第4話 10番

 ウォーミングアップの時間を終えて一度選手達が集合し、軽く休憩を挟んでから円陣を組む。

 声出しはキャプテンの三年生、守内真奈の仕事だ。

 試合が始まる直前に再びフィールドへ選手が走り、それぞれのポジションに着く――のだが。

 今日はソフィの『選手紹介』付きになる。

 スピーカーからしとやかで流麗りゅうれいな声が、美しく響いた。


『――FCレポロ、U15ガールズの選手を紹介致します』


 誰の声!?


『背番号、一。手島てしま和歌わか。ゴールキーパー』


 淡々と読み上げる女性の姿を確認すると、間違いなくソフィ。普段は軽ーく妙なイントネーションが残ってる外国人留学生って感じなのに、いきなりどうした!?


『背番号、二。守内もりうち真奈まな。ディフェンダー』


 なんだろう。俺のイメージだと『背番号ォーゥ、二ィィッッ! センターバックゥゥゥゥゥゥゥゥ、守内ィ真ァァ奈ァァァッ!!』…………って感じになると思ってた。いやそれプロレスか。

 これは確かに解説……というか、粛々しゅくしゅくとした感じはもはやウグイス嬢…………?

 虚心きょしんと表現しても差し支えない、まるで意思を感じないさらりとしたな声音こわねだ。

 ちょっと事務的すぎる気はするけれど、これならどちらかに偏る心配はしなくて済みそうである。

 更に続けて、同じ調子でレポロの選手が背番号、ポジション、名前を読み上げられていく。

 ちなみに紹介される際のポジションは事前に提出するメンバー表へ書き記したまま読み上げられているはずで、そこには選手の区分がGKゴールキーパーDFディフェンダーMFミッドフィールダーFWフォワードの四種類しかない。大会によってはGKゴールキーパーFPフィールドプレイヤーの二種類ということもあるから、これでも細かいほうだ。

 裏をかいて攻撃の選手をDFディフェンダー登録して……なんて、まあチラリと考えたことはあるけれど、もちろん紳士的じゃないからアウトだ。裏はかけるかもしれないがフェアプレーの精神に反することを指導者がやっていいはずがない。


『背番号、十――』


 ただ、チサ辺りは引っ込み思案で恥ずかしがり屋な一面もあるから、こういう大音量での紹介を恥ずかしがって、動揺するんじゃないかと心配したのだけど……。

 遠目に表情を伺っても、まるで聞こえていないかのようである。軽く跳ねたり屈伸したりしながら身体を温め、試合開始の笛を待っている。

 本当に周りの音が聞こえないほど、集中しているのかもしれないな。


「あの子、気負ってるわよ」


 突然、ベンチの横までやってきた結衣に、言葉を投げられる。


「何してんだよ。戻らないと試合始まるぞ」

「このあと向こうの選手紹介でしょ? 長すぎるわ」


スピーカーからソフィの声が鳴る。


『続いて、レノヴァSCの選手を紹介します』


 両チーム合わせて二十二人。んー……さすがにちょっと長いか。

 選手紹介はウォーミングアップ中に終わらせてしまったほうがスムーズかもしれない。あとでソフィに伝えておこう。


「それよりチサよ。いつもならキョロキョロ周りを見てるでしょ? あれじゃ気合いが入りすぎてる」


 気合いが入るのはいいことだ。

 だが気合いだけで万事上手くいくかと言えば、そうとも限らない。

 何事にも限度があるというか、競馬で言うところの『入れ込みすぎ』ってのもある。


「集中してるようにも見えるけどな」

「私には、興奮状態を抑制よくせいしようとしているだけに見えるわ」

「そうか……?」


 俺にも経験はある。興奮を抑えて周りの音が聞こえなくなるほど集中しているつもりだったのに、いざ試合となると突然、冷静な判断ができなくなるんだ。視野は狭まり、簡単な局面でも厳しいプレーばかりを選択して自滅する。


「なにか気負いになるようなことを言ったの?」

「いや、何も言ってないぞ。正直、前回負けた――ってのが、一番の理由になるんじゃないか」

「それだけだと良いけれど……」


 結衣が滅多に見せない不安そうな表情で後輩を見つめている。


「ポジションも近いんだ。結衣が落ち着かせてやれないのか?」


 なにせ『憧れの瀬崎さん』だ。彼女の言葉が一番聞こえやすいだろう。


「言ったわよ。ちょっと落ち着きなさい――って」

「どうだった?」

「…………私の顔を見ないで、『はい』って、一言だけ」


 それはちょっと意外だ。

 でも、それだけで入れ込みすぎと判断するのもなぁ。

 結衣にとっては自分が声をかけてチサが顔も見てくれないというのは、普段と違うのだろうけれど。単純に集中している可能性もあるし、試合が始まってみないと判断できそうにない。


『背番号十五――』


 ソフィがレノヴァの選手を読み上げ終えると同時に、俺は結衣の背中を押してフィールドの中へ戻らせる。軽く振り向いて「ちょっ、ちゃんと見ててあげなさいよ!」なんて言われた。


「当たり前だ。それよりちゃんと戦ってこい」


 結衣の表情はまだ納得していないのが明らかで、試合前だってのに不安すら伝わってくる。

 オルフェスへの逆襲の前に、この試合も難しいものになりそうな予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る