第2話 ソフィの挑戦
挨拶も済ませたことだし、さて、あとは試合を迎えるまでに選手のコンディションを把握しないとな――とレポロ側のベンチ前に移動した。
練習はお互いにフルコートの自陣側だけ。つまりハーフコートを使って行う。
半分に縮まったほうが近い距離で戦術の確認ができるから、都合がいい。
「――――って、なにしてんだ?」
ベンチの真後ろにある通路を、大きな台車が通過した。押しているのはソフィだ。
「機材搬入ね!」
乗っているのは大きなスピーカーに……
「なんの?」
見ただけでは凡そサッカーの試合には必要のないものばかりだ。
声を電気的に増幅させる必要があるとしても、拡声器一つあれば事足りそうなものだが。――というか持ち運びを考えたら、こんな重そうな台車を動かすより拡声器のほうが絶対便利だろう。
「スタジアムDJやるんだよ! ……あれ? そういえば倉並家に行ったことも外回りじゃないとか言ってたよね?
「いやいやいや、何一つ知らされてないんだが」
いきなりDJ? あの
「私、日本では小学生のサッカーでも実況があると思ってたよ」
「どうしてそんな勘違いが生まれたんだ。いるわけないだろ」
「漫画では実況されてた!」
あー……。うん。確かに漫画ではありがちだよね、それ。
実況がなかったらコマの中が淡々としてしまうだろうし、読んでいても状況がわからないのだろう。足を後ろに振り上げてシュートモーションでいる間にこの実況は一体どれだけ長く喋り続けるんだ――みたいなのも定番である。
「でも現実には、審判の笛しか鳴らないね。……それはちょっと寂しいよ」
「地方の小さな大会だ。どこの国でもそんなもんだろ」
いくらソフィの出身がサッカーの母国であっても、さすがにね。
俺だって中学時代をそこで過ごしたわけだけど、審判の笛とまばらな拍手程度だった。そのまばらな拍手の有無には、大きな差があると感じているけれど。
「選手は多くの人に見られてこそ成長する――って、パパが言ってた。人が集まらないどころか通行人にも見向きもされないのは、やっぱり寂しいね」
ソフィの父親は、イングランドの古豪クラブチームでオーナーを務めている。
そのアカデミーに俺は所属しているわけで、オーナーの性格も少しぐらいは理解しているつもりだ。
トップチームだけではなくアカデミーにもよく顔を出してくれて、分け隔てなく声もかけてくれる。サッカー愛の強い、とても良いオーナー。
サッカーのクラブチームというのは地域性が強い。地元愛がそのまま応援へと繋がる。だからアカデミーでも公式戦となれば少しの見物人ぐらいは訪れるし、カメラが回ることだって特段珍しいとは言えない。そうして撮影された映像をネット上にアップロードすれば、地元の人間から関心を買うことができる。
将来有望な選手であれば、より幼い頃から目をつけていたと言い張りたいファン心理も働く。上手くいけば『俺はあいつの成功をジュニアスクールの頃から確信していた』なんて自慢できるのだから、スカウト顔負けで毎試合見に来る固定客の割合も多い。
もうトップチームよりも育成年代のサッカーを観戦するのが趣味になっている人もいるぐらいだ。入場料いらないし。
だから観客ゼロという状況が寂しく感じることには、ある程度の同意をしたい。
それでも――。
「寂しいってのは同感なんだが……。いきなりDJは、やりすぎじゃないか?」
スタジアムDJは試合の展開に合わせて客を乗せる、もしくは歓声をリードする仕事だ。そもそも客がいなければ成り立たない。プロの試合でもスタジアムDJがいないことはある。
加えて、それをソフィがやるとなれば、別の問題も生まれてしまう。
「第一、公平性が保てるのか? ホームアンドアウェイじゃないんだからさ」
プロの試合ならばホームゲームではホームチームの抱えるDJが務めるし、客もホーム側が多数を占めるのだから、それで問題ない。
地の利を最大限発揮し試合を勝ちきることに、DJと観客も加担するわけだ。これは地域性の話へ循環する。
しかし今日は
ホームもアウェーもないのにどちらかのチームに深く関与しているDJなんてのは、下手をすると公平性を欠いた害悪にすらなりかねない。
「そこはちゃんと話し合ってるから、大丈夫だよ。私がやるのは、選手の名前を読み上げるのと、ファールの解説、ゴールのコールだけ。公平性はちゃんと保つ。じゃないと、主催者と全チームの許可を取り付けるのは難しかったよ」
ソフィは珍しく苦笑いを浮かべた。その表情には苦労の跡が感じられる。
「主催者と全チームって……。この短期間で、よく説得できたな」
この大会の主催者は広く薄く色んな地元企業が担っているはずだし、決勝トーナメントへ進んだチームも四つあって、所在地はそれなりに分散しているはずだ。
外回り――なんて一言で表現していたけど、俺の知らない間にそんなに多くの人から許可をもらってきていたなんて……驚くしかない。
「じゃあDJというより解説――って感じだな」
「うん。ちょっと恥ずかしいし、試合中はチームに関われなくなっちゃうのが寂しいけれど……。ごめんね、ケイタ」
そう口にしたソフィの表情はどこか愁いを帯びていて、言葉に真実味を乗せた。本当に申し訳なく思っているのだろう。
確かにソフィがいなくなれば、俺の負担は増す。でもこんな事情を抱えられたら責め立てる気にもなれない。
むしろ――
「ソフィはレポロだけじゃなくて、色んなチームの選手が楽しんでくれるほうが『好き』なんだろ? 大切な役割を買って出たんだ。――どうなるか、俺も楽しみにしてるからな。頑張れよ」
僅かな強がりを混ぜて伝えると、ソフィは蒼い目を輝かせて「うんっ。ケイタ大好き!!」と言ってくれた。
……同い年の女の子から『大好き』なんて言われて悪い気がするはずもないけど、こいつの『好き』は人も物も出来事も仕事も色んなことがごちゃ混ぜになってるからなぁ。
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