第7話 缶ジュース
そろそろ前半の終わりが近づいてくるというタイミングで、後ろから「面白い戦いかたねー」なんて、梨原深冬の声が鳴った。
この試合のどちらが勝とうが負けようが、オルフェスにとっては次戦の敵。偵察に来ることは織り込み済みだ。
姿を見ると、ユニフォーム姿で飲みかけの缶ジュースを片手に持っている。
そういやこいつ、初めて会った時にも缶ジュース持ってたな。
「そのジュース、自販機で勝ったのか?」
「ん? そうだけど-?」
「初めて会ったときも持ってたよな」
「それがなにか-?」
オルフェスって、確かかなり閑散とした、市町村合併に反対して今も村であり続けている所にあるんだっけ。
「ああっ、わかった! 自動販売機が珍しいのか!!」
「んなわけないでしょ!? 村バカにすんな!!」
冗談のつもりだったのに本気で怒られた。
「人が少ない分、逆に自販機は沢山あるの!! 無人販売機もね!!」
――悲しい理由だった。
「ごめん。なんか――ごめんな?」
「喧嘩売ってる? まー、中途半端な田舎者に上から言われたくないって話よねー。合併しないと市になれなかったくせにねー」
不毛な言い合いになってしまった。でも中途半端な田舎には、コンビニもスーパーの類いも乱立してるからな? と、小さな世界で上に立つ。
田舎者が田舎者をバカにして言い合いになる構図は、我ながら滑稽に思えた。
「――で、今日は偵察か? それなら堂々と見て行けよ」
「見てるわよ。あの下手な双子ちゃんを二人で
「下手ではねーよ」
七海も美波も、一年間サッカーから遠ざかっていた。しかし勘を取り戻してきたのか、初めて見た頃に比べれば急激に成長しているように感じる。
小学生時代の八人制しか経験していないから、十一人制に馴染むのに苦労してる――ということもあるだろう。
「……まー、今日は前ほど穴には見えないかもね。よく動いてるし、レノヴァのパスサッカーでは攻めづらくて困ってるみたいだし」
言うとおりだ。あいつらは駅伝仕込みの脚力とスタミナで守備をして、相手のパスを何度も奪っている。
一人がプレスをかけて奪いに出て、残る一人がパスカットを狙う。
息の合ったコンビネーションだからこそ、成し遂げられる守備だ。
守備的中盤に二人の選手を並べると、ダブルボランチとも呼ばれる。そして双子が揃ってボランチを務めた例は、プロでもある。それだけ相性の良さ、あうんの呼吸のようなものを求められるポジションと言えるだろう。
「でもボランチってチームの心臓だから、物足りないと思うけどなー。そこのところは全然物足りないよねー」
守備的中盤と表現することもあって、守備の選手という印象があるボランチだが、ボランチより手前は攻撃的な中盤や前線だったりするわけで。
『守備側の最前線』として攻撃を仕掛けるパスを出すことも、ボランチの重要な仕事となる。優れたパス出しができれば、自分は守れるポジションにいながら前を動かすことができるわけだ。
その能力がチームで一番高いのは、結衣だろう。
だから今までは4-4-2のボランチに結衣をおいて、パスの供給源としたわけだ。結衣はスタミナと守備がそれほどでもないから、スタミナと守備力が
「もしあの二人が結衣みたいに上手くやろうとしたら、失敗するだろうな」
「所詮その程度よねー」
「……でもな。あいつらは結衣じゃない。それを理解しているから走って走って、自分たちにしかできないプレーをやっているんだ。ボールを扱うことが上手いか下手かだけで戦力が決まらないから、サッカーは楽しい。――そうだろ?」
技術だけで海を渡って通用しなかった俺は、この現実をナイフのように突きつけられた側の人間だ。――でも、そんなにレベルの高い問題でもなく、思えば昔からずっとそうだっただけの話。
小学生の八人制サッカーでも、とにかく走って守備ができる選手が後ろにいれば、前線の選手はミスを恐れることなく攻撃できる。いや、実際にできた。
逆にプロであっても、技術に頼らず泥臭いプレーで成功を収める選手がいくらでもいる。
例えば元フランス代表のクロード・マケレレという名選手は、身長百七十センチ程度と男子のプロ選手としては小柄だったが、守備的中盤でのハードワークでチームを世界一へ導いた。チームメイトからは『彼こそ、俺たちのバロンドール(世界一の選手に贈られる称号)だ』と賞賛されている。
更にマケレレは、本物のバロンドールを受賞したスーパースター、ジネディーヌ・ジダンについて、こうも語っている。
『ジダンのようなプレーは真似できない。けれど、彼もこちらの仕事はできない』
ジダンとマケレレは同じフランス代表で、チームも同じだったことがある。
攻撃で圧倒的な技術を披露し名実共に世界一。更には身長でも百八十五センチと恵まれたジダンと、小柄だが誰よりも走り守備の名手と賞されたマケレレ。ボールを扱う技術や体格ではジダンが圧倒的でも、マケレレのような選手がいなければジダンも輝けない。
役割が違うのだから、どちらが優れているかという話にはならない。どちらも必要だったという結論しか待っていないからだ。
結衣やチサは確かに天才と形容される技術を持っている。でも結衣が十一人いてもそれほど強いチームにはならないだろう。十人十色どころか十一人十一色。色んな個性があって、融合して、初めてチームという形になる。
俺はフィールドに背を向けて、梨原深冬に向かい合って立った。
「どうだ、楽しくないか? 確かに、あいつらは特別上手い選手ではない。それでもちゃんと居場所があって、今みたいにチャレンジできるんだ。あいつらが将来名選手になる可能性すらある。こんなの、最高じゃなかったらなんなんだ?」
「……ふんっ、ニコニコしちゃって……。じゃああんた、選手としてプレーできない今が楽しい?」
「楽しいからやってるに、決まってるだろ。――お前は、違うのか?」
「私は、下手なりにチームへ貢献する方法を考えただけ。自分が才能に恵まれていたら、選手として試合に出たほうが楽しいに決まってるでしょ」
「…………そうか。俺と同類かと思って、ちょっとだけ期待してたんだけどな。残念だ」
「神様から才能を授かった人間に、上から見下されて同類とか情けをかけられるのが一番の屈辱なんですけどー。サッカーの世界じゃ名選手が名監督になる例はいくらでもあるけど、逆は少ない。才能がいかに重要かを物語ってると思わないの?」
「思わないね。――――でもな。あいつらは結衣より下手だと自覚しながら、同じフィールドで自分たちにしかできないプレーを模索してるんだ。下手だから監督をやる――なんて逃げる奴より、それでも立ち向かう奴のほうが遙かに強いってことだけは、断言できる」
深冬は軽く驚いたような顔を見せたが、それも一瞬のことで、すぐに口を開いてくる。
「自己犠牲って言葉、知ってる?」
「卑屈って言葉はわかるか?」
「どっちが正しいか、もう一度叩きのめして教えてあげる。勝つのは私たちだから」
「妥協でやってる監督がチームを勝たせられるほど甘くないって、教えてやるよ」
火花散る言い合いの横から、不意に
「あっ、あの!」
この子、今の俺と深冬に口を挟めるとか、メンタル大物だな。
「そのぉ…………言い辛いんですけど、そういうの、勝ってからにしたほうが良くないですか? ほらっ、もし明日三位決定戦だったら、なんか恥ずかしいですし……」
俺とみふたんは思わず「「勝つから問題ない!!」」と声を揃えてしまった。
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