第7話


「起きて下さーい、そろそろ着くらしいですよー」


 左頬をぺちぺちと叩かれながら、マーシィの声で俺は目を覚ました。


「…ぅぐっ……!」


 とりあえず起き上がろうとした体に、鈍い痛みが走る堪らず俺は脇腹を手で抑えた。


「あれはミーンさんが悪いですよー、女の子に体型の事言っちゃ。ほら、手どけて下さい」


 マーシィはそう呟きながら強引に俺の手を払い、彼女自身の手を被せた。

 

「じっとしてて下さいねー」


『ーー君に贈る』


 マーシィの言葉に呼応するように、被せられた手の下がほのかに光った。


 目立った外傷は無く、以前の様に見た目からはっきりとした違いは見受けられなかったが、脇腹の痛みは確かに引いていった。


 こんな小さな喧嘩の怪我に礼を言うのも恥ずかしく、俺は茶化しながら言った。


「その、君に送る。っていちいち言わなきゃダメなのか?」


 ただのからかいのつもりだったのだが、マーシィは怒る事もなくただキョトンとした顔を浮かべただけだった。


「何故か言った方がやりやすいんですよ。…そう言えば言わずにした事ありませんねー」


 マーシィはそう言うと、彼女らしく無い小悪魔の様な笑顔を浮かべる。


「じゃあ試してみましょうか。…ストラさん、もう一回叩いてもらえますか?」


 馬車の隅に小さく座っていたストラに、マーシィはそう声をかけた。


 呼びかけられた彼女は読んでいた本を側に置き顔を上げる、その拍子に俺と目が合ったが、鋭い睨みを浴びせられた、しかし顔は笑っている。


「もう一回?また何か言ったの??」


 楽しげな声色を発しながら立ち上がって、倒れている俺を覗き込む様な形でストラは歩み寄った。


「…言ってません。……先程は無礼を働いてすいませんでした」


 俺は彼女とは目を合わせず、ぶっきらぼうに言った。俺に落ち度があるとはいえ意識が飛ぶ程の暴力は酷い、アンクテッドと五狂だってのに。


「よろしい。ちゃんと謝れるじゃないか」


 ストラは笑いながら、俺の頭をクシャクシャと撫でた。


(おもちゃを壊してしまったあの日も、こうやって子供扱いされてたな)


 俺はストラの手をそれとなしに振り解き、立ち上がった。


「いつまでも子供じゃないもんでね。反省するフリくらい簡単簡単」


 なっ。と小さく声を漏らすストラと呆れた様に笑うマーシィを脇目に、馬車の小窓から外の景色が目に飛び込んできた。


 俺はその光景に息を飲む。


「ーーマ、マーシィ。外…見てみろよ!!」


 半乱心で、窓の外を指差した。驚きつつ喜びを隠せない俺に、マーシィは不信な表情を浮かべる。


「な、なんですか急に。……わっ!」


 しぶしぶ振り返ったマーシィも、俺と同じ様に驚き肩を震わした。


 ごった返す様な人の往来、当たり前かの様に商店の前に並ぶ食材。

 装飾華美な衣服、ボロ布を着ている者など誰一人見当たらなければ、物乞いに床に座す者も居ない。

 ただの城下町とは思えない立派で洒落た連立する建造物。


 そしてなにより開けた視界に刺す陽光の明るさ。


 目に入るもの全てがアンクテッド居住区では考えられない事ばかりだった。


 驚愕する俺たちを見て、ストラが得意げに鼻を鳴らす。


「ーーようこそ内地へ、私達が治める国へ」


「…ははは」


 俺は乾いた笑いを漏らした。


 ここでストラに腹を立てるのはお門違いも良いところだ。が、俺の心中渦巻くのは驚きだけでは無い。


 俺がセレクテッド共に期待していたのは普通の生活である。しかし目の当たりにしたのは明らかに裕福を超えた生活。


 天性による安定した職、金。いつでもありつける食料。行き届いた統治に、抑制されていない太陽。


 何故こうも天性一つで差別されなければならないのだ。

 やはりこの国は腐っている、誰かがどうにかするべきだ。


 内地に来たからといって浮かれてる場合じゃない。


 俺がそう拳を握り締めた時、馬車は終点を迎えたようでぴたりと止まった。


「じゃあ二人は今日から、フリーダ王国の私直属の統治地区。ここノーダウで暮らしてもらうよ!」


 馬車から躍り出て嬉しそうに、両手を広げてストラは言った。


 拍子に馬車の横幕が開かれ、さっきよりも明瞭に広がった煌びやかな世界に俺とマーシィは目を丸くする。


「お家はこれね。明日私の“十信”が来てくれるから、わからないことがあったらその二人に聞いてね、二人ともいい子だよ!」


 指差す先に、辺りのそれよりも一際大きく目立つ立派な一軒家が建っていた。


 それに加え、やすやすと“十信”の使役の話まで、さすが“五狂”、話の規模がまるで違う。


「…このお家の半分も使う予定無さそうです……」


 隣、震えた声でマーシィは言った。


「…部屋一つあれば上等だって伝えてたんだけどな……」


 返答する俺の声すらも戦慄し震えていた。


「ほら、ぼーっしてないで持ってきたもの移動させるよ?」


 俺とマーシィは強引に腕を引っ張られ、遂に内地の大地へと足を下ろした。


 

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