかい?」
と、おれたちに訊いた。
「ああ、いつもの。シロさんは?」
「ああ、オレも。ビールは?」
「いらねえ」
「まだ、やめてんのか?」
シロさんは、きのこに聞こえねえように言った。
「……まあな」
あんな辛え思いは二度としたくねえ。
「じゃあ、その2つで」
「あいよ! チキン照り焼き定食チキン
それからほとんど間をあけず、カレーが届いた。
「しかし、きのこ、カレー好きよだな」
「いや、チーズカレーですよ」
「見ればわかるっての」
こいつがカレーに何を載せるかなんて興味ねえ。
まったく、意味のわかんねえことを言いやがる。
「それよりよ、あの女、変じゃねえか?」
奥の女を見ながら、小声できのこに言った。
「ああ、ぼくが来たときも、首の動きで風が来るくらいの勢いで見られましたよ」
「待ち合わせでもしてるんだろ」
シロさんの言葉に
待ち合わせの相手がなかなか来ねえ。だから来る人来る人、確認してるのか。
「まあ、そりゃそうだろうけどよ」
「絶対わかってませんでしたよね?」
「いや、これは99%当たってるおれの想像だが」
あの女には聞こえない程度の声で言った。
そのへんの気は使える。
「はい?」
「あの女が待ってんのは男だ。そして女は、その相手の顔を見たことがねえ」
「なんですか? 推理ですか? 名探偵小五郎ですか? 眠らなくて大丈夫ですか?」
「馬鹿野郎、おれは明智小五郎ほど名探偵じゃねえよ」
きのこ、やたらとおれを褒めるじゃねえか。
「で、なんで相手の顔を見たことがないって思うんだ?」
「さっきよお、おれがきのこの名前を呼んだとき、あの女がこっちを見たんだ」
「それで?」
「それで、きのこの顔を見て『この人が!? いや、そんなはずはねえ』って顔をした」
おれは、シロさんが把握できてねえと思われる状況を、不自然なく説明した。
「つまりだ。あの女は待ち合わせ相手の顔を知らねえ。そして、男の名前は『きのこ』に似ている! おれの推理では、相手の男の名前は『ヒロト』だ!」
決まった!
「だったら『ひろ子』の方が、まだ近くないですか?」
「ひろ子だと、女になっちまうだろうが! 相手は男なんだからよ!」
「相手は男って言う、前提自体が間違えてるかもしれないじゃないですか」
そこで、シロさんが呟いた。
「ミドの足音……」
「ん?」
耳をすませると、確かに走ってる足音が微かに聞こえるが……、ミドっぽいと言えばミドっぽいかも。
しかし、よくわかるもんだ。
おれが入口の扉を開けると、ちょうどミドが走りすぎるところだった。
「おい! ファレ! ファーレーッ!」
気付いたミドが立ち止まり、こっちに歩いてきたから、おれもミドの方に歩いた。
「なんすか、それ。音程ひとつ下げてくださいよ」
ほう。コイツ、やるじゃねえか!
「お前も来ねえか?
「あー、すんません。僕、ちょっと急いでるんで」
「どこ行くんだよ」
「いや、ほんますんません。また今度お願いします」
ミドはそう言って、走って行った。
ははあん。やっぱり女だな。
「どうだった?」
店に戻ると、シロさんが訊いてきた。
「なんか、急いでるみてえだわ。それと……音程、ひとつ下げてくださいだってよ」
笑いを堪えながら言うと、シロさんはしっかり笑って言った。
「ははは、アイツ、やるな」
「どういう意味ですか?」
「ん? 当ててみろよ」
きのこは考えてるのか、考えてねえのかわかんねえけど、しばらく唸った。
突然、ガタンと音が鳴った。
見ると、奥の女が目を見開いて、立ち上がっていた。
女はこっちに駆け寄ってきて、おれたちに何かを言おうとしたようだったが、結局何も言わず、
「すぐに戻って参りますので、ご容赦ください!」
その
「しかし、もったいねえよなあ」
おれは食いながら言った。
「もったいない?」
「さっきの女だよ」
「何が?」
「ほら、黙ってれば絶対清楚美人で通るのによお、明らかに挙動がおかしいから、それだけで『奇妙な女』になっちまう」
おれの発言にシロさんが反論した。
「その言い方は良くないな。女は黙っていればいいって言ってるように聞こえるぞ?」
「いや、そういうんじゃなくてよ。
いるじゃねえか。美人なのに、必要以上に二次元にハマっててドン
せっかくいい素材を持ってんのに、余計なコトしてもったいねえって話だよ」
「あー、わかりますね」
きのこが同意した。
「箱の説明通りに作れば、誰でも美味しく作れるカレーなのに、具材にホタテとかアボカド入れたり、隠し味にメイプルシロップ入れたり、余計なコトして
全然違げえよ! と言おうとしたが、考えてみると、あながち遠くねえ気がする。
「まあ、そんな感じだ」
「普通が一番ってことか」
一度は納得したように言ったが、シロさんは続けた。
「でも、あの子の場合は、待ち合わせの相手が来ないから心配してるってだけだし。
その心配の仕方が変だったってだけで、それを『もったいない』って言うのは少しかわいそうじゃないか?
別に二次元にハマってるわけでも、何かのオタクってわけでもないし」
「まあな」
確かにその通りだ。
有言実行。しばらくすると約束通り、女は戻って来た。
だが、その落ち込んだ様子から、女の目的が達成できなかったのは一目瞭然だ。
女は
そして、リュックの中からクマのぬいぐるみを取り出して、カウンターに置いた。
その上で、女はクマの両肩を掴み、泣きながらクマに話しかけた。
「あひる! わたくしは、これからどうすれば良いのでしょうか!」
「「「 もったいねえ~ 」」」
おれたち三人の意見は一致した。
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