第11話 緑埜航平「貰って困るプレゼントもあるやんな?」

「えらく遅せえ出勤じゃねえか!」




 赤羽さんが、思いっきり僕の背中を叩いた。


 普通の人間やったら、背骨が折れてるかもしれへん。


 出勤してトレーニングルームの前を通ったときや。




 特警は基本、妖魔獣が現れへんときはやることがないから、出勤は遅くてもかまへん。


 なんやったら、休んでもええ。


 もちろん、休んでるときでも妖魔獣が出たら、何があっても出動せなあかん。




 まあ、やることないって言うても、事務処理とか自主トレとか、細かいことはあるんやけどな。




 事務処理は、武器とかレンジャースーツが壊れた時に修理に出す稟議書とかその程度や。


 自主トレは、そのまま、自主的にトレーニングすることや。


 赤羽さんはトレーニングマニアやから、よっぽどのことがない限り、朝から出勤してる。




 で、僕は昼から出勤したわけや。






 せやけど、昨日は楽しかったなあ。


 若葉には、ちょっと怒られたけど。




「遅くなるんだったら連絡してって言ってるよね!」




 帰ったら、若葉に言われた。


 飯を作ってくれてたみたいや。




 若葉は妹で19歳。


 ちょうど一年前の春、東京の大学に進学するために上京して、一人暮らしの僕の城に転がり込んできた。


 上京して一年しか経ってないのに、すっかり東京弁が板についとる。




「トーキョーに来たら、当然、標準語ヒョージュンゴを喋らないと。『郷にらずんば虎子こじを得ず』だね」




 よう大学入れたな。




 若葉は怒ってても、マルクは僕が帰ってきたらめっちゃ喜ぶ。


 フローリングをカサカサ鳴らしながら走ってきた。




 まわるな、まわるな。


 うれションすな、うれションすな。




 サラさんとこのミニチュアダックスも、サラさんみたいに可愛いんやろなあ。






「あれ? お前、髪切った??」




 赤羽さんが、僕の髪を触って言うた。




「いえ、切ったのは美容師です。僕やないです」


「ふーん。お前、よく見たら、スーツも高そうじゃねえか」




 出社する前に、表参道の美容院に行ってきた。




 スーツとは……レンジャースーツのことやない。


 所謂、サラリーマンユニフォームのスーツは、自分が持ってる中で一番ええヤツを着てきた。


 クローゼットの奥から、引っ張り出してきた。




 それは、今日の夜のためや。




「なんか、色気付いてんじゃねえか!」




 赤羽さんは、思いっきり僕の背中を叩いた。


 普通の人間やったら、身体が分断されてるかもしれへん。






 メインルームに行ったら、きのこさんがパソコンに向かってた。


 たぶん、またネットショッピングでもしてるんやろう。




「おはようございます」


「おはよう。あ、緑埜くん、コレいる?」




 きのこさんは、ランチボックスみたいなモノを差し出してきた。




「弁当っすか?」


「ちがうよ。ソーイングセットだよ」




 ソーイングセット?? ああ、裁縫箱のコトか。




「要りませんよ。裁縫なんかせえへんもん」


「いや、コレ凄いんだから! 針は抵抗なくスルスル入るし!」




 欲しくない人にやるくらいやったら、買わへんかったらええのに。




「そんな感じで、いっぱい魅力がある中でも、一番の魅力はなんと!」


「一個しか魅力言うてませんやん」




「裁縫の素人でも、縫い目に気付かないくらいキレイに縫える!」


「要りませんって!」


「使ってよぉ。使って、もし気に入らなかったら、ご飯とかおかずとか入れていいから」


「弁当箱になってますやん!」


「ねえ、この弁当箱、使ってよ」


「弁当箱、言うてますやん!」




 こうなったら、受け取るまで許してくれへんのがきのこさんや。


 せやけど、使い道がないなあ。




 生意気な口を利かれへんように、胡桃沢の口を縫い付けたろかな。

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