第22話 赤羽颯太朗「もったいねえ美女」

『小江戸屋』に入ると、店主おやっさんの「いらっしゃい!」の声とスピード競争をするみてえに、女の子がおれたちを見た。




 女の子っていっても、二十歳はたちそこそこか。


 カウンター席に一人で座ってやがる。




 とにかく、この昔からあるような小汚い定食屋には不釣り合いな美人だ。


 白いワンピースが似合う、黒髪の大人しそうな感じだ。




 ニキビでも隠してんのか? 左頬にガーゼが貼ってある。


 まあ、あの世代はどうしても、外見を気にするからな。




 フッと、息が漏れる音が聞こえたら横を見ると、何かを感じ取ったのか、シロさんの顔は微笑んでいるように見える。




 女に気を取られたせいで、入口近くのカウンター席に座ってるきのこに気付くまでに時間がかかった。


 カウンターに水しかねえところを見ると、注文したカレーがまだ来てねえのか。




「きのこ、居たのか!」




 おれがそう言うと、なぜか奥の女がキョロキョロと辺りを見回した。




「ああ、お疲れさんです」




 きのこが返事をすると、女はきのこを見て、口に含んだ水を噴き出した。


 目をパチクリさせた女は自分の見たものを信じられないのか、自分の両目を手で擦り、もう一度きのこを見るという、今時ドラマやアニメでも見ないようなベタな動きを見せた。




 そして、目をつぶって、笑顔で首を横に振り、息を漏らした。


 変な女だ。




 おれはきのこの隣に、シロさんはその隣に腰を下ろした。




「ちょっと失礼」




 きのこが立ち上がり、店主おやっさんの近くに行って何やら耳打ちをした。




「大丈夫だよ!」




 店主おやっさんは、きのこに言った後、




「何にする? いつものヤツかい?」




 と、おれたちに訊いた。




「ああ、いつもの。シロさんは?」


「ああ、オレも。ビールは?」


「いらねえ」




「まだ、やめてんのか?」




 シロさんは、きのこに聞こえねえように言った。




「……まあな」




 あんな辛え思いは二度としたくねえ。




「じゃあ、その2つで」


「あいよ! チキン照り焼き定食チキンダブル飯抜きと、生姜焼き定食生姜増し増し!」




 店主おやっさんが言うと、厨房から奥さんの元気な返事が聞こえた。


 それからほとんど間をあけず、カレーが届いた。




「しかし、きのこ、カレー好きよだな」


「いや、チーズカレーですよ」


「見ればわかるっての」




 こいつがカレーに何を載せるかなんて興味ねえ。


 まったく、意味のわかんねえことを言いやがる。




「それよりよ、あの女、変じゃねえか?」




 奥の女を見ながら、小声できのこに言った。




「ああ、ぼくが来たときも、首の動きで風が来るくらいの勢いで見られましたよ」


「待ち合わせでもしてるんだろ」




 シロさんの言葉に合点がてんがいった。


 待ち合わせの相手がなかなか来ねえ。だから来る人来る人、確認してるのか。




「まあ、そりゃそうだろうけどよ」


「絶対わかってませんでしたよね?」


「いや、これは99%当たってるおれの想像だが」




 あの女には聞こえない程度の声で言った。


 そのへんの気は使える。




「はい?」


「あの女が待ってんのは男だ。そして女は、その相手の顔を見たことがねえ」


「なんですか? 推理ですか? 名探偵小五郎ですか? 眠らなくて大丈夫ですか?」


「馬鹿野郎、おれは明智小五郎ほど名探偵じゃねえよ」




 きのこ、やたらとおれを褒めるじゃねえか。




「で、なんで相手の顔を見たことがないって思うんだ?」


「さっきよお、おれがきのこの名前を呼んだとき、あの女がこっちを見たんだ」


「それで?」


「それで、きのこの顔を見て『この人が!? いや、そんなはずはねえ』って顔をした」




 おれは、シロさんが把握できてねえと思われる状況を、不自然なく説明した。




「つまりだ。あの女は待ち合わせ相手の顔を知らねえ。そして、男の名前は『きのこ』に似ている! おれの推理では、相手の男の名前は『ヒロト』だ!」




 決まった!




