決勝

第1話 椅子

 一番先にバスを降りたソフィが、「うわーっ、凄い! 凄いよ!!」と言ってテンションをマックスまで上げると、続けてバスを降りてきた全員が上を見遣る。


「……本当に、ここで試合するんですか?」


 チサは呆気にとられて、果林に至ってはポカーンと口を開けて八重歯を覗かせている。その口に指を一本突っ込んだらどうなるか、試してみたいな。そういうワニ型オモチャもあるし。

 ――ここはプロの試合も開かれる、一万人以上を収容できるスタジアム。

 決勝戦だけここで行うってことは大会に申し込む前から書類で知っていたのだけど、実際に訪れると中々に圧巻だ。


「スタジアムの入場料、無料なんだよね?」


 ソフィが訊いてくる。


「ああ。こういうところは入場料を取ってしまうと、使用料金が跳ね上がるんだ」


 スタジアムの利用料はかなり良心的で、学生やアマチュアが使用する場合には特段の格安だ。ありがたい。

 しかし入場料を取れば、プロ並の使用料を払うことになってしまう。営業という扱いになるんだ。


「無料でサッカー観戦ができるのに、お客さん来ないのかな?」

「来ないだろうなぁ」


 ちなみに今日もソフィはスタジアムDJ。

 さすがにスタジアムの四隅に付いている、一万人以上の人が集まって全員の耳に音を届けるバカでっかいスピーカーと専用の実況室は使用許可が下りずに、ベンチの間に即席実況席を設けるそうだ。

 多分そうだろうなーと思ってスタジアムの横にあるミニバンを見ると、倉並家に停まっていた車種で同じ色で同じ番号の車から、ヒロシ(仮)がせっせと機材を降ろして、搬入している。

 俺はヒロシ(仮)を手のひらで指し示して、ソフィに「早く行かないと、手伝うことなくなるぞ」と伝えた。

 頑張れ……ッ!!



 さて。ロッカールームとシャワールームは使っても良いらしく、レポロの一同をロッカールームに集める。これはありがたい。


「うわっ、なんか赤いぞ!」

「ここここれ、ここっ、サイン書かれてますよ!!」

「プロの人もここ使ってるのよね」

「みんながテンション上がってる意味が理解できない」


 ちなみに喋ったのは順に、キャプテンの守内真奈、双子の姉である倉並七海、あと瀬崎結衣に釘屋奏である。奏、決勝戦の前なんだからちょっとは盛り上がろう? 緊張されるよりはいいけどさ。

 あと赤は、ここをホームスタジアムとするプロチームのユニフォームカラーだ。


「……チサははしゃがないんだな。緊張してるのか?」

「うぇっ!? えとっ、あんまりプロの人とかそういうのわからないので……」


 そういやこの子は、あんまりプロの試合を見ないんだった。見るのは代表戦ぐらい、だったかな。それなら特に盛り上がらないのも、仕方がないのかも。

 ちなみに俺はイギリスのチーム施設にロッカールームがあったので、むしろ落ち着くぐらいです。はい。この程度ではしゃげるとはみんな可愛いのう。いことじゃ。ほっほっほ。

 ――いや、でも綺麗だな。全然汚れとかないし、この辺りはさすが日本。

 ワールドカップで大逆転負けを喫した直後にも関わらず、ロッカールームを綺麗に掃除して『ありがとう』とメッセージカードまで添える国。普通、そんな負けかたをした後のロッカールームは、大荒れになる。

 ちなみに俺もそれなりにきれい好きの自覚があり、チームでは仲間にゴミをゴミ箱へ捨てるよううるさく言い回っていた。最初は奇妙がられたけど半年もやっているとみんな協力してくれるようになってきて、最終的にはなんかよくわからないけどオーナーにめちゃめちゃ褒められた。

『俺は掃除人じゃないから、プレーを見て褒めてくれ!』って怒ったら、思いっきり笑われたけど。


「よしっ、折角だから全員、座ってみようか」


 ロッカールームはコの字型にできていて、通路があるほうから見ると左右と奥に席が並んでいる。なんとなく奥の真ん中が一番偉い気がするし、日本的にいえばそこは上座だろう。チームによっては聖域のようなものが決まっている場合もある。

 さーて、誰が座るかな。

 やっぱり女王様気質の結衣か?

 それともキャプテンか?

 なんて選手達の動向を観察していると、「結衣が行けよ」「キャプテンが座るべきです」なんて守内真奈と瀬崎結衣が譲り合って、「じゃあ私が」と久瑠沢心乃美うちの妹がどかりと座った。

 おいっ、確実にお前の席じゃねーだろ。うちのソファじゃないんだぞ。アイス持ってきてないだろうな? 裸にバスタオル巻きでくつろがないだろうな?

 とは言え、逆椅子取りゲームに興じてる時間も勿体ない。そのまま話を進行する。

 今日は昨日と違って4-1-2ー3で始めて、前回と同じマンツーマンの対策をあえて取らせる。

 そこから合図で3-4-3にフォーメーションを変更して、相手の混乱を招く。

 あとは何をしてくるかわからない相手だから、最悪の場合はゴールキーパーにボールを戻して一旦逃げること。できれば前半でリードして帰ってくること。

 そういったことを、できるだけ事細かに説明した。

 最後に、モチベーターとしての役割を果たす。


「あの日の悔しさを何倍にして返してやるかは全て、お前達にゆだねられている。負けた相手にリベンジして、初めての大会で初めての優勝ができるんだ。――これ以上ない、最高の状況だよな?」


 士気を確認するように問うと、選手達は一様にうなずいてくれた。


「行くぞッ!!」

「「「はいっ!!」」」

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