第9話 黒咲葉菜「漆黒の淑女」

 キャバクラという新しい職場では、至極しごく楽しい時間を過ごせました。




 その理由は、大学の友人である結華さんと一緒に働くことができたこと。




 そして、わたくしの兄と名乗る男性が現れたこと。


 勿論、ご冗談であることは理解しております。




 まあ! わたくしの生き別れの兄上が! と、当初は心得こころえ違いをしてしまいましたが、よくよく考えてみれば、そもそもわたくしに兄弟はおりません。




 そして一番の理由は、緑埜さんとおっしゃる、至極興味深い男性が現れたことです。




 初めて緑埜さんを拝顔はいがんした折には、驚愕きょうがくいたしました。


 ありていに申し上げて、滑稽こっけいなお顔をされていたからです。


 眼球と鼻孔が、一般の方と比較して、異様にプクプクしていらっしゃいました。




 しかし、そのお顔は時が経つに連れ、お優しい柔和にゅうわな様相に変容していきました。




 わたくしが緑埜さんに興味を抱いた理由は、お顔だけではございません。




 彼の首の硬い動きが、わたくしが幼少期に愛玩あいがんしていた、ミカちゃん人形を想起させたこと。


 自然万物のあらゆるものに神は宿るという、八百万やおよろずの神の思想から、安価なものでも大切に扱い、ビールグラスひとつを持つだけでも緊張なさってプルプル震えるご様子など、枚挙まいきょいとまがございません。




 わたくしは彼に、もう少しお近づきになりたいと感じています。




 しかし、それに相反する思いもございます。


 わたくしの正体を彼に明かすわけにはいかないからです。






「どうしたの? 今日はすっごく機嫌が良さそうでスワン」




 自宅に帰ると、ピコピコ歩いて来たあひるが、わたくしの様子を見て話しかけてきました。




「何か、良いことあったでスワン?」




 わたくしは、あひるのひたいをペチンとはたきました。


 照れ隠しです。




「いたっスワン!」




 あひるは自分の額をさすりました。




 これは動物虐待ではありません。


 愛情のあるペチンです。つまりは『愛ペチ』です。


 そもそも、あひるは動物ではありません。ぬいぐるみです。




 幼いころ、わたくしは誕生日プレゼントとして、父上に「アヒルのぬいぐるみが欲しい」という旨をお伝えいたしました。


 しかし、誕生日当日、父上が買ってくださったのは、クマのぬいぐるみでした。


 アヒルのぬいぐるみが販売されていなかったのです。




「アヒルがいいですぅ!」




 そう言って、わたくしは慟哭どうこくしました。




 わたくしの心痛をお察しくださったDr.シュトゥットガルトは、クマのぬいぐるみを改造してくださいました。




 但しそれは、容姿はクマのままであり、単にぬいぐるみに生命と自我を与えるという単純な改造でした。




 Dr.シュトゥットガルトは、クマの姿かたちまで変えてしまうことで、わたくしの父親が買ったプレゼントではなくなることを懸念し、つまりは父親の心情も考慮した結果なのでしょう。




 わたくしは、生命を与えられたクマのぬいぐるみに『あひる』と名付け、愛玩いたしました。




 ただ、生物改造の知識や技術にけていらっしゃるDr.シュトゥットガルトは、それ以外の知識には疎かったのです。


 彼がクマのぬいぐるみに与えた自我は、アヒルではなく、白鳥はくちょうだったのですから。




 彼は現在でも、お変わりありません。


 本日出動したサイの妖魔獣に対しても『ヒポポン』、つまりはカバと思われる名前を付けてしまったのですから。


 非常にお優しい方ということに疑念はないのですが。






「父上は、地下ですか?」


「でスワン! 行くんだったら着替えないとダメでスワン」


「承知しております」


「あと、言葉遣いもでスワン」


「わかっておる!」




 地下に入る際、及び妖魔獣を指令する際には、着替えなくてはなりません。


 しかし、わたくしはその衣装を好ましく思ってはおりません。




 頭にある羊のツノのような装飾は、まだ良いのですが、顔にはベネチアンマスク、さらに、お胸の谷間とおへそが見えてしまう、黒いボンテージのライダースーツには、少々気恥しいものがございます。


 マントの首の部分についているもふもふは可愛くて暖かいのですが、お臍を出している時点で、防寒なのか防熱なのかを判断しかねます。




 わたくしは漆黒の淑女ブラックプリンセスの衣装に着替えた後、あひると一緒に、地下の【漆黒の亡霊ブラックファントム秘密基地アジトに足を向かわせました。




 今日こそ、わたくしの願いを聞き入れていただかなくてはなりません。












★-☆-★-☆★-☆-★-☆-★-☆-★-☆




【妖魔獣図鑑1】ヒポポン(猛獣型)


身長(体長):2m85cm 体重:2,650kg




〔外見〕


鎧を纏った二足歩行のサイ




〔武器〕


トゲ金棒




〔必殺技〕


■サイノツノワヒフ(超突進によるツノ攻撃)


■ヒポポンクウェイク(ジャンプして地面を揺らし、相手が不安定な状態での金棒攻撃)




〔パワーメータ〕合計332pt


拳パワー(物理攻撃力):89pt


脚パワー(物理攻撃力・跳躍力):72pt


速さ(物理攻撃ヒット率・物理攻撃回避率):36pt


防御力(物理防御力):95pt


賢さ(魔法攻撃力・先読み力):21pt


精神力(魔法防御力):19pt

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る