「だったら『ひろ子』の方が、まだ近くないですか?」


「ひろ子だと、女になっちまうだろうが! 相手は男なんだからよ!」


「相手は男って言う、前提自体が間違えてるかもしれないじゃないですか」




 そこで、シロさんが呟いた。




「ミドの足音……」


「ん?」




 耳をすませると、確かに走ってる足音が微かに聞こえるが……、ミドっぽいと言えばミドっぽいかも。


 しかし、よくわかるもんだ。




 おれが入口の扉を開けると、ちょうどミドが走りすぎるところだった。




「おい! ファレ! ファーレーッ!」




 気付いたミドが立ち止まり、こっちに歩いてきたから、おれもミドの方に歩いた。




「なんすか、それ。音程ひとつ下げてくださいよ」




 ほう。コイツ、やるじゃねえか!




「お前も来ねえか? おごってやるぜ、シロさんが」


「あー、すんません。僕、ちょっと急いでるんで」


「どこ行くんだよ」


「いや、ほんますんません。また今度お願いします」




 ミドはそう言って、走って行った。


 ははあん。やっぱり女だな。




「どうだった?」




 店に戻ると、シロさんが訊いてきた。




「なんか、急いでるみてえだわ。それと……音程、ひとつ下げてくださいだってよ」




 笑いを堪えながら言うと、シロさんはしっかり笑って言った。




「ははは、アイツ、やるな」


「どういう意味ですか?」


「ん? 当ててみろよ」




 きのこは考えてるのか、考えてねえのかわかんねえけど、しばらく唸った。




 突然、ガタンと音が鳴った。


 見ると、奥の女が目を見開いて、立ち上がっていた。




 女はこっちに駆け寄ってきて、おれたちに何かを言おうとしたようだったが、結局何も言わず、




「すぐに戻って参りますので、ご容赦ください!」




 店主おやっさんに言ったあと、走って店を出て行った。


 その店主おやっさん自身は慌てたが何もできず、両手に持っていたおれとシロさんの注文の品をおれたちの前に置いた。




「しかし、もったいねえよなあ」




 おれは食いながら言った。




「もったいない?」


「さっきの女だよ」


「何が?」


「ほら、黙ってれば絶対清楚美人で通るのによお、明らかに挙動がおかしいから、それだけで『奇妙な女』になっちまう」




 おれの発言にシロさんが反論した。




「その言い方は良くないな。女は黙っていればいいって言ってるように聞こえるぞ?」




「いや、そういうんじゃなくてよ。


 いるじゃねえか。美人なのに、必要以上に二次元にハマっててドンかれるみてえな?


 せっかくいい素材を持ってんのに、余計なコトしてもったいねえって話だよ」




「あー、わかりますね」




 きのこが同意した。




「箱の説明通りに作れば、誰でも美味しく作れるカレーなのに、具材にホタテとかアボカド入れたり、隠し味にメイプルシロップ入れたり、余計なコトして不味まずくするヤツですよね」




 全然違げえよ! と言おうとしたが、考えてみると、あながち遠くねえ気がする。




「まあ、そんな感じだ」


「普通が一番ってことか」




 一度は納得したように言ったが、シロさんは続けた。




「でも、あの子の場合は、待ち合わせの相手が来ないから心配してるってだけだし。


 その心配の仕方が変だったってだけで、それを『もったいない』って言うのは少しかわいそうじゃないか?


 別に二次元にハマってるわけでも、何かのオタクってわけでもないし」




「まあな」




 確かにその通りだ。






 有言実行。しばらくすると約束通り、女は戻って来た。


 だが、その落ち込んだ様子から、女の目的が達成できなかったのは一目瞭然だ。




 女は店主おやっさんに一礼したあと、元の席に座った。


 そして、リュックの中からクマのぬいぐるみを取り出して、カウンターに置いた。


 その上で、女はクマの両肩を掴み、泣きながらクマに話しかけた。




「あひる! わたくしは、これからどうすれば良いのでしょうか!」






「「「 もったいねえ~ 」」」




 おれたち三人の意見は一致した。

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