第8話 緑埜航平「キャバクラに来るヤツはガラが悪い(偏見含む)」

 男三人は、僕らの席の前で立ち止まった。


 三人は明らかにガラが悪いし、服の柄も、悪い。




 ネズミみたいな顔をした痩せた男と、カピバラみたいな顔の太った男、リーダーっぽい風貌の男の顔はシベリアンハスキーみたいや。




「サラさんは、まだ指名対象じゃないんです」




 黒服さんが、三人を落ち着かせるように言うた。




 指名対象とか対象外とかがあるかは知らんけど、たぶん黒服さんは、出勤初日のサラさんをこんなやからにつけるんはまずいと思てるんやろう。


 初日から嫌な思いをさせて、サラさんが辞めてもたら店としてもでかい損害や。




「うっせーな! 店の都合なんか知らねーよ!」




 ネズミが噛みつくように言うた。




「しょうがないなぁ。アタシがついてあげるよ」




 おう、胡桃沢、行け! 行け! そして二度と帰ってくんな!




「お前はいらねえ!」


「な!」


「いや、お前も来い。可愛い女は多い方がいいからな」




 ネズミの言葉をシベリアンハスキーが覆した。


 こいつらは、胡桃沢の極悪非道ぶりを知らんからな。




 「可愛い女」って言われたからか、胡桃沢はデレデレしてる。気持ち悪い。




「ほな、僕も行きますわ」


「アニキは、可愛い女って言ってんだ! お前は可愛くもなけりゃ、女でもねえだろ!」




 ネズミくん、真面目か! ボケてみただけやん。


 ちょっとくらい、乗ってくれてもええのに。




「おお! お前みたいな可愛い女が来てくれるんやったら、アニキも、喜ぶかっ!! お前のこと可愛く見えるとか、ワシの目は節穴ふしあなか! 節穴でもお前が男


 って認識できるわ! 節穴に謝れ!!」




 とか言うてくれたら、みんな一気に仲良くなるのに。


 そない思てたら、胡桃沢がネズミに反論した。




「でも、ミドくんは、かなり女々しいよ!」


「知らねえよ!」




 こいつらは、胡桃沢の性格の悪さも、僕の女々しさも知らん。




「それだったら、まだ、雄々おおしい女の方がいいな」




 カピバラが初めて声を発したとき、僕はソファーに腰を下ろした。


 こいつらは、少なくともシベリアンハスキーは攻撃して来えへんことを確信したからや。




 三人が来たとき、青砥さんが座ったまま左脚をグッと踏み込む体制をとった。


 攻撃された際、相手の攻撃が当たる前に反撃する準備や。隙があらへん。




 ほんで、その準備にシベリアンハスキーが気付いた。


 たぶんコイツ、何回も修羅場をくぐり抜けてきた格闘家なんやろう。


 攻撃はして来えへんはずや。




 ソファーに座ったら、三人の方を見るサラさんの後頭部が目の前に来た。


 僕はぶるっと震えた。これは緊張のせいやない。


 サラさんは後頭部までも可愛かったからや。




 可愛い後頭部なんか、関取の大銀杏おおいちょう以外で初めて見た。




「なんだコイツ! びびって震えてんじゃん!」




 ネズミが僕を指さして、笑いながら言うたけど、震えてんのはお前らのせいやない。




「見ろよ! びびって漏らしてんじゃん!」




 ビールや。




「女二人を大人しく渡せば、これ以上びびらずに済むぞ」




 ネズミはよく喋る。


 それに対して、青砥さんが口を開いた。




「悪いけど、サラコイツはまだ、従業員契約してないんですよ」






 青砥さんは、サラさんはまだスタッフやないから、指名は受けられへんという意味で言うた。


 けど、その言い方やったら……




「はぁ? お前らの席に着いてんじゃねーか!」




 思た通りの反論や。


 青砥さんの言い分は筋が通ってない。




「だから妹は、身内である俺の席に着いて練習してるってわけです」




 サラさんが青砥さんの妹っていう、突然のウソに噴き出しそうになった。


 サラさんの背中も震えてるから、彼女も笑いを我慢してるんやろう。




出鱈目でたらめ言ってんじゃねーよ!」




 青砥さんの胸ぐらを掴むつもりなんやろな。ネズミが青砥さんの首元に手を向かわせた。


 けど、青砥さんの臨戦態勢は解けてない。




「やめろ!」




 シベリアンハスキーが言うと、ネズミは動きを止めた。


 やっぱりシベリアンハスキーは青砥さんのメッセージを受け取ってたわけや。




「で、でも!」


「いいから黙ってろ!」




 シベリアンハスキーはネズミを制した後、ふんっと鼻を鳴らして、




「正式にスタッフになったら、俺んとこについてもらうからな」




 そう言うて、三人は自分らの席に戻った。






 結局、その後すぐサラさんはドライバースタッフの車に乗って帰った。


 それに合わせるように、僕と青砥さんも店を出た。






 サラさん、怖い思いしたやろな……


 けど、僕がおるから安……間違えた。青砥さんがおるから安心してええんやで。


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