第3話 炎

 ウォーミングアップを続ける選手達を観察する。

 女子中学生の集団をじっくり観察する男子高校生という構図は大丈夫なのだろうかという思いが胸の奥に湧いたが、まあ、大丈夫だと信じたい。大丈夫…………だよね?

 ――なんて余計なことを考えていたら、ふと大丈夫じゃない選手を見つけてしまった。

 倉並姉妹の姉、七海。

 妹の美波と二人でパス交換しているというのに、一人だけ動きがぎこちなく地に足が付いていない。


「七海、緊張してるのか?」

「ひゃ!? ふゃ、ふぁいや!!」


 なにを燃やす気だ。

 これはガチなやつだな……。完全に気が動転している。近くで見ると顔も赤らんでいるし。


「落ち着け――って言われて落ち着けるなら、苦労しないよな」

「で、でで、でしゅねっ!」


 七海と美波には今までと違う役割をやらせることになるわけだけど、こうも緊張していては……。実力を発揮できないのは、火を見るより明らかだ。――ファイヤにかけたわけじゃないよ?

 どうしたもんか、と俺は美波に目配せをして助けを求める。すると「仕方ないなぁ」なんて言いながらこっちに駆け寄ってきた。


「姉ちゃん!」

「ふぁいや!!」


 それ、持ちネタなの? 心の中とは言え二度はツッコまないからな。

 なんて考えていたら、美波が手を広げて「ほら、ギュッ」なんて言って、七海を抱きしめた。普段の彼女からは想像できない行動だ……。


「ふやあぁぁぁぁぁっ」


 しかし効果覿面てきめんだったのか、七海の顔は腑の抜けた音と一緒に蒸気が抜けていくように赤みを飛ばして、そのまま眠るの? というぐらい力が抜けていった。このあと、試合だからね?


「七海は一度テンパったら、私が抱きしめないと落ち着いてくれないんですよ。双子だから昔っから一緒だったんで。困ったことがあると、すぐ手とか握ってくるし」


 俺、この二人を左右のサイドバックにして分断しちゃったんだけど、大丈夫かな……。

 まあ今回の戦術ではプレーする距離が近づくし、むしろ効果的……か?


「こっちは大丈夫ですから、他を見てきて良いですよ」

「お、おう。……ああ、いや、ちょっと訊ねたいんだけどさ。ソフィの使ってる機材って、ひょっとして――」

「うちのですけど?」


 やっぱりか。バスの中で『倉並家に行った』と聞いたから、もしやと思ったんだが。

 あいつは世界的な資産家の娘だけど、お金で問題を解決するところを見たことがない。お金よりも人との繋がりを重視している感じだ。


「借しても大丈夫なのか? 高いだろ、あれ」

「いやー、うちはああいうの余ってるんで。むしろ減らしてくれたほうがスッキリするってぐらいかな……。だいたい、マイクとかスピーカーのケーブルなんて毎回五十メートル巻とかで買って余らせるんですよ? 私たちの部屋までケーブルが浸食しんしょくしてきてほんと鬱陶うっとうしい」


 そういや地下室も床は配線だらけだったな。倉並家の家屋はぱっと見じゃ普通の一軒家だけど、中身はほんと秘密基地チックだ。


「それに、うちの親は楽しんでますから。見てくださいよ、あれ」


 不満げに美波が指さした先は、ソフィが向かった場所と同じ、両軍のベンチ間にあるスペース。

 そこへ会議とかで使うごく一般的な折り畳みのテーブルを運んでいるのは、七海と美波の両親だった。


「わ……、悪いな、あそこまで手伝ってもらっちゃって……」

「大丈夫ですよ。二人とも機材運ぶのとか慣れてるんで。昨日の晩なんか――


『母さん、芝でえるケーブルってどれだろうね!?』

『はあ? そんなもんビビッドな赤に決まってんだろ。ほら動け! 働け! このために毎日サックス重いもん吹いて鍛えてんじゃねーのかよ!!』

『はいぃっ!!』

『私はスティックより重いもん持てねえぞ! おらおら、ツーバスみたいに刻んでやろうか!?』

『ひぃぃっ!!』


 ――って。主にお父さんが飼い慣らされてるんです」


 お父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!

 そういやバスに機材は載っていなかったし、載せるスペースもない。

 大きな車を持っている監督はそもそもここへ来ていないわけで、――ってことは、あの機材は搬送から倉並家の(主にお父さんに)お世話になっているってことだろう。負けるな、ヒロシ(仮)……ッ!!

 まあ、あっちはソフィに任せよう。状況は理解できたし、そういえば試合があるんだった。そういえば。

「今度、お父さんに何か持って行くから」と言い残し、まだ呆気にとられながらも俺は彼女たちから視線を移動させた。色々な夫婦の形があるものだ。勉強になります……ッ!!

 寺本千智チサは同級生であり相棒でもある一枝果林と組んで、冷静な表情でウォーミングアップをしている。この二人と、倉並姉妹。そして瀬崎結衣と釘屋奏の組み合わせというのはもう、チームの中で自然に受け入れられているコンビのように思う。

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